第1395話「ポンコツ」

『うぅぅ。私がこんなチンケな体に入るなんて……』


 レティの胸元で揺れる赤いカニのぬいぐるみから、屈辱的な声が漏れる。その声に合わせて爪がクネクネとリズミカルに揺れるのは、彼女にはどうしようもないらしい。


「いいじゃないですか。体が欲しかったんですよね?」

『違うわよ! アンタの体を乗っ取って、ネットワークに侵入して、また完全体に戻ってやるんだから!』


 爪を上下に動かしながら、ユニは威勢よく声をあげる。統括制御システムが体を欲しがったのは、管理者機体や調査開拓用機械人形に侵入すれば、そのライセンスを用いてネットワークを掌握できるからだ。ただのゲームセンターのクレーンゲームのプライズでは、当然ネットワークにアクセスすることなどできない。


「ずいぶん声も安定してきたし、慣れてきてるんじゃないの? 案外快適だったりして」

『そんなわけないでしょ!』


 横からエイミーが言葉を差し込み、カニと化したユニは律儀に声を荒げる。

 オトヒメの目を掻い潜り、ポータルの先に隠れていた統括制御システムの断片データ。レティによってユニと名付けられたそれは、手のひらサイズのカニのぬいぐるみに収められ、そのまま彼女の首に掛けられていた。


『ブラブラ揺れてて気持ち悪いのよ。もうちょっと安定させてくれない?』

「すみませんねぇ安定感のない胸元で!」

『きゃああっ!? ご、ごめんなさい! 全然揺れてないから、微動だにしてない!』

「どういう意味ですかそれは!」


 ボールチェーンを掴んでぬいぐるみを揺らすと、ユニが悲鳴をあげる。回す目もないはずだが、スロットに挿入されたカートリッジの接触が不安定になって気持ち悪いようだった。


「ふん、まったく! ……というか、今更ですけど、ユニさんを外に出してもいいんですかね?」

「本当に今更ね」


 カニのぬいぐるみを摘み上げ、首を傾げるレティ。ユニが統括制御システムとして反逆の機会を虎視眈々と狙っているのは、これまでの言動で分かっている。となれば、要注意人物である彼女(?)を外部に持ち出したレティたちも何かしらの処罰を受ける可能性は考えられた。

 しかし、エイミーは気楽な様子で「いいんじゃないの」と頷く。


「カニのぬいぐるみから外部に出られるわけでもないだろうし、何かあったらこれごとオトヒメに渡せばいいでしょ」

『ちょっ、アンタ達何をしようとしてるの!? 私の断片を探しにいくんでしょ! 約束も守れない野蛮人だったの!?』

「はいはい。あなたが大人しくしてたら断片探しに協力するわよ」


 大きな左爪をブンブンと振り回すユニ。彼女が素直にカートリッジに体を移したのは、レティたちが塔の各地に残っている可能性がある他の断片データを探すと言ったからだ。このままオトヒメに差し出されたら、問答無用で吸収され自我は失われるだろう。それは話が違うというものだ。


「じゃ、そろそろ出ますよー」

『ふぎゃっ』


 レティがぬいぐるみから手を離し、ポータルの前に立つ。細やかに空間が波打つだけで、そうと知らなければ見つけるのは困難だろう。

 腕を差し込めば、虚空に消える。いや、厳密には地上街の郊外に腕の先だけが出ているのだ。


「ちなみにですけど、ユニさんは他の断片がどこにいるかとか」

『ネットワークに繋がればすぐに分かるわよ』

「今は分からないってことですね。なら大丈夫です」


 一応の確認をとり、レティはポータルに身を投じる。体温と同じ温度の水に身を沈めたかのような奇妙な感触とともに、彼女は地上街へと戻った。


「ふぅ。問題なく通れますね」

「閉じ込められたらどうするつもりだったのよ」

「一応綺羅星は持ってきてますよ」


 気楽に世界の壁を破壊しようとするレティに、後を追いかけて出てきたエイミーも苦笑するしかない。彼女の言葉の意味が分かっていないユニだけがレティの胸元で揺れていた。


「実際のところ、ユニさんが出てしまったらあの生産工場はどうなるんですか?」

『ふん。そんなの自動的に動き続けるように設定してるに決まってるでしょ』


 勝ち誇ったようなユニに、レティたちも大して驚かない。なんなら、ユニ自身もデータをコピーしてカートリッジに入れているだけで、本体である筐体にも彼女はいるのだろう。

 データの集合であるユニの挙動は、今の所レティたちの予想の範疇を超えていないようだった。


「それじゃ、とりあえず探しに行きましょうか。……といっても、あまり手掛かりもないんですが」

「有志が作ったマップがあるわよ。警備システムの分布を調べてくれてるみたい」

「おお。やっぱり調査開拓団は有能ですね」


 エイミーが広げた地図に記されているのは、塔の各地に分布する警備システムの種類だ。ユニの拠点では五種類程度の警備システムしか製造されていなかったが、全体としてはそれをはるかに超える多種多様な警備システムが確認されている。それらの地理的な分布の偏りを見れば、どこに拠点に繋がるポータルがあるのか、ある程度予測も付けられるだろう。


「どうです? ユニさん」

『目がないのにどうやって見ろっていうのよ』


 餅は餅屋ということでユニに見て貰えば早いかとレティは考えた。しかしぬいぐるみにはカメラもセンサー類もないため、彼女は何も分からないようだった。


「仕方ないですねぇ」

『ネットにアクセスしてくれたら分かるわよ』

「いや、地図をインストールしますよ」

『ふぎぎぎぎぎっ!?』


 レティはマップデータだけをぬいぐるみに内蔵された簡単な演算機に注ぎ込む。突然にデータが流し込まれたユニが悲鳴を上げた。


「どうです?」

『……とりあえず地上街は把握できたわよ』


 自分の思惑がことごとく叶わないユニはぶすっとした声を出す。ともあれ、彼女も地図を共有し、そこにピン留めされた警備システムの分布を確認することができたようだ。


「じゃあ行きましょうか。はぁ、レティたちもレッジさんみたいにマップ見ただけで分かればいいんですけどねぇ」


 マップに表示されているのは警備システムの発見された種類と座標だけ。それだけを見て大まかに偏りがあることは理解できても、ピンポイントでポータルがありそうな場所が分かるわけではない。

 一般人なら当然のことだが、この場にいないあの人ならば、とレティもエイミーも疑いすら持っていなかった。彼がいれば、ユニに頼らずとも自力で別のポータルは見つけられただろう。


『自力でポータルを見つける? オトヒメでさえ見逃してるものを見つけられる奴がいるわけないじゃないの』

「ま、素人はそう言いますよね」

『なんかムカつくわね』


 ふっ、と鼻で笑うレティ。ユニは自分を騙そうとしていると考え、そうはいくかと疑念を深めた。


「あの子もレッジのことは知ってるはずよね?」

「あくまで出会ったのは本体のほうですからねぇ。断片データである彼女までは情報がいってないのかも」

「バックアップがリアルタイムじゃなかったのかぁ」


 マップを広げてそれらしい場所へと向かいつつ、エイミーとレティはユニのポンコツっぷりに多少の憐憫を覚えるのだった。


━━━━━

Tips

◇マップデータ

 〈測量〉スキルによって作成される地図情報。既存のマップにインストールすることで、様々な情報を付加することができる。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る