第1372話「決死の護衛」

「みなさーん、こんにちワルキューレ! ワルキューレ姉妹の長女、テファですわぁ〜」

「こんにちワルキューレ。次女のレスタだよ」

「こんにちワルキューレ! 三女のノルンよ」


 ふわふわと浮かぶボール型の浮遊カメラに向かってにこやかに手を振る三人の女性たち。配信者グループ〈ワルキューレ姉妹〉である。

 長女のテファは赤髪のヒューマノイドで、手に大剣を携えている。次女レスタは緑髪のフェアリー。相棒のフォレストウルフ、フェンちゃんが足元でお座りしている。三女ノルンは青髪の猫型ライカンスロープで、手には黄金色の片手用ハンマーを握っている。

 彼女たちは各々のイメージカラーに合わせたドレスメイルを身にまとい、臨戦体勢を整えた状態で配信を開始していた。


◇リスナーあんのうん

こんわる〜


◇リスナーあんのうん

こんわる〜


◇リスナーあんのうん

こんにちワルキューレ


◇リスナーあんのうん

三姉妹揃って配信って久しぶりだね


◇リスナーあんのうん

それぞれ勝手に配信してたもんなぁ

レスタちゃんのフェンちゃんスパーリング耐久配信ずっと見てたわ


◇リスナーあんのうん

毎日40時間やってたやつか


◇リスナーあんのうん

時間壊れる


◇リスナーあんのうん

まあVRなら思考加速でそれくらいはあるから


 配信の開始前から待機していた熱心なリスナーたちがチャット欄の開放直後からコメントを書き込み始める。中には早速投げ銭を行う熱心なファンもいるようだ。

 テファたちは慣れた様子でそれらに返答しつつ、今回の配信の方針を打ち出していく。


「エインヘリアルの皆様はもうご存知かも知れませんが、今〈エウルブギュギュアの献花台〉の第五階層地下街では大変なことになっていますの。どうやら私たちの姿を真似た偽物がわらわら出てきているようでして、その方々はどうやら管理者様たちの機体を狙っているとか」

「前線は地下街だけど、どさくさに紛れて地上まで出てきてる奴もいるんだよね。だから今日はそいつらを倒して管理者を護衛するよ」

「地下街まで行くと配信どころじゃないですからねー。あっちはガチ勢に任せて、ゆるふわエンジョイ勢は楽しくやらせてもらいますよ」


◇リスナーあんのうん

地上街にまで上がってきてるのかよ


◇リスナーあんのうん

管理者襲われるって初めて知ったわ

俺も前線抜けてそっち行こうかなぁ


◇リスナーあんのうん

ゆるふわエンジョイ勢とは


◇リスナーあんのうん

40時間ぶっ続けでペット育成してたり、40時間ぶっ続けでカニ叩いたりしてる人がエンジョイ勢な訳ないだろ!!


◇リスナーあんのうん

本人は楽しんでるからエンジョイ勢

ゆるふわ? ちょっと良くわかりませんね


◇リスナーあんのうん

テファ姐さん、あいつらが組体操したらビームが出るから気をつけてね


「はい? 組体操? ビーム?」


 流れるコメントを読んでいたテファが、奇妙な文言に首を捻る。彼女たちもイベントに急展開があったと聞いて、おっとり刀でやって来たばかりである。情報収集もせずに配信枠を開いたため、プロトタイプ-ゼロに関する情報をほとんど持ち合わせていなかった。


◇リスナーあんのうん

あっ


◇リスナーあんのうん

これは下調べしてないやつだな


◇リスナーあんのうん

ほんとなんだって! プロトタイプが扇になったら極太ビームが周辺一帯を薙ぎ払うんだ。あとピラミッドが一番ヤバいから気をつけて!


「まーた私たちを騙そうとしていますわねぇ。そんなトンチキな事があり得るわけないですわ!」


◇リスナーあんのうん

信じてくれよ!


◇リスナーあんのうん

完全な狂人認定で草


◇リスナーあんのうん

この後が楽しみすぎるなぁ


 リスナーたちの訴えに1ミリも耳を貸さないテファ。日頃の行いがよく分かるというものだった。

 コメント欄の勢いが加速していくなか、テファたちは地上街の各所にある地下街との連絡塔に目を向ける。螺旋階段によって両者を繋げている建造物で、建築系バンドの手によってしっかりと整備がされている。

 そして、そこから頑丈な扉を蹴破って出てくるのが調査開拓員の姿をした敵、プロトタイプ-ゼロだ。


「来ましたわね! 『機装展開』、“咬み啜るドレス・オブ・血の装ダインスレヴ”ッ!」


 テファの纏うドレスが煌びやかな光を放ち、炎の意匠を施したドレスメイルへと変化知る。手に持つ大剣も禍々しく変わり、赤いエフェクトを放っていた。


「『機装展開』“鉄裂くドレス・オブ・必滅の装ティルヴィング”」

「『機装展開』“打ち砕くドレス・オブ・雷の装ニョルニル”」


 続けてレスタとノルンも装備に施されていた機構を解放する。彼女たちは一瞬にして、日曜朝に放送されている女児向けアニメのような可愛らしくも格好いい衣装を身にまとい、それぞれの武器を手にしていた。


「おほほほほっ! プロトタイプ-ゼロなんて大層なお名前ですが、要は試作品。正式採用型には敵いませんわよ!」


 テファが真紅の大剣を繰り出す。その超重量から放たれる一撃は重く、脆弱なプロトタイプ-ゼロの機体をあっさりと潰滅させた。


「フェンちゃん、ゴー!」

『グルァアアウッ!』


 レスタの指示を受けて狼が駆け出す。〈猛獣の森〉に生息するフォレストウルフは、原生生物の中ではかなり弱い部類に入る。しかし高レベルの〈調教〉スキルと、湯水のように注がれた大量の課金アイテム、そして数千時間の育成を受けたその牙は、最前線のフィールドでも通用するほどに鋭い。

 フォレストウルフがプロトタイプ-ゼロの足に噛みついて引きずり倒す。そこへレスタの槍が容赦なく突き込まれる。ふたりは息の合った連携で次々と敵を撃ち倒していく。


「はぁっ! 動きも鈍いわね!」


 そして、何よりもこの戦闘で活躍していたのがノルンだった。彼女の持つハンマーからは強力な電流が放出され、ヘッドで殴打した対象だけでなくその周囲の敵にまで感電させるのだ。対群戦闘において、彼女は比類なき強さを発揮する。その事実を知らしめるように、ノルンは軽やかにハンマーを振るい続けた。


「雑魚ばっかりですわねぇ。これでは手応えがありませんの!」

「フェンちゃん、ナイス。ジャーキーあげるね」

「もっと出て来てくれても良かったかもねぇ」


 三姉妹はプロトタイプ-ゼロの力量を見極め、余裕を持って対処できることを知ると、嬉々として攻勢に転じた。受け身なだけでは張り合いがなかった。


◇リスナーあんのうん

げぇっ!? 組体操始めてる!


◇リスナーあんのうん

テファさんにげて


◇リスナーあんのうん

というかフェンちゃんだけでも逃げさせて!


 コメントに不穏なメッセージが流れる。


「っ! フェンちゃん、ゴー!」


 いち早く危険を察知したのはテイマーのレスタだった。彼女にとって愛狼のフェンちゃんは唯一無二の存在である。原生生物である彼女は失えば取り返す事ができない。その事実から、レスタは咄嗟にフェンちゃんを明後日の方向へと走らせる。

 直後。


「ほぎゃーあーーーーーーーっ!?」


 極大のビームがワルキューレ三姉妹を掠める。テファの右腕が大剣諸共消し飛び、彼女自身もLPを大幅に削った。それでもなお一命を取り留めているのは、ひとえに彼女のステータスの高さゆえである。


「ま、まさか本当に!?」

「組体操でビームを出すなんて、どういうことなの」


◇リスナーあんのうん

だから言ったじゃん

だから言ったじゃん!!!


◇リスナーあんのうん

フェンちゃん尻尾こげてない?大丈夫?


◇リスナーあんのうん

テファ姉さん心配してやれよ


◇リスナーあんのうん

そっちはまあ大丈夫だろ


 リスナーたちの反応に、テファたちは謝罪をしかけて、その暇がないことに気づく。見れば、連絡塔から出てきたプロトタイプ-ゼロたちが一斉にサボテンを作り始めていた。


「まずいですの!」

「あれは――」


◇リスナーあんのうん

ビームがくるぞ!


「ビームだって。フェンちゃん、一旦離れてて!」


 放たれるビーム。四方八方に乱射され、地上街の白い街並みに蜂の巣のような穴が開く。


「ちょっとこれはマジでやべーですわよ!? ていうか後ろの町の方には――」


 テファが血相を変えて後ろを見る。連絡塔は町の各所に存在し、調査開拓員たちもそれぞれの前で構えていた。しかしビームのような強烈な攻撃が繰り出されれば、その防御も突破される可能性がある。

 その先にいるのは、管理者たちだ。


「管理者様方を死守するのですわー!」


 テファの絶叫が響き渡るまでもなく、地上街の調査開拓員たちにも緊張が走った。


━━━━━

Tips

◇『アニマルトーク』

 〈調教〉スキルレベル50のテクニック。手懐けた原生生物と心を通わせ、より的確な指示を送れるようになる。ペットとの親密度やテクニックの習熟度が高まることによって与えられる指示も複雑になる。


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