第1391話「発展する都市」

「へぇ。それでアイちゃんと」

「楽しかったですよ。お互い住んでいる所もそんなに離れていないことが分かったので、また機会があれば第二回もしたいなんて話たりして」

「いいわねぇ。また〈白鹿庵〉でもオフ会開きたいわね」


 アイとのオフ会の翌日。FPOにログインしたレティは、偶然居合わせたエイミーに昨日の出来事を話していた。襲撃者が現れた話などはある程度ぼかしつつ、アイと親睦を深めたことを重点的に。それをエイミーは羨ましそうな顔で聞いていた。

 元々、イベント終了後のタイミングでそろそろ第二回を開きたいという話は出ていた。以前の開催はLettyの加入前であり、彼女と顔合わせはできていなかったのだ。アイとのオフ会もアイは〈白鹿庵〉全員に声をかけていたのだが、あいにくと都合が付かなかった。


「それで、レッジとも会ったんだっけ」

「会ったというか、通話をしただけですけどね。姿自体は見てませんから」


 爆弾のことは伏せつつも、レッジとの会話があったことは隠すわけにもいかない。


「なんだかリアルの方が忙しいみたいで。結局いつログインできるのかは聞けずじまいでしたよ」


 ちなみにレッジは今日もまだログインしていない。ウェイドなどは都市が平和で何よりだと言っていたが、経済レベルでは徐々に損害が出始めている。レッジによるブーストが切れかかっているとも言えるが。


「さて、〈オトヒメ〉はどんな様子ですかね」


 今回、レティたちが〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層へとやってきたのも、停滞する領域拡張プロトコルの促進のためだった。

 第四階層の大穴から繋がる地下街にやってきたレティたちは、宇宙船から降りて周囲を見渡す。ゴブリンたちが押し込められていた暗い地下空間は、イベント後に開発が進められ、見違えるほど明るくなった。


「ちょっとアングラな繁華街って感じね。〈プロメテウス工業〉が張り切ったらしいわよ」


 地面がボコボコと抉れていた地下街には、堅牢は金属製の建物が広がっている。鮮やかな原色のネオンは、〈スサノオ〉の景観を思わせる近未来的な空気と退廃的な雰囲気を両立させていた。

 激戦の傷跡は未だそこかしこに残っているものの、調査開拓員たちによる露店が立ち並び、賑わいも見せている。

 ここは地上前衛拠点シード02EX-スサノオ、通称を〈オトヒメ〉という。塔の管理者であるオトヒメにより管理が行われる三層構造の都市である。


「ゴブリンもいるんですね」

「オトヒメの被造物という意味では、エルフと同じだしねぇ」


 街中を歩いているのは調査開拓員やドワーフ、グレムリン、コボルドたちだけではない。筋骨隆々のいかめしい外見をしたゴブリンたちもまた少数ながら徒党を組んで闊歩している。

 彼らは先の激戦を生き残り、オトヒメの対話によって和解を果たしたゴブリンたちだ。統括制御システムによって抑圧されていた彼らの憎悪は凄まじいものがあったが、対等な扱いを確約するという条件のもと、より豊かな生活を求めて調査開拓団との協力体制が確立された。


「ゴブリン製の武器も技術交流で発展しているようです。レティもそろそろ、一本ぐらいハンマーを手に入れておきたいんですよねぇ」


 他種族製の武器も調査開拓団製のものとは異なる利点を持つものがある。ゴブリン製の武器は物理攻撃力に優れた武骨なものが多く、レティのプレイスタイルにも合致しているのだ。

 イベント中にドロップアイテムとして流通していたゴブリン製武器は品質的に粗悪なものがほとんどだったが、調査開拓団やドワーフたちとの交流が始まったことにより、急激な改善が見出されていた。


「レッジさんがいなくても結構進んでますね」


 発展した地下街を見渡し、レティは意外そうな顔をする。領域拡張プロトコルの促進を命じられたため、もっと荒廃しているものかと思っていたのだ。しかし〈オトヒメ〉はすでに他の都市と遜色ないほどの成長を遂げているように見える。


「そりゃあそうよ。レッジだって一応ただの一般プレイヤーなんだし」


 エイミーが肩をすくめる。

 レッジが不在である影響は小さくないが、決して彼が必要不可欠であるというほど調査開拓団も依存しているわけではない。個の専門家による全体としての万能家という思想こそが調査開拓団の基本であり、一人二人欠けた程度で破綻するような脆弱な体制は築いていない。


「ほら、こっちよ」


 きょろきょろと落ち着きなく周囲を見渡すレティの手を引いて、エイミーは地下街の天井を支える巨大な柱の元へと向かう。強靭な鉄筋で補強された角柱は、内部に大規模なシャフトを仕込んだ昇降機だ。

 二人は多くの調査開拓員と共にゴンドラへ乗り込み、上層へと向かう。頭上から強い光が降り注ぎ、やがて周囲の景色が大きく広がった。


「うわぁ! こちらも発展してますね!」


 シード02EX-スサノオ、地上街。白亜に彩られた石造の大都市が、ドワーフと調査開拓団の石工たちによって補修と増築を施され、規模を拡大させている。地下街の生産施設を基盤として、急速な復興が進められているのだ。


「これから生まれてくるエルフを受け入れるために、いくらでも建物は必要なのよ。〈エミシ〉では大理石が取れる惑星の乱獲が進んでるみたいだし」

「またスケールの大きい話ですねぇ」


 エイミーの説明に、レティは苦笑を隠せない。今では塔内部にある小宇宙空間も無限に資源を回収できる便利な場所に成り果てている。

 〈オトヒメ〉地上街の中央には、一際大きな白亜の宮殿が築かれている。イベント時には調査開拓団の拠点としても利用された砦を拡張した一大建造物だ。昇降機から降りたレティたちは、石を削る音の響く街中を歩き、白亜の宮殿を目指す。

 職人たちの稼ぎ時とばかりに彫刻が彫られ、柱が建てられ、石材が機獣によって運ばれている。それらを横目に、壮麗な大階段と列柱の構える宮殿へ。


『レティさん、エイミーさん!』

『おおっ、二人ともよく来てくれたネ! 我様嬉しいヨォ、チュッ♡ ナンチャッテ(笑)』


 二人を出迎えたのは、〈オトヒメ〉の重要人物たちである。

 一人は色白な肌にエメラルドの髪を流した美しいエルフの姫。もう一人は、新たな管理者機体を付与され、早速派手な見た目に化粧を施した管理者オトヒメその人である。


「お久しぶりです、オフィーリアさん、オトヒメさん」

「ウェイドからの特別任務を受けて来たわ。私たちにできることなら、なんでも言ってちょうだい」


 ようやく目的の人物に出会えたレティたちは、大きく手を振って応じる。

 はるばる塔の町までやってきた助っ人に、管理者たちは早速用意していた仕事を頼みかけるのだった。


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Tips

◇地上前衛拠点シード02EX-スサノオ

 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層に所在する地上前衛拠点。管理者オトヒメを責任者とする。地上街、地下街、天空街の三層にわたり、調査開拓団管理下の都市の中でも随一の規模を誇る。


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