第30章【龍王の酔宴】
第1382話「素早い討伐」
「はい、用意スタート」
キャラクリエイトを完了させる。初期機体はタイプ-ライカンスロープのモデル-ラビット。支援アイテムは“サバイバーパック”を選択することで、初期リスポーン地点が第二域のランダムなフィールドになる。
開拓司令船アマテラスのリングから射出されたタイミングでタイマーは時を刻み始める。
「フロンティアプラネットオンライン、略してFPOのリアルタイムアタック。まあ、厳密に言えば
プレイヤーネームは入力時間を考慮して“あ”にした。彼は轟音を上げながら断熱圧縮で赤熱するポッドの中に収まり、言い慣れた最初の挨拶を口にする。彼の側頭部あたりには第三者視点からプレイを記録するカメラドローンが随伴している。これは実況プレイを行うプレイヤーのために用意された初期装備だった。
“あ”の視界の隅に⚫︎RECという赤字が表示されている。カメラドローンの映像がソフトウェアを介してネット上の配信サイトにアップロードされている。
「えー、まず早速お祈りポイントですね。砂漠のランダム墜落ポイントは〈猛獣の森〉〈彩鳥の密林〉〈岩蜥蜴の荒野〉〈牧牛の山麓〉の四つからランダムに選ばれるんですが……。よし! 無事に〈猛獣の森〉を引けましたね」
ポッドは同時期に入植する他の調査開拓員を乗せた一団から離れ、鬱蒼と茂った森の中へと落ちていく。通称“砂漠”と呼ばれる支援物資、サバイバーパックを選択することで、調査開拓員は最初の町〈スサノオ〉から離れたフィールドへと不時着してしまうのだ。
サービス開始初期は意気揚々と星に乗り込んだ数多の調査開拓員を阿鼻叫喚の地獄へと誘った罠のような支援物資だったが、今では有効な活用法が知られ、特に“あ”のようなリアルタイムアタックをしている者の定番となっていた。
「ちょっと前はトラパニ、トラフィックパニッシュというテクニックで恣意的にゲームの負荷を上げて、任意の地点に落下なんてこともできたんですけどね。もうそれも修正されて久しいですし、ここは祈るしかないです」
“あ”の解説がちょうど終わったタイミングで、ポッドは森の中へと不時着する。即座に飛び出したウサミミの青年は周囲を見渡して手近な木の棒を拾い集める。
「こういう物資集めも地味にタイムに影響してきますからね。とりあえず木を三十本程度。あとはキノコやら木の実やら集めつつ〈採集〉スキルも伸ばしていきます。あ、あと重要なのがジャンプですね」
彼は森の中にあるアイテムを拾い集めながら移動する。その動きは後ろに向かってピョンピョンと跳躍するという、一見するち奇妙なものだった。バックホップと呼ばれる行動で、〈跳躍〉スキルと〈歩行〉スキルのレベルを効率よく上げることができる。
実際、彼のログには順調に経験値が貯まる様子が記録されていた。
「この動きを開発したのは偉大なるゴッドサンマ兄貴です。あの人はウサミミチャートの第一人者ですからね。とりあえず、〈跳躍〉と〈歩行〉がレベル5になるまではアイテム集めつつピョンピョンしましょう」
奇妙な動きをしながらアイテムを拾い集める。およそ五分ほどが経過した頃には、彼の初期インベントリが満杯になってしまった。
「重量限界越えると速度が遅くなるのでそこまでは集めません。というか木の枝が40も集まりましたね。ラッキー。それじゃあ、焚き火起こして松明にして、ボスに挑みます」
サバイバーパックに収納されている携帯コンロを取り出し、フィールド上で火をつける。固形燃料から立ち上がる炎に、“あ”は拾い集めた木の枝を突き出した。
FPOは高性能なゲームエンジン、属性エンジン、物理エンジンなどを搭載しており、大抵の挙動は現実に即して行われる。乾いた木の枝を火に翳せば、当然その先端に燃え移るのだ。
“あ”は次々と木の枝に火をつけ、森の中へと放り込む。枯葉に燃え移り、周囲が煙たくなってくる。やがて熱気が肌を焼いて汗が滲み出したころ、ようやく彼は動き出した。
「さあ、クマー戦です」
森の奥の開けた場所は、その土地の支配者が君臨する場所だ。濃い煙が充満するそこに足を踏み入れると、どこからともなく木々を薙ぎ倒して巨大な熊が現れる。
“あ”が初めて武器を手にする。ベーシックスピア。言うまでもなく初期装備である。
「ハンマーチャートとスピアチャートで分かれるところですが、俺は槍派です。煙が充満してるとターゲットロックが掛からないので、こうして簡単に後ろに潜り込んで――『パワースラスト』ッ!」
『ガアアアッ!』
煙に乗じて熊の背後に回り込んだ青年が勢いよく尻を突き上げる。悶絶する声を上げる熊が反撃の剛腕を繰り出すが、すでにそこに人影はない。“あ”はクルリと前転して熊の股下をくぐり抜け、再び尻を突く。
「このようにパワースラストでケツを突っついてれば怯みが取れて回避が余裕です。LP残量が50%切ったら草食って回復しましょう」
木の枝と共に拾い集めていた薬草を生のまま飲み下しながら、彼はテンポよく槍を繰り出す。熊のダイナミックな攻撃は大振りすぎて、密着している“あ”には当たらないようだ。
「タイミングが合わなくなってきたら、石を目に投げます。『スロウ』!」
『パワースラスト』のディレイやLP残量に余裕がなくなったタイミングで、彼は石を投げる。至近距離から放たれたそれは熊の目を叩き、大きな悲鳴をあげさせる。
「コイツの弱点は目なんで。松明持ってきて焼き付けてもいいですよ」
怯んだ隙に体勢を立て直し、再び執拗に熊の臀部を刺突する。
ツンツン、回避。ツンツン、回避。パワースラスト、回避。そのリズムは手慣れたもので、彼がこれまで何度も繰り返してきたことを示す。
“あ”は全く被弾をしないまま、ついに〈猛獣の森〉のボスエネミー“剛腕のカイザー”を討ち取った。
『グァアアアアゥ……』
「よし、完了。それじゃあドロップ品を拾って、バックジャンプで〈水蛇の湖沼〉へ向かいましょう」
ゆっくりと崩れ落ちる巨熊。それが地面に横たわる前にドロップアイテムを回収した“あ”は、感慨もなく後ろに向かって細かく跳躍しながら次のフィールドへと移動するのだった。
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Tips
◇『スロウ』
〈投擲〉スキルレベル1のテクニック。手頃なサイズの投擲物を投げる。最も原始的な技であり、精度や威力はまだまだ成長の途上である。
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