第1383話「爆殺特攻」
第一開拓領域〈オノコロ島〉西方第三域〈水蛇の湖沼〉。広大な沼地は足を絡め取り、高い〈歩行〉スキルか専用の靴などを用意しなければまともに歩くこともできない厄介なエリアだ。第二域の森で原生生物との戦いに慣れた調査開拓員に、フィールドそのものの恐ろしさを体感させる。
そんな厄介なフィールドを高速で移動する“あ”の姿があった。
「えー、このようにですね。マッドフロッグの頭を蹴ることで一気に跳躍して距離が稼げます。間違えてオイリートードを踏まないように気をつけて下さいね」
スキンも貼っていないスケルトン状態のタイプ-ライカンスロープは、慣れた様子で巨大なカエルの頭を踏みつけている。愛護団体が見れば悲鳴をあげて憤死しそうな光景だが、RTA的には基本の動き方である。
彼は不時着から“剛腕のカイザー”討伐までの間ずっとバックジャンプを続け、〈跳躍〉スキルのレベルを上げてきた。その甲斐あってレベルは現在7になり、基礎的な跳躍力が補強されるとともに新たなテクニック『ハイジャンプ』を習得したのだ。テクニックデータカートリッジを用いないテクニックの習得方法である覚醒は、RTA走者にとって重要である。
「それでは早速ですが〈水蛇の湖沼〉のボスを倒しましょうか。“隠遁のラピス”は結構厄介なところにいて、普通なら酸素ボンベ背負うか〈水泳〉スキルを上げる必要がありますが……」
〈水蛇の湖沼〉の先へ進むためにはボス“隠遁のラピス”を倒さねばらない。世にも珍しい三つ首のスケイルサーペントであるラピスは、〈水蛇の湖沼〉の奥に広がる湖の底からつながる洞窟の奥という僻地に潜んでいる。
まだまだ序盤のフィールドということもあり、対策を立てれば到達は用意だ。だが、一刻を争う“あ”は悠長に泳ぐ練習をする暇はない。
「こういう時はですね、もう伝統芸能ですね。カエルを被ります」
彼は湖畔に佇んでいた大ガエルを槍で突く。オイリートードと呼ばれる、柔軟なゴム質の表皮に油分を分泌する原生生物だ。刺激を与えると大きく口を開けて、相手を丸呑みにしてしまう習性がある。
抵抗しない“あ”はオイリートードに丸呑みにされる。しかし、その直前に体を倒して湖へと飛び込むことで、オイリートードを巻き添えにした。
「ここから37秒沈むまで待機です」
オイリートードにわざと飲み込まれることで、それ自体を潜水服の代わりとする。このチャートの中でも特に突飛なテクニックだが、歴史はかなり長い。なにせ、この技の源流が発見されたのはFPOサービス開始直後のことなのだから。
タイマーのカウントを目安に、“あ”はオイリートードの喉奥を槍で突いてとどめを刺す。倒れたオイリートードの口が開けば、まるで示し合わせたかのように水中洞窟が目の前にある。
「はい、というわけで洞窟到着です。この奥にラピスがいるわけですが。まあ、いつも通り対消滅戦法でいきましょう」
“隠遁のラピス”は魔眼と呼ばれる特殊な能力を持つ。アーツ攻撃に耐性のある青眼、物理攻撃に耐性のある赤眼、そして視認した対象を石化させる金眼だ。
物資、装備、レベルの全てにおいてフィールド推奨レベルを大きく下回る水準の“あ”にとっては、どれか一つを取っても致命的なものである。しかし、千人を超えるとさえ言われるRTA走者たちの技の研鑽と知識の集積によって、安定的な攻略法が既に確立されている。
俗に対消滅戦法と呼ばれるそれは、テクニックを要求するものの原理としては簡単である。
「そういえば、ラピスの魔眼もイマイチ原理が分かってないんですよね」
ほぼ作業と化した動きをしながら、世間話を始める“あ”。彼は洞窟の岩の配置や壁の模様などを頼りに、所定の場所に立つ。ベーシックスピアを構えると、赤い眼を光らせたラピスの頭が迫ってくる。
「『フリップパリィ』」
タイミングを合わせ、槍で頭を打ち上げる。武器系スキルのレベル5で習得可能な弾き技。いわゆるパリィ。非常にシビアなタイミングを要求されるが、うまく決まればボスの攻撃も無傷で凌げる。
そのうえ、上方に弾き上げられた赤眼が、ちょうど迫ってきていた青眼の頭とぶつかる。
二倍の衝撃が頭部に与えられ、赤眼と青眼は揃って“目眩”を発生させる。このまま打撃を続ければ“気絶”更に“昏倒”にまで派生する行動不能系デバフだ。
しかし“あ”は深追いすることなく前転。ラピスの中央に座す金眼が彼を睨み付けたその瞬間、再び後ろへ下がる。〈槍術〉スキルレベル5で習得可能な『ポールジャンプ』というテクニックを使った。
金眼の石化攻撃は“あ”に届かない。代わりに、前方で絡み合うようにしてふらついていた二つの頭が硬直した。
「三術系、特に〈呪術〉スキルと関連があるのかなとは言われてるんですが、このボスって三術系実装のはるか前から居るんですよね。最近だと魔法との関連も疑われてますし。FPOの考察班も色々頭を悩ませてるみたいですよ」
二つの頭が硬直したせいで、ラピスが体勢を崩す。“あ”は蛇体を駆け上り、金眼を槍で潰した。そして、まだラピスのHPが八割以上残っているにも関わらず、身を翻して逃走する。
「よし、上手くいきましたね。『野営地設置』」
岩陰に飛び込み、テントを建てる。LPがじわじわと回復を始めるなか、洞窟の奥で大きな音が断続的に響き、やがて静かになった。
「こんなふうに赤眼と青眼を金眼で石化させた後、金眼の視力を奪い、更に自分は距離とってテントに隠れることでヘイトを減らすことで、頭同士が戦い始めます。で、金眼は魔眼の力がなくなった上に一対二で形勢不利なので倒れて……」
“あ”がテントから出て、岩陰から覗く。
そこでは首の至る所に咬み傷を受けた金眼が倒れ、石化から解けた青眼と赤眼が互いに争っていた。しかし、青眼の攻撃に対して物理耐性のある赤眼はほとんど傷を受けず、逆に圧倒する。
最後に残ったのは赤眼である。
「こんなふうに赤眼が残りますが、まあ三分の二以上自滅してくれたので。あとはアーツ系で倒すことになります」
支援物資サバイバーパックの中にはクラスⅠナノマシンパウダーが少しと、初級アーツのデータカートリッジも含まれている。“あ”はアーツの詠唱を始めながら、インベントリからアイテムを取り出して赤眼の側にばら撒く。
「“爆ぜる火”」
投げられたのは〈猛獣の森〉で拾い集めた木の実“爆ぜ栗”と、湖に引き摺り込んだオイリートードからドロップした“油大蛙の粘着油”のふたつ。それに“あ”の指先でパッと広がった小さな火が引火し、勢いよく燃え上がる。
アイテムを利用した火属性攻撃の増幅。それは今の“あ”では出せないほどの破壊力を生み出し、風前の灯となっていたラピスのHPを吹き飛ばす。
「ぐへぁっ!」
射程もほとんどないに等しい至近距離からの着火である。“あ”自身も無事では済まない。むしろテントでLPを回復させてなお、アーツの発動で消費した分を合わせてギリギリの戦いだ。
自分自身も巻き込んだ自爆攻撃。急激にLPが減少するなか、わずかにラピスの死亡判定の方が早い。
「よし、おk」
言い切る前に“あ”が行動不能となる。そうして彼は初めての死に戻りを経験し、第一の都市である地上前衛拠点シード01-スサノオのアップデートセンターへと意識を送られた。
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Tips
◇爆ぜ栗
〈猛獣の森〉をはじめ、多くの森で手に入る栗に似た植物。鋭利な棘のある外皮に覆われている。可燃性が高く、火が付くと一瞬で猛烈に弾け、周囲に針を飛ばす。
“爆ぜ栗は扱いの難しい植物ですが、丁寧に皮を取れば美味しい可食部が手に入ります。栗きんとんや栗羊羹、栗餡蜜などの甘いお菓子に使うととても美味しいです。”――管理者ウェイド
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