第1375話「かえりみぬ心」
レティたちが地下街で50段ピラミッドの阻止に励み、地上街で管理者たちが調査開拓員と共に防衛戦を繰り広げている最中。〈エウルブギュギュアの献花台〉第六階層では、レッジとウェイドがレティの姿を借りたプロトタイプ-ゼロを撃破し、第五階層へ戻るための道筋を探していた。しかし――。
「ええい、全然見つからん!」
『ここは独立した階層なのでしょう。第五階層以下への通信系統だけが存在し、物理的な通用口はないのかもしれません』
「そりゃあ愉快な話だな、全く」
全く見つかる気配のない通用口に、俺はおもわず頭を掻きむしる。先ほどからずっと、システムからの攻撃も続いているのだ。それを制御しながら動くのもいい加減疲れてきた。
ウェイドとは有線ケーブルで物理的に繋がっているから、二人で手分けして探すわけにもいかない。
そもそも、水槽の中のクラゲことエウルブ=ギュギュアはプロトタイプ-ゼロのレティを倒せばいいと言っていたはずなのだが……。
「そうか、レティか!」
『何か思いつきましたか?』
遅まきながら、エウルブ=ギュギュアが何を言わんとしていたのかを理解した。
この塔の統括管理システムはプロトタイプ-ゼロを使って俺たちを襲ってきた。つまり、プロトタイプ-ゼロを使えば管理者権限を奪取できる算段がついていたということだ。
「ウェイド」
『な、なんですか……?』
俺は、管理者と向き直る。
これから彼女に伝えるのは、非常に厳しいものだ。それでも今の俺にはこれくらいしか状況の打開策が見つからない。心苦しいが、決断してもらわなければならない。
「すまないが、死んでくれ」
『……は?』
ウェイドの肩を抱きしめ、うなじに刺さったケーブルを引き抜く。彼女との通信が途絶する。青い瞳が大きく見開き、こちらを見ていた。
スタンドアロン状態のウェイドには、本体である〈クサナギ〉の卓越した演算能力はない。管理者機体に内蔵された電脳だけでは、統括管理システムの猛攻は防げない。それでも彼女は自動的に全てのリソースを防御に注ぎ込み、体も動かなくなった。
俺は固まったウェイドの体を抱えて走る。向かう先にいるのは――。
「エウルブ=ギュギュア! 新しい体だ!」
投げる。何よりも頑丈な管理者機体は、分厚い水槽の強化アクリル板も貫通する。
元より水槽の内側からは内容液の猛烈な水圧がかかっているのだ。少しの亀裂さえ走れば、あとはなし崩し的に構造が崩壊する。
「うぼおあっ!?」
押し寄せるねっとりとした薄緑色の水に襲われ、俺は勢いよく流される。前後左右も分からないほどに揉みくちゃにされながら、グルグルと回る視界の端でクラゲの触手が伸びるのを見た。
ウェイドがシステムの猛攻を凌げる時間はわずか数秒。だが、それだけの時間があれば十分だろう。
『――――――ッ!!!!』
甲高い音。ウェイドの喉を震わせるのは何者か。
彼女の背後で、幻想的なクラゲの体が崩壊していく。
「ウェイドの身体がシステムに奪われるくらいなら――先に奪わせればいい」
普通こんな攻略法は考えつかないぞ、全く。
シナリオ生成AIはいったい何を考えているのか。
酷使しすぎた脳ではまともに思考も回らない。あとは彼女がなんとかしてくれることだろう。
俺は薄れゆく意識の中、銀髪の少女がこちらに手を伸ばすのを見ていた。
━━━━━
「やばあああああああいですよ! もう48段目です!」
第五階層地下街。レティたちの猛攻を受けてなお、プロトタイプ-ゼロたちは着々とピラミッドを完成に近付けていた。残り2段となったピラミッドは巨大で、もはや最下層にかかる負担は予想もできない。それでも彼らは苦悶の声すら漏らさずに四つん這いで耐え続けていた。
「レティ、悲鳴上げてないで手ぇ動かして!」
「動かしてますよ! 全然追いついてないだけで!」
四方八方から頂点を目指してよじ登ってくるプロトタイプ-ゼロたちは、レティの破壊力をもってしても崩せない。あまりにも圧力が高すぎた。そんな同志を守るように、あちこちからビームの支援砲撃も行われている。それも彼女たちが思うように動けない原因のひとつだった。
「……しかたない。レティ、ちょっとここよろしく!」
「シフォン!? ど、何処へ――」
ピラミッドの中腹で戦っていたシフォンが、何か覚悟を決めた顔で駆け降りていく。レティたちが驚いてその背中に手を伸ばすが、制止している暇もない。次から次へと新たな敵が現れるのだ。
「シフォンは何を……」
「まさか、あの子!」
エイミーが何かに気付く。その頃には、狐耳を載せた白髪はピラミッドの最下層まで転がり落ちるように降りていた。
彼女は両手にアーツの武器を握り、堅固に組み上げられたピラミッドの中へと身体を捩じ込んでいく。
「シフォン!?」
レティたちが驚くなか、彼女は瞬く間に姿を消してしまった。プロトタイプ-ゼロが密接に身体を組み合って作られた迷宮の中に。彼女が何をしているのかレティには分からない。
「レティ、衝撃に備えなさい」
「一体何が起きるんですか!?」
「いいから!」
エイミーの言葉で、レティは身構える。
その時だった。
「は、は……はえんっ」
小さな声が聞こえた気がした。
直後。爆発がピラミッドの中心で巻き起こる。ただの爆発ではない。カルマ値の急激な増大を引き起こす“消魂”による、呪いを含んだ爆発だ。その炎は黒く禍々しく、怨嗟を拡散する。
シフォンはそれを抑えるため常に一定の間隔で稲荷寿司を食べてカルマ値を一定に保っていた。カルマ値管理は非常にシビアで、少しでも均衡が崩れると“消魂”のデバフによって機体が爆発四散する。
それ故、彼女の姿を模倣したプロトタイプ-ゼロは前線に上がってくることさえできなかったほどに。
シフォンの爆発。その爆風を浴びたプロトタイプ-ゼロのカルマ値も急激に上昇する。それはつまり――。
「ひえええええっ!?」
「全員退避! 巻き込まれるぞ!」
ピラミッドを構成する全プロトタイプ-ゼロの連鎖爆発へと繋がる。
組体操の技完成による大規模な空間消滅と、カルマ値の大幅な増加を伴う大爆発。どちらの方が影響が少ないかと問われれば、有識者の間でも意見が割れ百家争鳴の激論が繰り広げられることだろう。
しかしシフォンは後者を選んだ。そちらの方がまだマシであろうという判断を下したのだ。
「し、シフォンーーーー!」
レティが叫ぶ。それに応える声はない。
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『ぬおおおっ!? な、なんじゃ下の方から衝撃が!』
「地下街で完成間近だったピラミッドが大爆発を起こして崩壊したようです。現場では急速なカルマ値の上昇が確認されています。しばらくは立ち入り禁止となりそうですが……」
『い、一体なにがあったのじゃ』
一人の犠牲によって巻き起こった爆発は地上街にも衝撃を伝えた。大きく揺れた大地にT-1が戦々恐々とするが、こちらも悠長にしている余裕はない。
「T-1さん、もう第四防衛ラインまで突破されてます!」
『ぬ、ぬぅう』
生太刀の限定的使用による支援を受けてなお、敵の圧力は高まるばかり。いくつもの塹壕が放棄され、調査開拓団はじりじりと撤退を余儀なくされていた。
このままでは管理者たちの身が危ぶまれる。調査開拓員たちは指揮官に最後の決断を求めていた。
「せいや、ほーーーうっ!」
「待てお前ら、自爆特攻はやめろといっているだろうが!」
覚悟を決めた調査開拓員が回路に細工を施したBBバッテリー爆弾を抱えて捨て身の突撃を敢行する。数十のプロトタイプ-ゼロを巻き込んだ爆発だが、数秒後には後続が押し寄せてくる。
「今ならまだ、管理者だけなら脱出できるかもしれません。早く飛行機に!」
要塞内部に整備された滑走路では〈ダマスカス組合〉の飛行機がエンジンを暖めて待っている。だが、T-1はそれに乗り込む決断を下せずにいた。
『制空権の取れていない状況ではビームで撃墜される恐れもある。そもそも、空へ逃げたところで何処へ降りるのじゃ』
「しかし……!」
T-1の頭脳が高速で様々なシミュレーションを行う。だが、そのどれもが30分以内での壊滅を高い可能性で示していた。
何か、この戦況を根本から覆すようなものがなければ。もしくは、生太刀のオーバーライドによる爆発を恣意的に発生させ、機体もろとも消滅させるべきか。
T-1が決断を迫られる。
その時。
『――全調査開拓員に告ぐ。即時行動を停止し、武装を解除せよ』
響き渡る厳かな声。
それを聞いたT-1たちは驚愕する。
『こ、この声は――』
『ウェイド!?』
塔の隅々にまで広がった声は、行方不明の管理者のものだった。
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Tips
◇カルマ爆発
カルマ値の急激な上昇によって引き起こされる爆発。周囲に物理的に甚大な被害をもたらすと同時に、呪術的汚染も拡散する。土地そのものにカルマ値上昇効果が付与されるため、除去作業を完了させなければ様々な悪影響が発生する。
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