第1401話「寝耳に水」

 しばらく忙しい日々(主に検査や後片付けだが)が続き、ようやくFPOにログインできたのは二週間ほど経ったころの事だった。警備の増強が図られた地下室のVRシェルから仮想空間に沈み込む。慣れた感覚と共に目を覚ませば、俺は調査開拓員レッジとして惑星イザナミの片隅、〈ワダツミ〉の別荘地に立っていた。


「久しぶりだな。とりあえず農場でも見にいくか」


 仮想空間での体を動かす独特の感覚に懐かしさを覚えつつ、別荘の裏手にある農場へ向かう。現実時間で二週間となると、ゲーム内ではその数倍の時間が経過している。〈栽培〉スキルで育てている植物たちも、流石に枯れてしまっているだろう。


「あれ?」


 そう思って気密扉を開けて覗くと、そこにはいつも通り濃緑を繁茂させる温室が広がっていた。高い湿度と気温のなかで、植物は隆盛を誇っている。


『あら、ようやく目覚めたのね』

「カミル。ちゃんと植物の世話をしてくれてたんだな」


 温室の奥から現れたのは化学防護服に身を包んだカミルだ。彼女は手にスコップを持ち、植物の手入れの途中であったことが窺える。

 久しぶりに目を覚まして驚かれるかと思ったが、彼女は割合平然として応じる。


『アタシだけじゃないわよ。レティたちが指示してくれたから』

「なるほど。そういうことだったか」


 カミルは農園の世話をしてくれるが、それはあくまでメイドロイドの職分としての補助的なものだ。〈栽培〉スキルを持つ俺が長期間ログインしていなければ徐々にそのパフォーマンスも低下するし、最終的には彼女の手に負えなくなってしまう。

 しかし、バンドのサブリーダーであるレティの支援もあって、なんとか現状維持だけはしていてくれたらしい。


『収穫しないといけないのが沢山あるのよ。起きたならさっさと手伝いなさい』

「了解。ほんとに色々育ってるな」


 収穫だけは俺じゃなければできない。

 叫ぶトマトをもぎ取り、七色に輝くリンゴを摘み取る。中には収穫期を過ぎて腐ってしまったものもいくつかあるのが残念だ。


「そういえば、レティたちはどうしてるんだ?」

『知らないわよ。最近は帰ってきても事務的な手続きをしたらすぐに出かけるし』


 瞬間的に3,000℃に達する木の実を水を張ったバケツの中に落としながら、カミルは素っ気なく答えた。レティたちは〈エウルブギュギュアの献花台〉に出ずっぱりのようで、別荘にはバンド関係のことをするためだけに戻ってきて、すぐに蜻蛉返りするという生活を送っているらしい。


『なんでも、新しいシステムを開発したとか見つけたとかで、忙しいみたいよ』

「新しいシステム?」


 カミルの言葉が耳に止まる。新しいシステムとはどういうことだろうか。


『イザナミ計画実行委員会からも声明が出てるわよ。確認しなさいな』

「お、おお……」


 イザナミ計画実行委員会――つまるところFPOの運営からも声明が出るということは、つまりゲームシステムに関わる重要な何かということだ。俺は急いでウィンドウを開き、公式からのアナウンスを確認する。


━━━━━


【イザナミ計画実行委員会定期告知書】


 調査開拓員各位の精力的な活動により、領域拡張プロトコルはより一層の躍進をしています。諸君には今後の更なる邁進を期待しています。


◇新規コンテンツ〈モジュールシステム〉解放のお知らせ

 調査開拓員各位の活動により、新たに〈モジュールシステム〉が解放されました。

 これは〈エウルブギュギュアの献花台〉各地に隠されたポータルから繋がるポケットスペース内の断片データを回収することによって、機体に特別な機能を追加することができるようになるというものです。

 断片データを入手した調査開拓員は、〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層、地上街に存在する管理者オトヒメに報告することで、断片データに応じたモジュールプログラムを入手することができます。モジュールプログラムは八尺瓊勾玉に“刻印”することによって、機体に特別な機能を追加します。“刻印”可能なモジュールプログラムは一つのみですが、モジュールプログラムは白精霊姫オフィーリアおよび黒精霊姫レアティーズによって“変転”もしくは“融合”、“分離”を行うことが可能です。

 様々な断片データを集め、モジュールプログラムへと交換し、モジュールプログラムを加工してユニークな機能を獲得しましょう。

 〈モジュールシステム〉に関するより詳しい説明に関しては、別記の資料をご覧ください。


◇各種システムの調整


 〈タカマガハラ〉協議の上、微細なシステム調整が実施されました。詳細は下記の項目をご確認ください。


・〈エウルブギュギュアの献花台〉地上街にて、特殊スキンを装備した調査開拓員が敵対的なゴブリン族としてNPCに認識されていた問題を修正しました。

・海洋資源採集拠点シード01-ワダツミにて、7人乗りの無動力船が着岸できない問題を修正しました。

・特定の原始原生生物を特定の配置で並べた場合、爆発する問題を修正しました。

・バケツとオニオンフライを用いて無限飛行が可能となっていた問題を修正しました。

・タイプ-フェアリーの男型が秒間60回以上のペースで連続15分間のスクワットをした場合、インベントリ内のアイテムが全て滑らか濃厚プリンに変わる問題を修正しました。“マジカル錬金プリン”等の名称で販売された当該アイテムは全て回収されます。

・地下資源採集拠点シード02-アマツマラにて、ホムスビ弁当の購入と返品を繰り返して〈取引〉スキルのレベルを上げることができる問題を修正しました。


◇今週の調査開拓員企画開催予定

 今週開催予の調査開拓員企画についてお知らせします。詳報はリストにリンクされたページでご確認ください。


・闘技場行こうぜ!

 主催者:八刃会

 場所:アマツマラ地下闘技場

・ワークショップ“白いポケット”

 主催者:シルキー縫製工房

 場所:地下資源採集拠点シード01-アマツマラ

・考察班勉強会

 主催者:イザナミ考古学会

 場所:エウルブギュギュアの献花台、第五階層、地下街

・初心者調査開拓員歓迎会

 主催者:大鷲の騎士団

 場所:地上前衛拠点シード01-スサノオ


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「モジュールシステム……?」


 いつも通りの定期メンテナンスの更新情報欄に、見慣れない文字がある。このシステムが新たに追加されたものだろう。


『詳しいことは知らないけど、レティたちが見つけたらしいわよ』

「そうなのか!?」


 続くカミルの言葉にさらに驚く。

 俺が忙殺されている間にも、レティたちはしっかり活動していたらしい。そんな話を聞けば、居ても立っても居られない。俺は素早く農場の手入れを済ませると、カミルに後を任せて別荘を飛び出した。


「ちょっと出かけてくる!」

『まだ仕事溜まってるんだから、すぐ帰ってきなさいよね!』


 そう言いつつも快く送り出してくれるメイドさんに感謝しつつ、俺は〈ワダツミ〉から高速航空機で塔に向かうのだった。


━━━━━

Tips

◇モジュールシステム

 調査開拓員の可能性を引き出す新たな機能。高性能なLPリアクターである八尺瓊勾玉に魔法的理論体系を情報論的統合によって実用化したモジュールプログラムを刻印することによって、第二現実的干渉をもたらし、可能性の渦から選択された新エネルギーを抽出する。


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