第1367話「溢れ出す傀儡」
レッジとウェイドが泉に沈み、第六階層へと辿り着いた頃。大聖堂に残されたレティたちは大騒ぎになっていた。レティたちがウェイドを護衛していた警備NPCによってぶっ飛ばされ、排除の対象とならなかったメンバーもレッジを追いかけようと泉に飛び込み死に戻った。作業中だった調査開拓員たちも中断を余儀なくされ、どこからか事件を嗅ぎつけた情報系バンドの記者たちが殺到し、直後に事態を察知したT-1の命令によって大聖堂は一時的に封鎖されたことで、ようやく自体は一応の落ち着きを見たのだった。
「うぅぅ。レッジさん、大丈夫ですかねぇ」
「さっきのインタビューじゃ軽く答えてたくせに」
〈エミシ〉の反省部屋から出てきたレティは、同じく隣の部屋から出てきたラクトにげっそりとした顔を見せる。30分の矯正プログラム受講は慣れているため問題ではないが、それよりも気掛かりなのはレッジとウェイドの行方である。
二人の安否も不明のまま、状況は沈黙を保ち続けているのだ。後を追いかける術もなく、鬱々とした時間を過ごさなければならない。
『せめて出所直後くらいは反省の色を見せてくれませんかねぇ』
呆れ顔で二人を見るのはエミシである。状況が状況だけにレティたちが再び暴走を始める可能性も考えられ、監督のためわざわざ戻ってきているのだ。
「エミシさんも心配でしょう?」
『それはそうですが、本件はT-1の指揮下で調査も続けられていますし、レッジさんたちが機能停止となったと決まったわけでもありませんから』
管理者としてはいちいち取り乱すわけにもいかない。もちろん調査開拓員と管理者が行方不明になるというのは重大な事案だが、担当しているのは指揮官たるT-1だ。エミシは自分が騒いでも調査開拓団の利益にはならないと判断していた。
しかし、それがレティの気に入らなかったようだ。
「ウェイドさんみたいなこと言いますね」
『親子みたいなものですからねぇ』
自分の出生の特殊さを省みながら、エミシは肩をすくめる。その時だった。緊急事態を知らせるアラートが管理者専用秘匿回路を通じて届く。エミシが驚いて顔を上げた直後、調査開拓員たちにも同じアラートが鳴り響いた。
「なっ、何が――」
『まずいですよ。レティさん、今すぐ第五階層の地下街へ!』
先んじて情報を把握したエミシがレティたちを宇宙港へ促す。遅れて、町に滞在している――否、活動中の全調査開拓員に向けてT-1の声が届いた。
『指揮官T-1より全調査開拓員へ通達するのじゃ! 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層地下街の泉より、大量の調査開拓用機械人形模倣個体が出現したのじゃ! 現時点よりこれらをプロトタイプ-ゼロと呼称。あわせて、その迅速な撃破を指示するのじゃ!』
イベント〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉の急変を告げる知らせだった。
戸惑いの表情を浮かべていたレティたちも即座に真剣な顔つきになり、猛然と走り出す。
「レティ、これはいったい?」
「トーカ! レッジさんが何かやったのかも知れません。まずは現地へ向かいましょう!」
トーカたちも合流し、〈白鹿庵〉の残存メンバーが動き出す。彼女たちは最高船速を誇る小型宇宙船を金の力で強引にレンタルし、各種安全点検を飛ばして急発進させる。燃料の補給が間に合わず片道分しかないが問題はなかった。
宇宙を駆け抜け大穴を目指す航路の途中でも、次々と情報は飛び込んでくる。レティたちは手分けをしてあらゆる情報の収集を行っていた。
『どうやら地下街で大規模レイド戦が勃発したようです。現地のメンバーによると、今度はゴブリンではなく調査開拓員が相手のようで』
情報源として頼りになったのは〈大鷲の騎士団〉のアイだった。彼女自身も副団長として忙しいだろうに、詳細に情報を送ってくれる。
定期的にゴブリンが生み出されていた地下街の泉から、突如として大量の調査開拓員が溢れ出した。それは手当たり次第に調査開拓員を攻撃しているという。さらに個々はさほど強くないこと、しかし数が多いため現在は押され気味であることなども。
『見分ける方法についてですが、プロトタイプ-ゼロは動きがぎこちないものになっています。あとは、血が赤いです』
「うへぇ」
アイのもたらした情報を聞いて、レティは思わず口をへの字に曲げる。画面の表示設定によってある程度のゴア表現の軽減はできるとはいえ、人型の敵から赤い血が流れるのはかなり生々しい。
だが、そんなことよりも重大な事実をアイは伝える。
『一番面倒なことになったのは、プロトタイプ-ゼロが塔内部で死んだ調査開拓員のデータをコピーしている疑惑があることです』
「というと?」
『レティさんたち〈白鹿庵〉を含め、大手攻略組の所属プレイヤーが模倣されているということです。当然、私や兄貴……アストラのものも』
「うわぁ」
今度こそレティは絶句する。
自分はともかく、アストラが模倣されているというのはあまり喜ばしい事実ではない。
「現場の偽アストラさんは……」
『元気に暴れ回っているようですよ。ある程度動いたら勝手に自壊するようですが、それでも次々と新しいものが出てくるので際限がありません』
「それは厄介ですね。レティたちももうすぐ現場に到着します。あとの詳しいことは、実際に確認しましょう」
『お待ちしてます』
大穴に突入する前に、レティたちは気を引き締める。
「なに、劣化した偽者なんでしょ」
「とはいえ数が多いと大変よ?」
「はえん」
余裕余裕、と笑みを浮かべるのは自らも模倣であると公言しているLetty。エイミーがそれを諫め、シフォンはすでに泣き顔だ。
すでに一度、機体を乗っ取られた彼女たちは、自分と戦うことの面倒さをよく知っている。
「シフォンはそんなに気にしなくていいと思うけど……」
ともかく、彼女たちは急いだ。
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Tips
◇刑罰・其の五十五〈平常心維持訓練〉
人工知能矯正室で実施される矯正プログラムのひとつ。狭い部屋の中で拘束され、刑務官NPCに一定時間罵詈雑言を浴びせられながら精密な動作を求める作業を行う。非常にストレスのかかる環境下で平常心を維持することが求められる。
“こんな簡単な作業もできないの〜? ざーこざーこ♡ 意志よわよわ♡ そんなんじゃいつまで経っても出られないよ〜?”――刑務官NPC
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