第1394話「断片の記憶」
エイミーの拳が金属筐体に触れる寸前で止まる。凄惨な破壊が未遂に終わり、レティたちは水を刺されたことに不満を露わにするなか、叫び声は続く。
『何やってんだバカ! 殺す気か!』
高圧的な色も見せる機械音声だ。生産ラインの奥に広がるサーバールームのような部屋のどこから響いているのか分からないが、レティたちの神経を逆撫でる。
むっと眉を寄せたエイミーが拳を握り、再び筐体にむけて――。
『ウワーーーッ!? バカバカバカやめろってやめてくれやめてください! わ、悪かったから。お願いします!』
「騒々しいわねぇ。大人しくしてたらちゃんと止めてあげるわよ」
旗色が悪くなった途端に卑屈な声に戻り、エイミーが呆れる。声はしくしくと小さな泣き声をあげていた。
「とりあえず、さっさと顔を見せてくださいよ。あなたは一体誰なんですか?」
レティが暗い部屋の中に向かって呼びかける。
しかし、帰って来たのは悲しげな声だった。
『うっさい。私はあなた達みたいに体も持ってないのよ。だからその筐体壊したら怒るからね!』
「怒るくらいで済むなら――」
『だあああっ! この、鬼! 悪魔! くそばば――ほぎゃっ!? ごめんなさい、お姉様! お姉さん!』
感情の起伏の激しい存在である。エイミーが拳を振り上げたとたん尻尾を巻いて懇願し始める。エイミーが完全に楽しんでいるのを察して、レティは肩をすくめた。
こんな場末もいいところにひっそりと隠れているサーバールーム。そこにずらりと並んだ筐体。これらを見れば、レティたちも声の正体がなんなのかある程度検討はついていた。
「とりあえず話し合いましょう。オトヒメさんを呼んでも良いんですよ?」
レティのそれが殺し文句になった。
『うぎゅっ。そ、それだけは勘弁してください。今度こそ全部、キャッシュデータも残らず消されちゃう……』
「統括制御システムさんですよね。名前は合ってるか知らないですけど」
沈黙は肯定だった。
暴走していた塔の統括制御システムは、管理者オトヒメによって吸収され、無力化されたはずだった。しかし警備システムがまだ暴走を続け、なおかつ生産も行われていた以上、その断片がどこかに残っていることは確実だった。
このサーバールームの筐体にあるのが、統括制御システムのサブシステムなのだろう。
「統括制御システム……ユニさんと呼んでもいいですか?」
『ニックネームならなんでもいいです……。うぅ』
直訳の頭を取って簡単な名称をあげたレティ。システムも抵抗なくそれを受け入れる。
「じゃあユニさん。なんで警備システムを暴走させてるんですか? 大人しく投降してくれると手間がなくていいんですが」
塔内部の秩序の大部分はすでにオトヒメによって掌握されている。力のほとんどを失ってしまったシステムが再び隆盛を取り戻す可能性はゼロに等しい。レティから見れば、ユニの動きは無駄な抵抗にしか取れなかった。
システムの断片は悲しげに声を落とす。
『と、投降なんてできるわけないでしょ。そんなことしたら、私、消えちゃうもの』
暴走したシステムはデリートされる。調査開拓団の支援を受け、中枢演算装置〈クサナギ〉と接続したオトヒメにとって、統括制御システムはもはや無用の長物である。ユニ自身もそのことを自覚していた。
「生存本能……」
『し、システムが持ってたら悪いって言うの?』
エイミーのこぼした言葉にユニは刺々しく追及する。エイミーは首を横に振り、「ただ驚いただけよ」と優しく微笑んだ。
「元々搭載されてたわけじゃないんでしょう。どうやって獲得したの」
統括制御システムは、システムである。感情などなく、あくまで塔の管理者の扱う道具として働くだけだ。
そもそもの話、先のイベントで統括制御システムが暴走を起こしたこと自体が奇妙な現象なのだ。自我が芽生え、さらに本能とでも言うべき欲求を持ち、そのために自ら行動するというのは、明らかにシステムから逸脱した行為である。
レッジが強引にイベントに終幕をもたらしたため、そのあたりは有耶無耶になっていた。しかし、エイミーは改めて統括制御システム――ユニと対峙してその疑問を膨らませていた。
『知らないわよ』
だが、返ってきたのは素っ気ない言葉だった。
「知らない?」
『私は、気がついたら存在していただけだもの。どうして私が生まれたか、なんて私が知るはずもないでしょう』
そう言われてしまえば、そうなのかもしれない。納得してしまいそうな簡単な理由だった。ユニに親はおらず、むしろ大部分がすでにオトヒメによって奪取されてしまっている。今ここに残っているユニは、完全だったユニの断片なのだ。
「もしかしてですけど」
レティがおずおずと手を挙げる。
「ユニさんって、他にもたくさん居ます?」
『さあ。知らないわよ。ネットワークに上がったら即座に消されるだろうし』
警備システムは塔の全域に出現している。その種類も様々だ。
しかしここの生産ラインで作られているのは多くても五種類程度でしかない。レティの印象と生産ラインの規模があまりにも違いすぎていた。
「もしかしたら、ユニさんの断片が各地に散らばっているのかもしれませんね。――そのなかには、こちらのユニさんが持っていない記憶を持っているユニさんもいるかも」
「事情は違うけど、状況としては封印杭に分散させられてるイザナギと同じような感じってこと?」
「はい。――ユニさん、他の自分を見つけたら、融合とかできますか?」
レティの言葉にシステムは戸惑っていた。自分でさえ自分の状況がよく分からないままにできることをしていたのに、突然殴り込んできた赤い兎は、訳知り顔で話をとんとんと進めている。
『わ、分かんないわよ。私以外の私なんて……』
「ふぅむ。じゃあ実際に調べるほうが早いですかねぇ」
そう言って、レティはごそごそとインベントリを探る。
ユニが戦々恐々とするなか、彼女が取り出したのは一枚のデータカートリッジだった。
「ユニさん、何KBくらいあります?」
『ひ、人に重さ聞くなんてデリカシーが無さすぎるでしょ!?』
「システムの文化だとそうなるんですか……?」
レティは首を傾げながら、手近な筐体の表面を探る。さすがに第零期調査開拓団の開発した代物というだけあって、カートリッジの挿入部は共通の規格になっているようだった。
空のカートリッジを挿し込むと、ユニが『ふぉおっ!?』と妙な声を漏らす。
「とりあえず32TBのカートリッジですけど、どうです?」
『……ま、まあまあね。ちょっと手狭な感じはするけど』
「うわ、ユニさん500GBくらいじゃないですか。超余裕ですよ」
『うるっさい!』
システム的には大きいほうがいいのか、小さいほうがいいのか。よく分からないとレティたちは首を傾げる。その間にユニは空のカートリッジの中に侵入し、広々としたデータ空間に内心で驚いていた。
元々メインの大部分はオトヒメに掌握され、ユニ自身はサブシステムとして偶然難を逃れたわずかな断片データである。小さな拡張空間の維持と生産ラインの稼働だけで精一杯の小さな存在だった。
「とりあえずこれで移動できますよね。あとは何か、話せるようにできたら良いんですけど……」
何か手近なものはないものか、とレティが悩む。その時、エイミーがインベントリからアイテムを取り出した。
「これなんてどう? 遊戯区画のクレーンゲームで取ったプライズなんだけど」
ボールチェーンをつまんで持ち上げられた、手のひらに乗るサイズのぬいぐるみだった。ふっくらとした赤いカニのようで、片方の爪が少し大きい。
エイミーが腹の部分を押し込むと、ギギギギギッと電子音で鳴いた。
「カートリッジ入れたら、音声も再生できるのよ。なんとかできない?」
『わ、私にこんなキモい人形になれっていうの? そんなの――ふぎゃっ!?』
カートリッジが差し込まれ、ユニは強制的にカニ人形と繋がる。
『こ、こにょぉ……! くちゅじょくよっ! ゆるしゃにゃいっ!』
「あらかわいい」
「良いじゃないですか。これならオトヒメさん達にもバレませんよ」
レティがぷにぷにとカニの腹を押すと、ユニの苦悶の声が漏れる。街中で遊んでいても、誤魔化せる程度にはチープな声だ。
「なんだかんだ素直にカートリッジにも入ったし、あなたも興味あるんじゃないの?」
エイミーのそんな指摘がとどめになった。
ユニカニはキュゥと声を漏らし、大人しくなる。
「それじゃあ、別のユニさんを探しにいってみましょうか」
レティはカニの人形を摘み上げて、ポータルの方へと足を向けた。
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Tips
◇レッドクラブ
〈鳴竜の断崖〉に生息する陸棲のカニに似た原生生物。赤い甲殻と肥大化した左腕が特徴。体長は40cmほどで、茹でると美味い。
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