第1398話「侃侃諤諤会議中」

 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層の地下街は、開拓と都市開発の進む地上部を支援する工房が立ち並んでいる。生産系のスキルを鍛えた調査開拓員たちだけでなく、独自の冶金技術を有するドワーフ族やコボルド族、更に機械いじりの得意なグレムリン族の職人たちも集まり、賑わいもすさまじい。

 狭い通りにはいくつもの露店が立ち並び、さまざまな武器が所狭しと並べられている。その中には最近になって流通し始めたゴブリン製武器も見ることができる。


『ずいぶん騒がしいところになっちゃって……』


 芋を洗うような混雑となった地下街を歩くレティたち。その首に吊り下がった赤いカニのマスコットが、よよよと嘆くように左爪を動かした。

 地下街は強い怨嗟の残る土地だ。統括制御システムによって過酷な暮らしを強いられていたゴブリンたちの怨念が、今も根強くこびりついている。しかしマスコットと化したユニにはそれを感じ取ることはできず、ただ大きく発展した都市の喧騒を聞いて複雑な思いを吐露していた。


「地下街もこれからどんどん発展していきますからね。〈エミシ〉が近いこともあって、金属資源は豊富に運び込まれてきますし、〈アマツマラ〉や〈ホムスビ〉に匹敵する生産拠点になることも目されているんですよ」

『ふぅん』


 レティの希望のこもった説明にも、ユニはあまり興味を示さない。廃棄されたはずの計画に則って活動をしていた彼女にとってこの土地は重要なものではあったが、システムであるが故に思い入れというものは皆無だ。

 システムらしい素っ気ない態度に、エイミーが思わず苦笑した。


「ところで、ちゃんと来てくれるの? 忙しいでしょうに」

「事情を話したら『面白そうだからすぐ行く』っておっしゃってましたよ」

「あの人も物好きねぇ」


 レティたちが向かったのは、地下街の一角にあるレンタル工房だ。同様の施設は他の都市にも存在し、工房を持たない(もしくは持つだけの資金的余力のない)職人が時間単位で借りることで、様々な生産設備を使うことができる、というものだ。

 目的の工房は町の中でも最新鋭の設備が揃えられた最高級の施設であり、レンタルといえど一時間あたり数Mビットと言う高額の賃料がかかる。

 スケルトンではなくスキンを装着した上級NPCの受付で、レティは使用料をぽんと支払い、借りた部屋へと向かう。

 レティも普段は無駄遣いをしないようにしているだけで、必要経費とあらば支払うことに躊躇いはなかった。そもそも、曲がりなりにも攻略最前線で凄まじい活躍を繰り返している彼女が、その程度を払えないほど困窮しているはずがない。

 どこかの男も同じかそれ以上に稼いでいるはずなので、彼がひもじいのは浪費癖が理由である。


「工房って言っても綺麗なところじゃない」

「流石に最前線の町の最高等級となれば、といったところですかね」


 レティたちがやって来たのは、清潔感のある広々とした工房だった。システムキッチンのような作業台は大理石の天板で、壁に様々な工具類が(おそらくはインテリア的に)並べられている。

 一見するとキッチンスタジオのようにさえ見えるほど、明るい雰囲気の場所だ。


『それで、こんなところに連れてきて誰に会うのよ』


 作業台の上に置かれたユニがもちゃもちゃとたどたどしい動きで歩く。その時、勢いよくドアが開き、新たな声が飛び込んできた。


「お待たせー。なんかまた面白いことしてるんだって?」

「こんにちは、ネヴァさん」


 現れたのは褐色のタイプ-ゴーレム。エイミーと同型であるだけあって、レティは見上げなければならないほど大きい。そして、サラシで締め付けた胸も大きい。白髪を流して満面の笑みを浮かべるのは、レティたちとも旧知の仲である生産系トッププレイヤー、ネヴァであった。


「その子が例の?」

「はい。話が早くて助かりますね」


 待ちきれないとネヴァは早速天板の上にいるユニを見る。そっと手を伸ばす、柔らかい布地の体をぷにぷにと触る。


『にゃっ!? だ、誰よ! 私に勝手に触るなんて!』

「あら、元気がいいわねぇ」

『こらあああっ! ちょっ、やめっ、そこ敏感なところだから!』


 ネヴァは小さなマスコットをくにくにと触り、わたの中に包まれた音声再生機械を見つけると、カートリッジが挿入されている部分を興味深そうに観察する。


「これが統括制御システムの断片データねぇ。こういうのが各地に隠れてるの?」

「おそらくは。レティたちはそういう仮定で動いて、実際にそれらしいものも見つけたんです」


 塔の各地にポータルが存在すること。その奥には警備システムの生産工場があり、それを動かす断片データが存在すること。すでに二つ目も発見しているが、サイズ的にレティたちは侵入できないこと。そういった現状を伝えると、ネヴァもうんうんと頷いた。


「なるほど。それで私にお鉢が回って来たと」

「そういうことです。なんとかなりませんか?」

「任せなさい。私を誰だと思ってるのよ」


 腕を組み、胸を張るネヴァ。ぽよん、と豊かな双丘が大きく揺れる。

 ネヴァは日頃からレッジとつるみ、次々に新製品を開発している名匠だ。ソフトウェア部分はレッジが担当しているとはいえ、ハード全般は彼女が一手に担っており、テントからドローンまで様々なものを高いレベルで仕上げる確かな腕を持っている。


「とりあえずオーダーを聞きましょうか」


 ネヴァが作業台に大きな紙を広げる。そこにアイディアを書き出していくのが、彼女のスタイルだった。


「とりあえず、調査開拓団のネットワークに繋げないように。それだけ気を付けてください」

「了解。まあ、当然よね」


 第零期の〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉が〈ウェイド〉の都市機能をクラックしたのは記憶に新しい。その二の舞となれば、レティたちも管理責任が問われることとなる。

 ネヴァもその点はすぐに理解して、しっかりと書き込む。ユニがチッと隠しもせず舌打ちした。


「あとは、有線ケーブルも欲しいです。この子がポータル内に侵入して、断片データの回収を行うので」

「分かったわ」


 通信を制限しつつもできるようにする。矛盾しているようだが、実際のところはさほど難しいことでもない。選択的に任意の通信方法を確立できなければ、調査開拓団が使用する精密機器のほとんどは破綻してしまう。


「感覚器も必要よね。音だけだと流石にね」

「カメラとマイクですね。スピーカーも新しいものにします?」

「どうせならサーモグラフィーとか赤外線とか、色々盛り込みましょうか」


 アイディアを書き出していくうちに、三人も勢い付いてくる。


「片腕ドリルにします?」

「変形機構で――」

「色は――」

「やっぱりメタリックな感じが――」

『あの、ちょっと? 私はどうなるの? なんか変なことにならないでしょうね?』


 熱を帯びる会議に、側で聞いていたユニが不安を抱く。議題は彼女の機体のことなのだ。当然である。

 しかしレティたちには彼女の声はもはや届かず、侃侃諤諤の議論は更に白熱していく。


「自爆は大事よねぇ」

『ちょっと!?』

「右目からレーザー、左目からミサイルとか」

『ねえ、ちょっと何をしようとしてるの!?』

「どうせならレッジが開発したハッキングプログラムとか入れてみる?」

「それは普通にヤバそうなので却下ですね」


 一応、蜘蛛の糸のように細い理性を保ちながら会議は進む。広げられた大きな紙は、瞬く間に文字や図形で埋まっていく。


『わ、私これからいったいどうなっちゃうのーーーーっ!?』


 そんなユニの叫びも届かずに。


━━━━━

Tips

◇レンタル工房〈スタジオ・MAGI〉

 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層、地下街、三番通りに所在するレンタル工房。最高ランクの大型設備を取り揃え、様々なニーズに応える最高の生産環境を提供する。

 専用コンシェルジュ機能を利用することで⭐︎3ランク以下の汎用生産素材を定価で購入することも可能。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る