第1399話「高性能な外装」

 FPOにおける生産スキルは七種類が存在し、ネヴァはそのうち〈鍛治〉〈機工〉を専門としつつ、補助的に〈木工〉〈裁縫〉〈調剤〉スキルを組み合わせたスキルビルドを構築している。これにより、装備類を基本としつつ様々なアイテムを生産できる彼女は、そのレベルの高さも相まって名匠として知られていた。


「というわけで、ユニ専用外装-Mk.Ⅰの完成よ!」


 レンタル工房で作業に没頭すること小一時間。ネヴァが歓声を上げ、長椅子に座ってくつろいでいたレティたちが顔を上げる。

 大理石の作業台の上に、真新しい赤くメタリックに輝くカニが鎮座していた。


「これが新しい外装ですか」

「なかなかかっこいいわね」


 エイミーと共にわらわらと作業台へ近付き、完成したばかりの外装を眺めるレティ。赤いカニは細やかな金属加工によって作られており、ぴょこんと飛び出した黒い目には様々な高感度センサーが搭載されている。アームは左右2本の爪で、左が一回り大きくなっている。

 これまでの柔らかい体とは異なり、がっしりとしていて持ち上げると確かな重量感があった。


『って、なんでカニなのよ!』


 一通り眺めた後、天板の上でユニが吠える。

 新しい体が手に入ると聞いて大人しく待っていたら、出来上がったのがこれである。サイズとしてはこれまでとほとんど変わらず、レティの手のひらにちょこんと収まる程度のミニサイズだ。


「ちゃんといろんな機能を仕込んでるのよ。売ろうとしたら2.5Mは下らないんだから」

『そんなこと聞いてないわよ! こういう時は普通、可愛い女の子型とかにするでしょ!』

「メスが良かったの? 正直そんなに変わらないけど」

『カニにするなって言ってんの!!』


 首を傾げるネヴァにユニの絶叫は届いていない様子だった。

 てっきり管理者や他の調査開拓員と同じ人型の機体が手に入るものだと思い込んでいたユニにとっては、話が違うと訴えたくなるような結果である。


「そうは言っても人型はバランスとか難しいのよ。二足歩行がどれだけ安定しないか」

『製作側の苦労なんて知らないわよ! そりゃ多脚低重心の方が安定するでしょうけどねぇ!』

「お、わかってるじゃない」


 ユニもオトヒメの目を逃れて警備システムを作り続けている設計者としての面がある。こうではないと訴えつつも、ネヴァがカニ型機体の利点を説明すると納得してしまう。ただ無闇に大型なだけの機体はそのぶん稼働にコストもかかるし、そもそも狭いポータルに侵入するという目的を考えれば妥当である。

 彼女も断片とはいえ統括制御システムとして合理的な判断ができてしまう。それだけに、現状に納得がいかなくとも最善の策であることは分かっていた。


「色々機能付けたけど、説明書はいらないでしょ? そのままカートリッジだけ移動すれば乗り換えられるから」


 ネヴァがそう言って、ぬいぐるみに挿されていたカートリッジを引き抜き、外装の方へと移す。ユニの主観では一瞬意識が途切れ、次に気が付いた時には体が変わっていた。


『う、うぉわ……はわっ……』


 金属製の機体へ移されたユニは、しばらく虚空を見上げてうわ言のように声を漏らす。それもぬいぐるみ時代とは違い、はっきりと明瞭な声だ。

 呆然としている彼女を、レティが少し心配そうな顔で窺う。


「ユニさん? 大丈夫ですか?」

「色々機能詰め込んでるし、そもそも感覚器の数が桁違いだから。それに慣れるまで時間がかかるんでしょう」


 ぬいぐるみと機械の体では文字通り見える世界が違う。元々音声だけで周囲を把握していたユニにとって、光や匂いさえも刺激として感じられるというのは、まるで情報の洪水のようだった。

 それでも、彼女は統括制御システムである。本来はこんなものが比にならないほど膨大な情報を捌き続けるだけのポテンシャルを持っている。


『くっ。腕は認めざるを得ないわね……』

「そりゃどうも」


 すぐに復帰したユニは、苦々しくもネヴァの作り上げた機体の性能を認める。天下の名匠が予算度外視の趣味全振りで作り上げただけあって、その機体は非常に高性能かつ高品質にまとまっていた。

 いっそ芸術的なまでの完成度は、警備システムを作り続けていたユニだからこそよく分かる。


『ていうか、機能付けすぎじゃない? 電磁波まで見えるようにするとか』

「そういうのは付けられるものは付ければいいのよ。ないよりあった方が困らないでしょ?」

『そういうものかしらねぇ』


 カニの爪が滑らかに動き、体操をするように脚が細かく上下する。機敏な動きで横歩きだけでなく、前にも後ろにも安定して進めていた。ぬいぐるみの時とは明らかに機動力が違う。


「どうです? これならポータルの奥から断片データを回収できますか?」

『これだけあれば十分でしょう。私に任せなさい!』


 機体の性能を一通り確認したユニがむん、と胸を張る。それを見て、レティたちも早速実証に移ろうと動き出した。


「せっかくだし、私も見学していいかしら」

「もちろんですよ。何かあった時の対処もお願いしていいですか?」


 統括管理システムの断片データを入れるための機体など、当然ながら初めての試みである。ネヴァも自分の作品がどのように動くのか興味があるようで、レティたちに付いてくる。

 地上街郊外の草原へと戻ったレティは、予めマーキングしていたポイントで土を掘り返す。おそらく蛇型警備システムたちが頑張って埋め戻したはずの地面が再びめくれ、地中に隠されたポータルが現れた。


「へえ。これがポータルね」

「ここから異空間というか、ポケットみたいなところに繋がってるんですよ。警備システムはそこで作られてます」

『それじゃ、行ってくるわ』


 ネヴァが興味深そうにポータルを眺める中、ユニが張り切って動き出す。彼女は背中からワイヤーを伸ばし、先端のフックをレティの腰のベルトに引っ掛けた。何かあった時はフックに搭載されたランプやスピーカーを通じて通信ができるようになっている。

 ワイヤーを伸ばし、ユニがポータルの中へ消えていく。本当に姿を消した彼女を見て、ネヴァも驚きを露わにしていた。


「さて、どうですかねぇ」


 期待を込めてレティはワイヤーを支える。

 内部の異空間ではユニが細かく動きながら状況を確認し、断片データの有無を調査しているはずだ。しかし、ポータルの外にいるレティたちには待つことしかできない。

 そして、調査開始から10分ほど経過した頃。


『見つけたわ。断片データがいるわ』


 フックに内蔵されたスピーカーから、ユニの嬉しそうな声が響いた。


━━━━━

Tips

◇ユニ専用外装-Mk.Ⅰ

 統括制御システム断片データ“ユニ”の活動を支援するために製作された機械外装。横幅20cmほどの小型のレッドクラブをモチーフにしたデザインながら、内部には様々な機能が詰め込まれている。

 Mk.Ⅰの名の通り、今後の改修を前提とした試作機の側面が強い。


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