第1404話「魔法使いになる」
新規コンテンツも実装されたとあって、第五階層の中心市街地はかなりの賑わいを見せていた。特に顕著なのは中央に建てられた白亜の宮殿、他の都市ならば中央制御塔がある場所に置かれた精霊城だ。元々は調査開拓団が防衛用の拠点として構築したテントを管理者が接収し、更に整備を施した中枢施設である。
この宮殿は中央制御塔として様々な任務の受注から報告、バンクへのアクセス、その他様々な業務を行えるほか、管理者オトヒメや精霊姫オフィーリア、レアティーズとの交流も行える。
モジュールシステムを利用するためには、ここでオトヒメに断片データを渡す必要があるのだ。
『おっ、レッジも来たんだネ! 我様うれしーヨ!』
「久しぶりだな、オトヒメ。町の運営も順調そうで何よりだ」
長蛇の列に並ぶこと数十分。ようやく順番が回ってきて、俺は二週間ぶりにオトヒメと再会した。
以前はウェイドの機体に乗り込んでいた彼女だが、今は新しい専用の機体を用いされ、そこに収まっている。タイプ-フェアリー型を元にしているのは変わらないが、全体的にギラギラしている。ラメの入った唇や、キラキラとした瞳、スカイブルーの髪は波うち、爪先もネイルストーンできらびやかに飾られていた。
一言で表現すれば、ギャルである。
『もー、ほんと忙しくてバリバリだったんだからネ! 調査開拓員が色々協力してくれたおかげでなんとかなったケド』
「そりゃあいい。俺がいなくてもなんとかなるのが調査開拓団の強みだからな」
個々の専門家により全体としての万能家という理念を体現できているということだ。そもそもログイン間隔も不揃いなのだから、プレイヤーが一人欠けただけで破綻するゲーム設計もおかしいが。
『レティちゃんとかがよく頑張ってくれてたんだよ。ほんと、あの子かわいいネ』
「そういえば、モジュールシステムの解放もレティたちがやったんだったか」
カミルから軽く聞いた話と、Wikiや掲示板の情報を思い出す。俺がいない間にも〈白鹿庵〉はしっかりと活動していたと言うことだ。俺としても鼻が高い。
レティとエイミー、それにネヴァが各地に残るポータルを見つけ、その中から断片データを手に入れた。彼女はその中から、統括制御システムが開発しようとしていたモジュールシステムを見つけ出したという。
『レッジもそれで来たんでショ。一応説明しとこっか?』
「ああ、よろしく頼む」
オトヒメも手慣れた様子で新規コンテンツに関する説明を始める。
『元々、統括制御システムは新しい機体の開発を進めてたんだよネ。それがプロトタイプ・ゼロとかなんだケド』
先のイベントで俺たちが戦うことになった、粗製の調査開拓用機械人形。統括制御システムが開発したプロトタイプ・ゼロは、その性能のほとんどが俺たちに遠く及ばないものだった。
しかし、長い年月の中で検討を重ねていた統括制御システムは、既存の調査開拓用機械人形にはない機能についても考察を行っていた。
『それが、魔法的理論体系の情報論的統合なんだヨネ。パナいね!』
「そうだな。よく分からんが」
はしゃぐオトヒメにとりあえず頷いておく。
俺たちにはなくて、塔にはあったもの。それはエルフたちや一部のゴブリンが扱っていた“魔法”と呼ばれる未知の技術だ。それによってオラクルは雷を自在に操ることができたし、ゴブリンは科学的に説明のつかない身体的強度を獲得していた。
統括制御システムは、その力を機械に宿せないかと考えた。つまり調査開拓用機械人形がエルフのように魔法を扱えたら良いだろうと。そのために研究を進めていたのが、魔法的理論体系の情報論的統合であった。
『とはいえ、実用化の目処は立たなかったんダヨネ。ま、全く違う理論体系を融合させるのって、ハチャメチャむずいしネ』
結論として、統括制御システムは機械の魔法化を成し遂げられなかった。その計画は研究データとともに凍結され、忘れられた。――はずだった。
『しかーし! そこで我様の参上ってワケ! 我様カシコイからさー、ま、これくらい余裕っていうか? チョチョイのチョッチョだったよね!』
オトヒメはそう言って胸を張る。
どう見ても背伸びした小学生くらいにしか見えないが、これでも第零期先行調査開拓団の中でもかなり上位の団員である。喪失特異技術群時空間構造部門研究の長を務めているだけあって、統括制御システムとは比較にならないほどの頭脳を持っている。
彼女はレティたちがポケットスペースから持ち帰った断片データを解析し、その中にあった研究データを復元。更には限定的とはいえ実用化に至るまで漕ぎ着けた。
これだけの成果を出したことで、さすがのT-1たちもニッコリといったところだろう。
『そーゆーワケなんで、レッジが持ってきたデータも見せてちょ』
「いよいよ本題だな。とりあえず三つだ」
『おっ、大量だねぇ』
俺が断片データの入ったデータカートリッジを渡すと、オトヒメはそれを天井の照明に透かすように掲げる。
『じゃ、ちょっと解析するよー』
かかかっ、と彼女の深い青色の瞳が輝く。データカートリッジと高速で情報をやり取りしているのだ。俺たちにはできない、管理者機体のみの特別な力である。
『よし、おけまるおけまる♪ 解析結果をハッピョーするよ♡』
解析は即時に終わり、カートリッジが返される。この中身は断片データからモジュールプログラムと呼ばれるデータへと変化しているはずだ。
これこそが統括制御システムが研究し、オトヒメが実用化した、機械でも魔法が使えるようになるシステムの鍵である。
『〈跳躍〉〈踏破〉〈殴打〉だね!』
聡明なる管理者から告げられたのは三つの解析結果。
改めて、返却されたカートリッジを見る。
「〈跳躍〉はMPを消費して跳躍力を上昇させる。〈踏破〉は走力、〈殴打〉は素手による打撃力、か」
なかなかシンプルな説明だ。
モジュールシステムの肝となるのは、その能力を発現させる際に消費するMPの概念の方にある。これまでLPという単一のエネルギーに、他のゲームにおけるヒットポイントやスタミナを集約させていたFPOにおいて、初めて出てくる第二のエネルギーだ。
初期状態におけるMPは機体の種類に関係なく3ポイントのみ。〈跳躍〉は一回の使用で1ポイントの消費だが、〈踏破〉は2ポイント、〈殴打〉は3ポイント消費する。現状では、5ポイント要求するものまで確認されているため、MPを増やす手段も示唆されている。
『どうする? どれか刻印したい?』
モジュールデータは一種類のみ、八尺瓊勾玉に刻印することができる。つまりプレイヤーは一種類のみ魔法が使えると考えればいい。
確かに回数制限付きとはいえジャンプ力やパンチ力が補強できるのは魅力的だが――。
「いや、まだやめとくよ。とりあえずオフィーリアかレアティーズのとこに行ってみる」
『そかそかー。それもまたヨシ! まだまだ我様も研究途中だしネ! じゃ、またヨロシクねー♪』
俺はオトヒメの誘いを断り、彼女と別れる。後ろで待っていた調査開拓員を呼ぶオトヒメから離れ、向かう先は精霊城の尖塔にいるエルフの姫のところだ。
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Tips
◇モジュールデータ
モジュールシステムを利用するために必要となるデータ。魔法的理論体系を情報的に変換したものであり、原初の神聖性のデジタル的保存を可能とした。データ的ロスは大きいが、非科学的な力の発現には問題なく利用できる。
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