第1402話「手土産探し」
いくつかの公共交通を乗り継いで〈エミシ〉に到着する。そこにはすでに各地から新コンテンツを楽しもうと集まった調査開拓員たちが溢れていた。
『第五階層行き定期便は、現在3分間隔で出発しておりますー。すぐに順番が回ってきますので、焦らずお待ちくださいませー』
おかげで宇宙港は大混雑だ。和気藹々としているところがほとんどだが、中には鬱憤が溜まって声を荒げる者もいて、人流整理を行っているNPCの健気な声が上がっている。
無数の桟橋が縦にも横にもずらりと並んだ宇宙港には、大型の輸送船が次々と発着している。二次元的な海ではなく、三次元的な停泊も可能な宇宙空間故の力技だ。しかし、そのおかげでレンタル宇宙船を借りるまでもなくスムーズな移動ができそうだった。
『第五階層行き定期便、間もなく発進致しますー』
程なくして俺の順番も回ってきて、数百人をごっそりと乗せた宇宙船がブースターを焚いて動き出す。推進を阻むものがない宇宙空間では、慣性さえつけば移動も速い。あっという間に音速を超えた宇宙船は、まもなく星海にぽっかりと空いた黒い穴へと飛び込む。
呪術師たちが決死の思いで安定化させた、第五階層へ続く大穴だ。その向こうには大きく変貌を遂げた地下街が待ち構えていた。
「おお、ずいぶん発展したもんだな」
先日のイベントのあと、第五階層の地下街、地上街、天空街の三層を一つのまとまりとしてオトヒメが管理者を務めることになった。地上前衛拠点シード02EX-スサノオとなった都市は、〈エミシ〉からの潤沢なリソース供給も得て、急速な発展を遂げたのだ。
鬱屈とした闇の広がる地下街も、輝く柱が整然と並ぶ都市になっている。複層的に積み上がった建物の群れをネオンが彩り、すでに都心のような賑わいを見せている。
地下街は工房が多く立ち並び、地上街や天空街の開発の拠点となっているらしい。貨物も運んでいた輸送船からは次々と特大のコンテナが搬出され、街に飲み込まれていく。それが回り回って、地上の都市を形作るのだろう。
頭上の地殻を支える巨大な柱は、その一つ一つがエレベーターになっている。そこに乗り込んで数秒もすれば、明るい光の降り注ぐ地上街へと出ることができた。
「こっちもすっかり町ができてるな」
人混みを避けて中心から離れたエレベーターを使ったこともあり、出てきたのはまだ開発の及んでいない廃墟エリアだった。しかし、中心に目を向けると立派に立ち上がった都市の影がよく見える。
周囲の景色と馴染むように白を基調とした壮麗な巨城は、地下街の近未来的な光景とはまた趣を異にした幻想の色を纏っていた。なるほど、妖精の城と聞いて納得できるわけだ。
「やっぱり二週間も空けてると色々変わってるなぁ」
見違えるほどに発展した町を見て、改めて空けた時間の大きさを理解する。かつてのPCゲームでも二週間となるとアップデートが2回挟まれているわけでが、内部の時間が加速されるVRゲームとなるとなおさらだ。
FPOの場合、巨大なデータセンター内にあるシステムAIが全体的なゲームの管理運営を行っている。人、というかいわゆる運営と呼ばれる職員が関わるのは、 AIが問題なく動いているか、その結果ゲームが滞りなくサービスを提供できているか、その監視くらいだ。GMとして出てくることも、まあ重要な仕事なのだろうが。
ともあれ、AIによって24時間365日不眠不休の体制でアップデートが続けられていくFPOは、毎週の定期報告こそあれど不具合修正などは割とすぐにされる。今回追加された新規コンテンツも、レティたちが条件を達成されたことで
「さて、とりあえずその辺巡って、手土産を集めないとな」
新規コンテンツ〈モジュールシステム〉は塔各地にあるポータルを通じてポケットスペースへと入り、そこにある断片データを集めなければならないという。ポータルというのは、各地を徘徊している警備システムがポップするポイントらしい。
断片データを集めなければ、モジュールシステムを体験することはできない。町に行けば露店なんかで売りも出ているだろうが、やはり最初は自分の手で入手したいところだ。
実際、周囲を見渡すとポータルを探していると思しきプレイヤーがかなり多い。
「これだけ居て見つからないってことは、かなり巧妙に隠されてるんだろうな」
手強い予感を抱き、軽く掲示板やwikiで調べる。予習したところによると、現在は警備システムのポップ位置を記録して、そこから大まかに当たりを付けて探すのが一般的らしい。中には地中に埋まっているポータルなんかもあって、苦労するのだとか。
流石にそこまでやるのは大変だ。何かいい方法があればいいのだが……。
「とりあえず、分解してみるか」
近くを歩いていた警備システムに目をつけて、槍で突き壊す。一撃必殺とまではいかないが、まあ俺でもチクチクやっていれば破壊できる。そうして壊した機械を〈解体〉スキルを使って分解していく。今回はちょっと気合いを入れて、『精密解体』や『分解の極意』といった補助テクニックも使った上で。
「見た感じだとかなり技術力は高いよな。パーツは少なくともミリ単位で正確だ」
汎用のボルトなどを集めて見比べても、ほとんど見分けが付かない。共通規格に沿った部品を正確に製造できるだけの高い技術力の詳細だ。となれば……。
「やっぱり型番は付けてるよな」
高い工業技術があるなら、規格化や品質管理のためにナンバーを割り振っていてもおかしくない。主要部の装甲を剥がしてみると、目立たないところに製造番号らしきものが記載されていた。
ネジやボルトなんかはともかく、集積回路や小型レンズといった精密部品は手間がかかる。製造設備も大型にならざるを得ない。量産体制を整えて、一気に流れ作業で作っているのだろう。
流石に製造元の住所やら連絡先を記載しているはずもないが、ここにも重要な手がかりはあるはずだ。
「うーん、メモリから情報を吸い出せたら良かったんだが、破壊されてるな」
もともと壊れやすい部品である以上に、機能停止した瞬間に破壊されるような細工がされているのだろう。頭脳であるメモリは粉々に砕けて炭化してしまっていた。
とはいえ、一回の解体でかなりの部品も手に入った。これを売ればそれなりになるだろう。そして、周囲にはまだまだ獲物は多い。
「次はもっと慎重に捕まえるか」
俺の武器は槍だけではない。こういう事もあろうかと、罠も一通り準備してきた。
廃墟の入り組んだ地形に色々と仕掛けて報せを待つ。さほど時間もたたず、罠が起動した合図があった。駆けつけてみると、中型犬のような機械がバチバチと電流を流す網の中でもがいていた。
「よしよし。とりあえず生け取りはできたな。あとはメモリを破壊しないように倒せたらいいんだが」
とりあえずECMボムを投げてみる。しかし当然の如く対策は取られているようで、犬型ロボットは元気に動いている。機械だけあって、毒や麻痺などの状態異常も無効らしいから、どうしたものか。
「そういえば、こいつらの動力はどうなってるんだろうな」
機械とはいえ活動する以上はエネルギーを消費する。消費するなら、補給しなければならない。俺たちは食糧なんかを八尺瓊勾玉でLPに変換しているが、こいつは捕食行動を取ったりするのだろうか。
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◇名無しの調査開拓員
すみません。少し質問なのですが、警備システムって何を食べますか?
◇名無しの調査開拓員
警備システムはテイム不可ですよ
◇名無しの調査開拓員
課金ドッグフード食べさせとけ
◇名無しの調査開拓員
廃油だろjk
◇名無しの調査開拓員
質問変えます。捕食行動を見たことある人はいますか?
◇名無しの調査開拓員
ロボットが飯食うわけないだろ
◇名無しの調査開拓員
あいつらずっと徘徊してるだけだよ
◇名無しの調査開拓員
一定の巡回ルートはあるっぽいけど、ただ移動してるだけだね
とりあえず三週間くらい見張ってたけど
◇名無しの調査開拓員
暇人すぎて草
◇名無しの調査開拓員
ありがとうございます。
参考になりました。
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軽く掲示板で尋ねたところ、この警備システムたちが何か摂食行動を行ったという情報は得られなかった。やはり持つべきものは奇特な調査開拓員である。
犬が電磁網を食い破りそうになったので、新しい罠をしかけて拘束を延長しておく。
その上で、さっき解体した警備システムの内部構造を思い出す。
「見たところは炉みたいなものはなかったよな。となるとバッテリーか何かを搭載してるのか、あるいはソーラー発電的に供給しているのか」
FPOは変なところで真面目なゲームだ。謎の力で動き続けることができます、というようなゴリ押しはしない。実際、原生生物を観察しているバンドによると、肉食の原生生物が他の原生生物を捕食したり、草食獣が草を喰むなどの行為はよく見られるとのことだ。
「はてさて、お前は何を食べて生きてるんだい」
『グラゥゥゥ! ガァゥッ!』
敵意を露わにする犬の前にしゃがみ込み、その表情を窺う。牙を露出させた口は、何かを食べるようにはなっていない。
「しかたない。もう一回
今度はメモリを破壊されないように気をつけながら。生き締めのように一瞬でやればいけるだろうか?
そう思って槍を手にしたその時。
『クゥゥン……』
「なんだ、突然しおらしくなったな?」
網の中でもがいていたロボット犬が急におとなしくなる。しばらく見守っていると、赤々と輝いていた目が光を失い、かっくりと力をなくして倒れ込んだ。
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Tips
◇犬型警備システム
中型の犬に似た警備システム。運動性能に優れ、獰猛な牙や爪を用いて攻撃するほか、長距離を追跡することが可能。
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