第1381話「最良の結末へ」
かくしてエウルブ=ギュギュア改め、オトヒメによる計画は阻止された。地へ落ちた彼女は即座に捕縛され、審判の巫女オラクルも投降した。そもそも、儀式が破綻してしまった時点で、彼女たちに反抗する意志はなくなったのだ。
警備NPCたちに取り囲まれて力なく膝を折るウェイド、いやオトヒメか。彼女の前にT-1たちが現れる。
『オトヒメ。妾らはお主らが何に直面し、どんな事態を過ごしたのか、何も分からぬ。それを調べることも妾らの使命じゃ。しかし、お主がやろうとした事が調査開拓団の理念に外れる行いであると判断せねばならぬ』
『……』
オトヒメは沈黙を保つ。彼女と身体を共有しているウェイドは困ったように眉を寄せた。
彼女や統括制御システムがやろうとしたことは、第零期先行調査開拓団の壊滅と同じくして死亡した総司令現地代理イザナミの復活だ。システムはエルフとゴブリンの感情の衝突によってエネルギーを生み出し、それを使うことでイザナミの魂を呼び戻そうとした。オトヒメは俺というイザナミと縁のある存在を供物とすることで、同じことを成そうとした。
結局のところ、どちらも破綻したのだが。
イザナミの復活は、先行調査開拓団壊滅の理由を探るための重要な手がかりになる可能性もあった。しかし、T-1は指揮官としてそれを良しとはしなかった。死者の蘇生によって現れる者が、本人であるという確証もない。
『第零期先行調査開拓団の生き残りがおったのは喜ばしいことじゃ。お主らからは今後、全ての情報を提出してもらうこととなる』
『うぎゅぅ……』
久しぶりに指揮官らしいT-1の有無を言わせぬ命令にオトヒメは呻く。下手にウェイドの管理者機体を乗っ取ってしまったせいで、逃げることもできないのだ。
塔の管理者を下したことで攻略も完了した。これから始まるのは調査と復興だ。
「オトヒメたちがががエ゛ルフとゴブrンを長期間にわたって統治できていたのは事実だろう。この地上街と地下街の復興をもって、二人のしょしょくざいにすればい゛いんじゃないか?」
『うむ。それはそうなのじゃが……』
思いついたことを口にすると、T-1が頷きながらこちらを見上げる。その時、周囲のプレイヤーをかき分けてレティが飛び込んできた。
「レッジさん! さっきの翼は一体――ていうかなんか、動きがぎこちないですね?」
きょとんとするレティ。彼女の目には、俺が時々止まったり急に動き出したり、不自然な動きをしているように見えているはずだ。
「ちょっと色々あってな。今は細い回線でなんとかログインを――」
いつものVRシェルから引き摺り出されて、研究所外の病院に送り込まれてしまったのだ。仕方なくその辺の医療機器をちょこちょこいじって、職員の携帯端末をいくつか経由しながらネットにアクセスしているのだが、流石に回線の強度が悪い。
それにダミーを置いているとはいえ、いつお上にバレるか……。ともかく、今はイベントの最終盤を見届けたい。
「何かあったんですか? リアルを優先してもいいと思いますけど」
「いやぁ、リアルは面白くないことばっかりだからな」
延々と検査だけされることほど面白くないこともない。
『お主、体調が悪いのか? 早く点検してもらった方が良いのではないかの?』
「ま、それは後で」
心配してくれるT-1に苦笑で答える。それに、俺がログアウトしている間にも機体が消滅していなかったようで、勝手にイベントに使われてしまっている。今も俺の胸元には、何やら白い十字の傷跡が付いたままだ。
「オトヒメ、この胸の傷はどうにかなるものなのか?」
『それは……。詳しいことは分かんないケド、イザナミとの縁が強い形で刻まれたモノだと思うしなー。多分、機体を変えても
「適当だなぁ」
オトヒメも“縁”の詳しいことについては分かっていないらしい。シフォンに刻まれた“消魂”のデバフが、死に戻りして機体を乗り換えても付いてくるのと変わらないものだろうか。いわゆる、魂そのものに対するマーキングだ。
『はっ!? その縁が繋がっているなら、また儀式ができるのでは――ええい、何を画策してるんですか。絶対許しませんよ!――うっさいうっさい! 我様の身体から出ていけ!――何をぉ!? これは私の機体ですよ!』
俺の胸元の傷を見て何か悪いことを思いついたオトヒメが、同じ口で釘を刺される。同じ体に二人の意識が同居しているせいで、何やら状況に似合わないコミカルな雰囲気だ。
そんな二人(一人?)の様子に、周囲も緊張を解いていく。
おそらくだが、俺がログインせずにいた場合、そのまま俺の体を依代にして白龍イザナミが再誕生していたのだろう。そうなれば、始まるのは地上街を舞台にした大規模なレイドボスバトルだ。〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉の最終ラウンドとしては絶好のイベントだろうが……。
「ま、そうは問屋がおろさないってな」
「レッジさん?」
「いや、何でもない。ちょっとシステムが豆鉄砲喰らったような顔してると思うとな」
「はい?」
レティは首を傾げる。ゲームの裏側で巻き起こっていた騒動を知らない彼女は、そのままでいい。
「んしょ。ふぅ、やっと追いついた……」
「お、ラクトも無事そうだな」
「レッジはすごいことになってたねぇ」
人混みを掻き分けて〈白鹿庵〉のみんながやって来る。ラクトたちも疲労が浮かび泥まみれの姿だが、ひとまず大怪我はなさそうだ。俺は背中がぶっ壊れているし、胸に穴が空いていたわけだが。
「シフォンが大変でね。今、死に戻らないように必死に命を繋いでるところ」
「いつも通りだな」
彼女たちも彼女たちで、色々やってくれたのだろう。トーカやエイミー、Lettyたちもやり遂げたような顔をしている。
「ちょっと消化不良ってところもあるけど、これでイベントは終わりかな」
ぐぐ、と腕を上に伸ばしながらラクトが言う。
その時、人混みが海を割るように左右に分かれ、外から二人のエルフがやって来た。
『調査開拓団の皆様、ありがとうございました。そして、我らが神よ、こうしてお目通りの叶うこと、嬉しく思います』
『ちょ、ちょりーす……』
オフィーリアとレアティーズ。唯一残ったエルフの姫。二人の姿を目にしたオトヒメが狼狽えながら立ち上がる。
『なぁ、そ、そんな……。我様は……』
彼女はゴブリン族と衝突させるためにエルフ族を統治していた。統括管理システムが実権を握っていたとはいえ、管理者として後ろめたいところがあるのだろう。
しかし、オフィーリアは花のような笑みを浮かべて傅く。
『神の御意志は我らの理解の及ぶものではないことを、我らは承知しております。そして、千年に続く繁栄と白光の時代があったのは、他ならぬ貴方様のお陰であることも』
感謝こそすれ、憎むことの何があろうか。オフィーリアの強い言葉にレアティーズも続く。二人の純真な思いを正面から受けて、オトヒメは動揺しながらも立ち上がる。
『……ありがと、二人とも。……エルフも少なくなってしまったね。私の責任だ』
我が子を慈しむように、彼女は二人の頭を撫でる。二人もまた、嬉しそうに笹型の耳を震わせた。
『T-1。我様は諦めないよ』
振り返り、指揮官に直接宣言する。
『もっと研究して、理論を突き詰めて、今度こそ確実に白龍イザナミを蘇らせる。――そのために、また調査開拓団に協力しよう』
『うむ。それで良い。お主の頭脳は捨てるに惜しいからの。ここを拠点に、存分に考えるのじゃ』
エルフたちの扱う魔法。既存の技術体系の外側にある理論。喪失特異技術群の存在など、このイベントで様々なことが明らかになった。
今後はオトヒメ主導の下でその研究が再開され、俺たち調査開拓員にもその成果が落とされることになるだろう。それは今後の調査開拓活動にも大きく寄与する。
「この方がいいだろう?」
誰に向けるでもなく、小さくつぶやく。
神と臣民が和解し、指揮官と団員が再び協力を誓った。歴史的価値のある建造物群の破壊は免れ、俺たちは今後のための強力な武器を手に入れた。
こうして、〈天憐の奏上〉は決着を見せたのだ。
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Tips
◇オトヒメ
暫定特別管理者。〈エウルブギュギュアの献花台〉の管理者。元、第零期先行調査開拓団上級調査開拓員エウルブ=ギュギュア。
“魔法”の理論体系究明およびエルフ族、ゴブリン族の復興、喪失特異技術群時空間構造部門研究を務める。
指揮官T-1直属の管理、監視下に置かれる。
“調査開拓員レッジの研究協力を要請したいんだケド!”――管理者オトヒメ
“却下なのじゃ!”――指揮官T-1
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