第1368話「粗製の機械人形」

 大穴を抜けた高速艇が、勢いよくバウンドしながら着陸する。レティのハンマーがハッチを吹き飛ばし、開いた穴から〈白鹿庵〉の面々が飛び出した。


「とうっ!」

「ちゃくっ!」

「さあ、どんどん斬りますよ!」

「はえんっ!?」


 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層地下街はすでに騒がしい声と剣戟に包まれていた。突発的に湧き出したプロトタイプ-ゼロに不意を突かれた形になったため、他種族傭兵や活動中のNPCの非難に手間取っているのだ。

 レティたちは息つく暇もなく駆け出し、重装盾兵たちのバリケードを飛び越えて戦線に参加する。


「ひゃあ、これはまたカオスなことになっていますね!」


 そこは調査開拓員同士が争う戦場だった。〈アマツマラ地下闘技場〉以外では同士討ちを認められていないはずの調査開拓員たちがお互いに戦っている。その光景はどちらか片方が偽物だと理解しているレティたちでさえ圧倒されるものだった。


「死ねゴルァ!」

「ぎゃああっ!? おま、俺だよ俺!」

「嘘をつくなぁ!」

「うぎゃああっ!?」


 より深刻な事態として、混戦を極めているところでは実際に同士討ちも発生している。ダメージこそ受けないものの、相応の衝撃はあるのだ。“型”も崩されるし、何よりテンポが乱れてしまう。

 連携によって強い力を発揮する調査開拓員が、その真価を出せていない状況だった。


『れれれ、レッジさーーーんっ!』

「ぐわーーーーっ!?」

「ぎゃあああああっ!?」

「団長!? 団長ナンデ!?」


 そして、混乱によって圧力の弱まったところに敵の猛攻が飛び込んでくる。戦線の一端を爆散させたのは、金髪に爽やかな笑みの青年だ。彼が振るう両手剣から強烈な斬撃が飛び、調査開拓員を吹き飛ばす。

 偽物であろうとその力は本物だった。


「あれがアストラさんの偽物ですね」

「どうやら、耐久性に難ありという話は本当のようです」


 騒ぎを遠くから見ていたレティたちは、冷静にそれを観察する。アストラの姿を模倣したプロトタイプ-ゼロは、たしかにオリジナルと同等の威力の攻撃を放っていた。しかし、剣を振るたびにその動きはぎこちないものになり、五回ほど敵を切ったところで片腕が肩口からもげた。

 調査開拓用機械人形に遥かに劣る性能しかないプロトタイプ-ゼロでは、彼の力は大きすぎたのだ。


『レッジ、さぁぁあああんっ!』


 最後には自分の力に振り回され、周囲のプロトタイプ-ゼロを巻き込んで爆発四散する。活動は長くても1分程度しか続かないようだった。


「それにしても、なんでレッジさんの名前を連呼してるんですか」

「せめてアイさんとか銀翼の団の皆さんでしょうに……」


 偽アストラは爆発したが、それで安心できない。

 わらわらと溢れ出すプロトタイプ-ゼロの群れのなかには、すでに複数のアストラがいるのだ。それだけではなく、〈黒長靴猫BBC〉のケット・Cや〈七人の賢者セブンスセージ〉のメルたち、他にも多くのトッププレイヤーたちの姿がある。中には当然、レティたちのものも。


「ぬぬぬっ、自分の姿が真似られるのは癇に障りますね」

「うぐっ」

「あ、別にLettyのことを悪く言ったわけじゃないですよ!」


 仲間を軽くフォローしつつ、レティはハンマーを構える。群れの中から飛び出して来たのは赤髪のタイプ-ライカンスロープ、偽レティである。


「せぇええい!」

『ぎゃあっ!』


 偽レティの動きは単純だ。何も考えず真っ直ぐに飛び込んできたそれをレティは容赦なく殴り飛ばす。自分と同じ姿をしてようが関係ない。情けも慈悲もない。

 ハンマー越しに伝わるのはあまりにも脆い感触だった。粗製といって良いほどの出来の悪さだ。


「そんなもので真似られることが、一番ムカつきますよ」


 自分の強さをこの程度だと思われているようで、それが納得ならなかった。

 だから怒りも込めて、より高みから叩きつけるのだ。鋼鉄のハンマーを。


『――『花椿』ッ!』

「おっと!?」


 レティが偽レティを叩き潰した直後、真紅の花弁が舞う。その殺気を感じ取ったレティが咄嗟に飛び退いた瞬間、鋭い一閃が空間を裂いた。


「もちろん、トーカもいますよね」


 人斬りの剣豪トーカの太刀筋は偽物であっても健在だ。しかし、その動きには意思がない。


「なるほど、これは確かにムカつきますね」


 剣を振り抜いた偽トーカの背後に、少女が立っていた。彼女が刀を鞘に納める。カチンと涼やかな音を合図に、偽トーカの首が落ちる。


「この刀、ずいぶんなナマクラですよ」

「こっちのハンマーだって酷いものですよ」


 それぞれの偽物を打ち倒しながら、二人はむしろ残念そうに言う。プロトタイプ-ゼロが携えている武器はゴブリン製の稚拙な作りだ。これでは真価を発揮することさえできない。

 こんなことも舐められているような気がして、二人の神経を逆撫でするのだった。


「とはいえ、この程度の敵なら安心だね。このまま何事もなければすぐに決着がつくんじゃない?」


 ラクトが敵の群れに氷柱を落としながら言う。プロトタイプ-ゼロの能力は脅威だが、あらゆる部分で本物には敵わない。数でこそ圧倒しているが、それでも体勢が整えば十分に撃退できる範囲だろう。

 これならばゴブリンの襲撃の方がよほど厳しかった。


「ラクト、それ……」

「そういうのフラグって言うんだよ」


 エイミーとLettyが同時に眉を寄せたその時。


「ぐわーーーーっ!?」

「な、なんだあれは!?」

「分からん、敵が突然組体操を始めたら極太のビームがあたりを薙ぎ払った!」


 プロトタイプ-ゼロたちが動き出す。


━━━━━

Tips

◇粗鉄の大剣

 低品質の鉄で作られた大型の大剣。非常に低い技術レベルであり、一応刃物として使えはするが、ほとんど鈍器のようなものである。

▶︎ゴブリン製武器

 テクニックの攻撃倍率に90%になる。

 武器の耐久値が削れやすい。


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