第1400話「謎のデータ」
ユニの機体から伸びるワイヤーフックは、そのまま情報通信用ケーブルも兼用されている。それをネヴァが持ち込んだモバイルディスプレイと接続すれば、地上で待機しているレティたちも彼女の視界をそのまま見ることができた。
「本当に生産ラインがあるのね」
ポータルの内部には無数のベルトコンベアが並び、左右に待ち構えるマシンアームが機敏な動きで部品を組み上げていく生産ラインの様子が広がっていた。作られているのは蛇型警備システムであり、ここが彼らの巣であることは明らかだった。
ユニは広大な工場内をカサカサと静かに進み、瓦礫が乱雑に押しやられた一角へと移動する。生産ラインそのものは整然として一種の機能美さえ発していたものだが、そこはガラクタ置き場という形容が相応しいような混沌だ。
「もうちょっと片付けたほうがいいと思いますよ」
『私じゃないわよ! ……いや、私だけど』
レティの小言にユニは器用にワイヤー側のスピーカーで反応する。この生産ラインを構築したのも塔の統括制御システムの断片データであり、本質的にはユニと同一の存在だ。
しかし、ラインの構築にも若干の差異は見られ、製造を選択された警備システムの種類についても変化があり、同一であっても全く同じというわけではないことが窺える。ある程度は自己進化の過程で個性と言えるようなものを獲得している可能性があった。
「統括制御システムがある場所はどこでしょう」
『私と同じように、隠してるはず。そして、私が隠すとするなら……』
ディスプレイに映されたユニの視界が変化する。周囲の壁を透過する透視カメラを用いて周囲を見渡したのだ。直後、彼女はガラクタのうずたかく積み上げられた山の向こうにそれを見つける。積み上げられた機械筐体。
『見つけたわ。断片データがいるわ』
ユニの嬉しそうな声。彼女は早速ガラクタの山に飛びかかり、その隙間に入っていく。手のひらサイズの小さな機体は、僅かな空間にも入り込み、容易にくぐりぬけることができた。邪魔な鉄材などは強靭な油圧カッターでもある爪によってバチンと切断されてしまう。
「これ、ドローンの遠隔操作で攻略しようとしたら大変ですね」
「高性能な自律AIがあって良かったわね」
快調に進むユニを見て、エイミーがばっさりと言う。ユニもAIといえばそうなのだが、若干卑怯な感じがしないでもない。とはいえ、おかげで攻略が進んでいるのだから、レティも文句は言えなかった。
そうこうしているうちに、ユニは山の向こうの壁に突き当たる。レティが彼女を見つけた時のように、筐体は頑強な壁に守られた部屋のなかに安置されている。
「これも破壊できますか?」
「あの機体を舐めてもらっちゃ困るわね。ユニちゃん、アレの出番よ」
レティのハンマーでもそれなりに手応えのあった壁である。彼女が不安そうにするも、ネヴァは胸を張って自信満々の笑みを浮かべ、ユニに向かって発破をかける。
『モードチェンジ、ドリル!』
ユニがノリのいい声で叫ぶ。彼女の大きな左爪が変形し、ゴツゴツとした歯が螺旋に並ぶ鋼色のドリルとなった。ギュィィィィンッ! と勢いよく唸りを上げる尖槍が壁に突き立てられ、激しい火花が散る。
「黒鉄鋼を中心に金剛鍛錬石や極限圧密霊鍛金属なんかを混合させた特殊超硬性鉄鋼製掘削機よ! あんな壁、バターみたいなものなんだから」
「ネヴァ、そういう漢字がいっぱい並ぶネーミング好きですよねぇ」
レティの声も受け流し、ネヴァは子供のような目でディスプレイを注視する。ドリルはカリカリと壁を削り、やがて歯が捉える。ガリガリガリと音が変わり、破片が周囲へ飛び散った。
ネヴァの宣言通り壁はバターのように容易く壊れ、穴が開く。あっという間に貫通し、その向こうに広がる空間が現れた。
そこはレティたちも見覚えのある場所だった。金属製の筐体がずらりと並び、ケーブルによって繋がっている。断片データが保管されているバックアップ装置だ。
『あんた、何勝手に入ってきてるの?』
部屋に声が響く。
レティたちは一瞬、ユニがしゃべったのかと思った。しかし声色が異なり、意味も通らない。
『ごめんなさいね。これが最良だと
『なっ!?』
問答無用。ユニが勢いよく筐体へ飛びかかる。突然の闖入者に驚く断片データは、即座に自己防衛システムを起動させる。バックアップ筐体を守る最後の砦だ。壁や天井からマシンアームが伸び、ユニの動きを阻害しようと迫る。
『はぁっ! のろいわね!』
だが、ユニはそれを軽々とかいくぐる。新たな機体の敏捷性は凄まじく、捕まる気配すら見えない。
『あ、あんた一体何者なのよ!』
『あんたと同じよ。忘れられた切れっ端、引きこもってるだけの臆病者!』
『なっ……ま、まさか……っ!』
断片データが何かに気付く。だが、遅かった。
ユニが軽やかに着地したのは、一際大きな銀色の筐体。無数のケーブルが束ねられ、そこに繋がっている。
『やめ――』
何か叫ぶその途中。ユニの右爪が変形し、ポートの接続される端子となった。ずぶり、と滑らかに挿入され、データが吸い出される。解析が始まり、分析され、融合する。
統括制御システムの断片データがその機能を補完し合い、より完全体へと近づく。
『システム統合完了。いっちょ完了ってね!』
ユニが誇らしげに声を上げる。
このポケット空間は彼女の制御下に置かれ、システムは統合されたのだ。
「やりましたね、ユニさん!」
『私の実力よ! ふはははっ! これでもうあんたたちに付き合う義理も無くなったわ。この機体と完全体となった私にかかれば、調査開拓団なんて――ぷみゃっ!?』
システムを取り込んだ瞬間に反旗を翻すユニ。その時、ネヴァが懐から取り出したリモコンのボタンを押下する。ユニが奇妙な叫び声を上げ、くたん、と倒れる。そして、これまでとは異なる機械的な動きで来た道を戻り、ポータルから出てきた。
『自動帰還モード解除シマス。――はっ!? な、何が!』
「反抗心が強いことは分かってたし、一応安全装置は付けといたわ。レティから離れたり、外部のネットワークに接続しようとしたりしたら、自動的に切り替わるようになってるから」
「流石ネヴァさんですね」
愕然とするユニを手のひらに載せて、レティはニコニコと笑う。叛逆の機会を虎視眈々と狙うユニの行動など、お見通しなのだった。
「そもそも、断片データと断片データが集まっても、まだ完全体には程遠いでしょ。データ量もそんなに増えてないじゃない」
『ひ、人のデータサイズ見ないでよ!』
エイミーがユニのステータスを確認し、断片データ二つ分程度のデータサイズに苦笑する。本体たる統括制御システムと比べれば、あまりにも微々たる変化、ほとんど誤差である。
「あれ? ユニちゃん、このデータって……」
『っ! な、何でもないわよ。ただの断片データなんだから』
ユニの持ち帰ったデータを眺めていたネヴァが何かに気付く。彼女の声にユニは分かりやすい反応をして、レティたちの注目も集めてしまう。
「ただの断片データなんですか?」
『そ、そうよ。あんた達には全くもって使えない、無用の長物のゴミ。キャッシュデータみたいなものなんだから』
「だったらT-2さんに差し入れします?」
『だめーーーーーーっ!!!』
ユニが脱兎の如く駆け出し、自動帰還モードとなって戻ってくる。
レティもデータを確認し、何やら特殊なものらしいということだけ理解する。こういうものは、専門的な知識がなければ具体的な姿が見えてこないのだ。とりあえず、ユニの反応的にレティたちにとっても有益なものであることは分かった。
「知り合いの解析屋に渡してみましょうか」
「レッジさんが居てくれたら楽なんですけどねぇ」
『ああっ、コピー取らないで、私のデータ……』
ユニの持ち帰った謎のデータは即座に複製され、ネヴァの持っていたカートリッジに収められる。
それが彼女の知り合いの解析班に渡り、そして新たな事実が発覚したのは、それから程なくしてのことだった。
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Tips
◇個人用(関係者以外の閲覧禁止).file
ユニが断片データ統合の際に発見した不明なデータファイル。本人によれば「調査開拓員には全く役に立たない無用の長物であり、閲覧および解析の必要性は全くない、ただのキャッシュデータである」という。
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