第1384話「必須データ」
「――はい、というわけで無事に〈スサノオ〉入りできましたね」
地上前衛拠点シード01-スサノオ。近未来的な鉄骨が組み上がり、夕暮れの町にネオンが灯り始めている。先鋭的なシルエットと排他的なデザインが入り混じる都市の中央管理区域アップデートセンターで“あ”は目を覚ます。
黄色いカラーリングの臨時機体に意識だけを移された彼は自身のプランが順調に進んでいることに満足感を覚えていた。
「総合カウンターで機体回収依頼を出します。スキルレベルの合計が100以下なら、スキルレベル減少のデスペナルティを受けることなく回収できますからね。とりあえず〈水蛇の湖沼〉までヤタガラスも解放できたので、ここからは町で少し準備をすることになります」
通常、フィールドでLPを全損して行動不能となった場合、ステータス的に大幅に制限される臨時機体で現地に出向いて機体を回収するか、機体回収依頼を出す必要がある。無事に自力で機体を回収できた場合にはデスペナルティはないが、機体回収依頼を出した場合にはスキルレベルが減少してしまう。
しかし、初心者救済措置として合計スキルレベルが一定以下の期間はそのスキルレベル減少も免除される。“あ”はそのシステムを利用して、実質的にノーリスクで〈スサノオ〉へと戻ってきたのだ。
アップデートセンターのカウンターで回収依頼を出すと、すぐに緊急回収ドローンによって彼の機体が運ばれてくる。“あ”は早速そちらにデータを移行し、臨時機体から乗り移ると、いかめしい町へと繰り出した。
「まずは中央制御塔の端末でチュートリアル任務を事後受注してクリア、カイザーとラピスの討伐任務も受注後即達成。これで7,200ビットが手に入りますね」
町に入ることなく二つのフィールドのボスエネミーを討伐した“あ”は、その実績を使って金を稼ぐ。初期所持金の500ビットと合わせて、8,000弱のビットが懐に収まる。
「そうしたら、武器の強化です。ベーシックスピアを生物系強化で獣狩りの槍+3まで。ただ、このレギュレーションだと他PCとの取引はできないので、NPCの工房に行きます」
稼いだビットとフィールドで拾い集めたアイテムを携えて、“あ”は工業区画へと繰り出す。大通りには調査開拓員たちの工房がずらりと立ち並び賑やかな様相を呈しているが、そこには見向きもしない。
〈スサノオ〉は初心者が多い町ということもあり、初心者支援を名目とした好事家やバンド勧誘を目論む者が、格安で性能的に強い武器を販売していることも多い。しかし、“あ”が走っているRTAのレギュレーションでは仲間内で示し合わせた支援を予防するため、他の調査開拓員との取引が禁止されている。
彼が真っ直ぐに向かったのは、NPCが営む鍛治工房だ。高くもなく安くもなく、珍しくもない武器を製造している素朴といえば素朴な店だ。最近では大半のプレイヤーがPCの職人に武器製造を依頼するため、ひとけは少ない。やってくるのは“あ”のようなRTA走者か、人と話すのが煩わしい変わり者程度である。
『イラッシャイマセ。武器ノ製造デスカ? 強化デスカ?』
カウンターに立つのはスケルトンのNPC。感情のない片言の声は搭載されている人工知能が低級であることを示す。このような店であれば、その程度の能力で十分ということでもある。
『カシコマリマシタ。シバラクオ待チ下サイ』
“あ”は言葉を発することなく、目の前に浮かんだウィンドウを操作して注文を行う。ベーシックスピアとカイザーやラピスのドロップアイテム、ビットを送り、数秒で獣狩りの槍+4が返ってくる。
『マタノゴ利用ヲオ待チシテイマス』
恭しく機械的な礼をするNPCを一瞥もせず、“あ”は先を急ぐ。
テクニックデータカートリッジのショップで必要なものを買い集め、アーツショップで触媒とチップを揃える。
「これでアイテム類は揃いましたね。防具は全部売り払います。重量が嵩むだけなので。あとは……いくつかNPC依頼をこなします」
買い物を終えた“あ”はまだ町を出ない。その前にするべきことがあった。
調査開拓員の主な使命は惑星イザナミの開拓にある。そのために、管理者と呼ばれる上位のNPCから公示される任務をこなし、その過程で様々な報酬を得るというのがFPOの基本的なプレイである。
一方、調査開拓団には管理者以外のも無数のNPCが存在し、大半は鍛治工房の店員のような下級NPCだが、中にはプレイヤーと遜色ない知能を持つ上級NPCも存在する。そして、上級NPCの中には個人的な頼み事――
「まずは〈フラワーショップ・ポンポン〉のNPCから【ちょっと可愛い?お茶目さん】を受注します」
商業区画の一角にある花屋の少女から依頼を引き受けた“あ”は街中を走り、特定のポイントに隠れている植木鉢を被った小型犬のような原生生物を捕まえる。それを少女の元へと持ち帰れば依頼達成となり、報酬の“パニックアンプル(試作品)”が手に入る。
更に都市防壁の上に立つNPCから依頼を受けて度胸試しの落下を行い、その勇気が認められて“不屈の指輪”を入手。入り組んだ地下整備トンネル網の中にいるNPCとのなぞなぞ勝負に勝利し、“知恵の冠”を入手。槍の技量を見せることで『ストレンジショット』のデータカートリッジを入手。
「集めるものは全部集まったので、最後に機獣を買いましょう」
必要アイテムを全て揃えた“あ”は最後にアーマービーストの販売店へと足を向ける。機獣はその名の通り機械の獣であり、荷物の運搬や偵察など、様々な場面で調査開拓員を支援してくれる。その使役には〈操縦〉スキルが必要だが、非常に強力な相棒となる存在だ。
“あ”は余ったビットの全てを注ぎ込み、ドローンとその強化チップを限界まで買い集める。
「それで、あとはパブリックデータベースに収録されているドローン支援データパックをダウンロードして、これにインストールしましょう」
パブリックデータベースは調査開拓団の要する巨大な情報集積地であり、そこに収められた情報は調査開拓員に広く公開されている。中には閲覧や使用に特定の条件が必要であったり、手数料がかかったりするデータもあるが、“あ”が手元にダウンロードしたのは無料公開されているデータ群だった。
「PCとの取引は禁止されてるんですが、唯一例外的にPDBにあるフリーデータだけは使用が認められています。ドローン支援データパック、まあ泥サポなんて言うことの方が多いですが、これはもう定番ですよね。機獣使いならまず持ってるデータです」
匿名のプレイヤーによって開発されたその巨大なデータパックには無数のプログラムが収録されている。ドローンや機獣の自律的行動制御を目的としたデータであり、それをインストールすれば機獣の能力が大幅に底上げされる。
機獣使いにとってはもはや必須と言っていいほどのプログラムであり、これがなければ機獣が使役できないと断言する者もいるほどである。
「サクッとインストール終わらせて……。よし、それじゃあヤタガラスで湖沼に戻りましょう」
“あ”はセットアップを終えて、中央制御塔地下にある高速装甲軌道列車ヤタガラスのホームへと向かう。彼の背後には撮影用ドローンと、購入したばかりの攻撃用ドローンが従者のように追従していた。
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Tips
◇アサルトドローン
攻撃支援方飛行機械。フィールド上での対原生生物用攻撃支援を目的に開発されたドローン。多くの場合はパーツの付け替えや内蔵プログラムの改変によってその性質を大きく変える。一方でカスタマイズ性の高さは使いにくさにも直結している。
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