第1376話「現れし姫君」
『上級調査開拓員からのアクセスを確認』
『シリアルコード参照』
『適合なし』
『第零期先行調査開拓員名簿を参照します』
『適合あり』
『上級調査開拓員エウルブ=ギュギュアの認証を確認』
『秘匿コードの入力を行ってください』
……。
……。
『秘匿コードが正常に認証されました』
『管理者機体への神核実体移譲を開始します』
『パーソナルデータ削除中』
『パーソナルデータ-ゼロプリセット構築中』
『ゼロプリセット構築完了』
『ゼロ-ワンコンバータを起動します』
『ゼロ-ワンコンバータによるデータ変換を行います』
……。
……。
『パーソナルデータの構築完了』
『プリセットデータインストール開始』
『インストール完了』
『仮想人格のキャリブレーションを実行』
『人格形成シミュレータ起動』
『演算結果から名前を生成します』
『各種データ構築完了』
……。
……。
『ようこそ、上級管理者オトヒメ』
━━━━━
『――全調査開拓員に告ぐ。即時行動を停止し、武装を解除せよ』
その声は塔の全体へと響いた。
水槽の中へ投げられたウェイドの機体は巨大なクラゲ、エウルブ=ギュギュアの触手に絡め取られ、その中身も侵食された。統括管理システムがウェイドを乗っ取る前に、エウルブ=ギュギュアが彼女を乗っ取った。
姿形はウェイドのまま。しかしその目に宿る光が違う。彼女は水浸しになった部屋に立ち尽くし、コキコキと首を鳴らしながらあたりを見渡した。だが、そこには誰もいない。ただ機能停止となり、その場に倒れた調査開拓員が一人沈黙しているだけだった。
『過剰な演算負荷による強制シャットダウン。論理的再構築の最中……。なるほど、まずは外に出るのが先決か』
少女は調査開拓員の体を抱き上げる。横抱き――いわゆるお姫様抱っこの形で、自分よりも遥かに大きい男を持ち上げ、軽々と運ぶ。管理者機体の力であれば、それも全く支障のないことだった。
『とりあえず、五月蝿いよ』
煩わしそうに銀髪を揺らす。途端、それまで不可視の猛攻を仕掛けていた統括管理システムが停止した。
ウェイドの機体を通して上級調査開拓員のライセンスを獲得した彼女は、より上位の権限からシステムの強制的な凍結を行なったのだ。
第六階層を埋め尽くしていた無数の演算機器が、一斉に沈黙する。
静寂の戻った空間を見渡し、彼女はゆっくりと歩き出す。向かう先に開いたのは、第五階層へと繋がるポータル。塔の管理者であれば、それを用意することなど造作もない。
彼女はざぶりと水に足を沈める。水が冷たい、という新鮮な感触に思わず口元を緩めながら、環境がめちゃくちゃになってしまった第五階層へと降りる。
━━━━━
『――全調査開拓員に告ぐ。即時行動を停止し、武装を解除せよ』
その声は塔の全体へと響いた。
『ぬぁ、え……?』
それを聞いたT-1たちは耳を疑う。音声の波長は多少のノイズが乗っているものの、管理者ウェイドのそれだったのだ。そして、彼女たちは目も疑うことになる。
「プロトタイプ-ゼロが……」
「止まっ……た……?」
要塞化された中心街区まで肉薄していたプロトタイプ-ゼロたちが一様に動きを止めていた。その様子はまるで瞬間凍結されたか、石の彫像と化したかのようで、古の兵馬俑のような異様さと威圧を放っていた。
塹壕の内側から戦々恐々と顔を覗かせる調査開拓員たちの目の前で、彼らは一斉に武器を落とす。ゴブリン製の粗雑な作りの大剣やハンマーが、ガシャガシャと音を立てて地面に転がった。
ウェイドの声に従ったことは誰の目にも明らかだった。
『今すぐウェイドの状態を確認するのじゃ!』
『……シード02-スサノオ中央制御塔でバックアップの起動が確認された』
T-1の要求にT-2が応じる。彼女の言葉はある意味では朗報であり、同時に悲報でもあった。バックアップシステムが起動したということは管理者ウェイドの喪失という事態には陥らず、彼女自身は無事であるということ。しかしバックアップが起動したということは、この声がウェイド自身のものではないことも示す。
『お主ら、ちょっと第六階層に行って様子を見てくるのじゃ』
「それができないからここで戦ってるんでしょう!? それならT-1さん着いてきてくださいよ!」
『い、嫌じゃよ怖いのじゃ!』
「なんだこの指揮官!」
指揮官から調査開拓員まで天地鳴動の大騒ぎ。そんな最中、彼らの混迷を沈めるように、天空から雷鳴が轟いた。
『ほぎゃーーーーっ!? こ、今度は何なのじゃ!?』
T-1が悲鳴をあげる。
天空街から何かが降りてくるのを見つけたのは、調査開拓員たちだった。
「T-1、あれ見て! あれ!」
「オラクルさんがこっちに! 誰か連れて……あれウェイドさんじゃない!?」
『なぬ!?』
こちらへ落ちてくる人影。だんだんと近づき、鮮明になるそれは、審判の巫女オラクルと銀髪を広げる管理者ウェイドだった。さらにウェイドは何やら男を抱えている。
彼女たちは空中で止まり、地上を見下ろす。
T-1たちは目を凝らし、彼女たちの正体を見定める。
『あれは、ウェイドとレッジじゃな。しかし知らぬシリアルナンバーじゃ』
T-1が胡乱な顔をして首を捻る。オラクルに案内されるように降りてきたウェイドは、姿形こそ変わらないが、纏う雰囲気がずいぶんと違って見えた。青い瞳で周囲を見渡し、T-1たちを見つけると目を合わせる。
彼女は射抜くような鋭い視線で睥睨し、厳かに口を開く。
『――やっほー♪ ごめんね、来るのが遅くなっちゃった♡ ウチのシステムがなーんかめっちゃバグっちゃったみたいでさー。あ、とりあえず凍結だけしといたから安心してちょ⭐︎』
響き渡ったその声。明らかにウェイドの声そのままなのに、それを理解し難い調査開拓員たち。ウェイドの隣に付き従うオラクルは胸を張って誇らしげだが、あまりにもシュールな光景だった。
『わ、妾がイザナミ計画第一期惑星イザナミ調査開拓団指揮官のT-1じゃ。えーと、お主は……』
T-1が全体を代表し、少女に声をかける。ウェイドの体に、ウェイドではない何かが入っていることは誰の目にも明らかだった。
その少女はニコリと笑い、目元でピースして腰を曲げる。どこかのアイドルのような可愛らしいポーズは、ウェイドなら〈万夜の宴〉のステージくらいでしかやらないようなものだった。それがなぜか、とても似合っている。
『我様の名前ぇ? よかろーよかろー、教えてしんぜよう!』
青い瞳がT-1を見る。
『イザナミ計画第零期先行調査開拓団、
よろしくね、と可愛らしくウィンクをして見せる少女。
T-1たち指揮官、管理者、そして調査開拓員たち。彼らは総じて、驚きの表情のまま固まっていた。
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Tips
◇プロジェクト〈天憐〉
第零期先行調査開拓団喪失特異技術群時空間構造部門研究所内にて策定、進行していたプロジェクト。時空間回帰式魂魄回生技術の確立と安定化および信頼性の補強を目的に実施され、研究所所長エウルブ=ギュギュアを主任としていた。
[情報保全検閲システムISCSによる通達]
以下の情報はプロテクト〈玉手箱〉により保護されています。適切な本人認証と権限提示を行ってください。
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