第1373話「最終兵器少女」

『のわああああっ!? なんっじゃあのビームは!?』


 〈ダマスカス組合〉の職人達によって即席の要塞化が施された地上街の中心で、指揮官T-1の悲鳴が響いた。

 地下街から突如湧き出したプロトタイプ-ゼロの軍勢は勢いを増して地上街まで進出し、管理者たちの機体を付け狙っていた。間の悪いことに地上街にはウェイド以外の管理者と指揮官が集まっており、調査開拓団の急所を大きく晒す形となっている。機体を投棄して緊急避難することも考えられたが、プロトタイプ-ゼロの製造手段も不明な今、機体だけといえど管理者を敵の手に渡すわけにはいかないと指揮官レベルで判断されたのだ。

 そして地上街にて徹底抗戦の用意を整えたT-1たちが襲われたのが、謎の呪術的組体操から繰り出される極太の滅殺ビームであった。


「現在調査中ですので、T-1さんは奥に引っ込んでてください!」

「ほーら、お稲荷さんがありますよー」


 ぎょえー、ぴえー、と悲鳴をあげるT-1は、正直なところ前線で盾を構える重装盾兵や急いで防壁を修復する戦場建築士たちにとって邪魔だった。大人しく後方に下がって、どんと構えていて欲しい。

 気の利く調査開拓団員が稲荷寿司で指揮官をおびき寄せている間に、彼らは戦線を修復しつつ情報の分析を開始する。


「物理、機術、呪術的装甲が三層纏めてぶっ飛ばされてます。ついでに周辺への被害拡散も確認されました」

「こりゃあまた厄介なビームだな。ワンチャンNULL堤防でなんとかならんか」

「あれとは物質消滅の発生機序が違うようですね。これは単純なゴリ押しです」

「こっちの技術レベルを超えてくるような出力出すんじゃねぇよまったく!」


 土埃が舞う前線で泥だらけのラップトップを叩くのは、歴戦の解析系調査開拓団員たちだ。お互いを首筋から伸びるケーブルで直結して、並列的に情報の共有と処理を行っている。

 〈大鷲の騎士団〉の第一戦闘班をはじめとした主力組が地下街に出張っている以上、ここを守れるのは彼ら在野の調査開拓員しかいなかった。


「おっさんは何してんだ?」

「特に反応はないな。〈白鹿庵〉は下で暴れてるらしいが」

「組体操の情報は下から上がってきてた。とりあえず三段ピラミッドは組ませるなとさ」

「何言ってんだお前」

「俺に言うなよ!」


 彼らは特定のバンドに所属しているわけではない。そもそも、お互いの名前すら知らない。おそらく聞けば「ああ、あいつね」程度には覚えがあるだろうが、ほとんどが直接対面するのは初めてである。

 それでも一定以上の技量を持つ解析者であれば言葉もいらない。ケーブルを繋げれば、あとは流れに身を任せるだけで様々な情報が入ってくる。


「地下に繋がってる連絡等は八方位十六個。それぞれに一応門番も置いてたが、物量で圧倒されてんな」

「罠師が山のように地雷を仕掛けまくってるし、流石に本丸まで来るのはちょっと時間がかかってくれないと困るぞ」


 地上街に築かれたのは要塞だけではない。その周囲には何重にもわたって深い塹壕が掘られ、いくつもの地雷が仕掛けられている。無駄に気合いが入った陣地構築が行われたのは、居合わせた調査開拓団員の中に筋金入りのミリオタバンドが居たからだ。


「突撃ィィィイイイ!」

「フォオオオオオオオオオッ!」


 そして彼らは現在進行形で捨て身の特攻をかましている。全身にありったけの爆弾を巻きつけての自爆攻撃である。それでまあまあの戦果を出しているのだから、分からないものであった。


「お、ビームはどうやら鏡面障壁で反らせるらしい。入射角の誤差8度以内だとさ」

「乱戦中にそんな精密動作できるかよって。どうせエイミーがやってただけだろ」


 常に主要な掲示板のスレッドも監視している彼らには、地下街地上街合わせて様々な情報が入ってくる。それを取捨選択しながら作戦立案に役立てるのが彼らの仕事だ。

 こう言う時にノイズになってくるのが〈白鹿庵〉を筆頭としたクソバカぶっ飛び廃人共である。1秒あたり240フレーム単位の超精密動作を要求してきたり、三百六十度視野拡張を前提とした対集団戦闘を要求してきたり、口述操作と思念操作の並列思考を要求してきたり、挙げ句の果てには“なんかいい感じに避ける”というあまりにもあんまりな曲芸を要求してきたり。つまるところ常人には到底実現不可能な技をテクニックと称して実行してみせるのだ。


「奴らがやってんのはデータ改竄してないだけのチートだから。相手にするだけ時間の無駄だよ」

「はーまったく、どんだけいいVRシェル使ってるんだか」


 仮想現実内でのパフォーマンスを突き詰めようとすれば、現実世界で体を預ける環境にもこだわる必要がある。無数のビームと銃弾が入り乱れる乱戦をはえんはえんと飛び回る白狐が、ただのベッドに横たわって廉価なVRヘッドセットと型落ちのノートPCだけでプレイしていると知ったら、彼らは一周回って吐き気を催すことだろう。


「東、第二戦線突破されましたー」

「弾幕薄いよ! 何やってんの!」

「こりゃあ敵さんとハイタッチするまで時間がなさそうだな」


 プロトタイプ-ゼロの猛攻は予想を遥かに超えていた。地雷原もものともせず、味方の死体を乗り越えて迫る彼らは、もはや狂気に取り憑かれた獣のようですらある。

 じわじわと八方向全てから敵が迫り、調査開拓員側は後退を余儀なくされている。そもそも物資や人員も前線となっている地下街と比べて大きく見劣りするのだ。これでは負け戦という認めたくない言葉が脳裏にチラついてしまうのも仕方ない。


『オウオウ、賑やかにやってんなァ。こりァ!』

「うぉっ!? アマツマラさん、こんなとこまで来て、危ないっすよ!」


 塹壕で敵の迫る振動をBGMにラップトップを叩いていた彼らの背後から、状況に似つかわしくない陽気な声がする。驚いて振り返った彼らが見たのは、銀に輝く大太刀を肩に担いだアマツマラ――シード01-アマツマラの管理者だった。

 護衛対象がこんなところまで出てくるな、という言葉をオブラートに包んで話す調査開拓員を、アマツマラは鮮やかな赤髪を紐で纏めながら一蹴する。


「こう言う時に動かなくて、何が管理者だって話だろ。なァに、ちョっくらチョッカイかけて来るだけさ」

「ま、待って待って! 何しようとしてるんすか! ダメですよ。ここから先立ち入り禁止! OK?」

『Sorry,I don’t speak English 』

「嘘つけ!」


 絶叫する調査開拓員の頭上を、少女はぴょこんと軽やかに飛び越える。前線で盾を構えていた重装盾兵たちが兜の奥から飛び出るほどに目を丸くする。


『はっはァ! どこからでもかかって来いよォ! アタシの機体カラダが欲しいならくれてやる。――ただしアタシに勝てたらなァ!』


 アマツマラが鞘から引き抜いたのは、眩く輝く大太刀。管理者専用兵装と呼ばれる調査開拓団の最終兵器。その名も“生太刀”。

 それを手にした管理者は、平時の戦闘禁止制限から取り払われ――。


『どっせーーーーーいっ!』


 迫り来る万の軍勢を薙ぎ払うほどの力を発揮する。


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Tips

◇情報解析用携帯端末

 フィールド上での使用が想定された解析用端末。様々な劣悪環境下での酷使に耐える頑丈な作りで、フィールドワーカーから強い支持を得ている。


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