第1366話「粗雑な偽者」
『れれれ、レッジさァァァんっ! ぶっこここ、ワァす!』
言動の怪しいレティが勢いよく飛びかかってくる。彼女が携えているのは見覚えのないハンマー。調査開拓員が普段使っているような天叢雲剣製ではなさそうだ。歪な形状で、見るからに技術力が低い。むしろ何かの寄せ集めのような不安定さすら見える。
だが、その身体能力は高い。軽やかな跳躍で迫る彼女はハンマーを振り下ろす。
『ひょええええっ!?』
「ウェイドは後ろに下がれ! 俺が抑える!」
『ま、任せます!』
ウェイドを庇うように前に出て、レティ(?)のハンマーを槍で受け止める。
「っ!?」
火花が散り、押し負ける。やはり腕力では敵わないらしい。
だが同時に軽くも感じた。
『です、ですデス、デスとろろ、デストロイでーーーす!』
「やっぱりお前、レティじゃないな!」
ブンブンとハンマーを振り回す姿はレティのそれを模倣しているが、奴自身はレティではない。いや、むしろあれは。
『気を付けてください、レッジ! そいつは調査開拓員ではありません!』
「そのようだ。攻撃があまりにも軽い。見かけはよく似てるが、ただのガラクタだ」
管理者ならば一目で見抜けるのだろう。
目の前に現れた偽レティは調査開拓用機械人形の模造品とも言えないような、稚拙な造りのアンドロイドだった。
「ガワが整ってないのに、強引にレティの行動データでも入れたのか? もうガタが来てるじゃないか」
レティの圧倒的な身体能力やハイスピード戦闘は、それを支える機体性能に裏打ちされたものだ。調査開拓団が誇る機械人形の性能は、スキルシステムの導入とブルーブラッド循環システムの実装によって飛躍的に上昇したという。
それこそ、ウチのレティ(本物)は星すらかち割る力を持っている。対して目の前のレティ(偽物)は数度の打ち合いをこなしただけで関節部が歪んでしまっている。スキンも粗雑で、破れやすく、皺まで寄っている。下手に似通っているだけあって、逆にその異様さが浮き出ていた。
「ウェイド、こいつぶっ叩いてもいいか?」
『構いません。調査開拓団の財産を不当に模倣することは処罰の対象となりますので、思い切りやっちゃってください!』
「了解」
管理者のお墨付きを得た。エウルブ=ギュギュアもあれを倒せと言っている。
だったらやろうじゃないか。
『れれれっ!』
「はぁっ!」
飛び跳ねるように駆け寄ってきた偽レティに槍を突き込む。彼女は回避の動作を見せるが、あまりにも判断が遅い。穂先が肩を裂き、赤黒い血が吹き出した。
「うおっ!? この血、妙に生々しいぞ!?」
調査開拓員同士の戦いであれば、流れるのは青いブルーブラッドと呼ばれる液体だ。しかし、偽レティの体内を巡っているのはヘモグロビン系の赤だった。
身体構造はほとんど機械で構成されているというのに、血液は本物。その歪に思わず眉間に皺が寄る。
『とりあえず無力化を。できれば損傷なく倒してもらえると検証がしやすくていいのですが』
「ちょっと難しいかもしれん!」
『なら別にいいですから片付けてください!』
相手が強すぎて余裕がないというわけではない。むしろその逆だ。
「『ブラストスピア』ッ!」
槍を突き出す。先端が偽レティの胸元に輝く赤い炉心を貫いた。
あまりにも脆すぎるのだ。俺ごときの攻撃力でダメージが通ってしまう。いくらレティが攻撃特化の極振り構成とはいえ、これほどまでに柔らかいのは信じられない。
『きゅアりRiRiRi――ッ!』
勢いよく吹き飛んだ偽レティが周囲の機械を巻き込んで衝突する。それだけで四肢があらぬ方向に曲がり、沈黙した。
しばらく槍を構えて待っていたが、起き上がる兆しは見えない。俺とウェイドはそれが完全に機能停止したと判断し、慎重に近づく。
「これは一体何なんだ?」
『それを今から調べましょう』
前人未到の第六階層に現れたレティの偽者。その正体を暴くため、ウェイドが検分を始める。
「ウェイドが見て分かるのか?」
『今、〈鑑定〉スキルのレベルを1200に設定しました。ある程度のことは把握できるでしょう』
「せんにひゃく……」
相変わらず管理者というのは公式チートじみた存在だ。まあ、実際、基本スペックからして俺たちの上位に存在するのだから当然なのだが。というかレベル1200の〈鑑定〉スキルなら、ある程度どころか森羅万象を看破できそうなものだが。
『この機体、随分と粗製ですね。機械工学の初歩的なレベルも達成できていません。その割に部品の精度はナノメートル以上の非常に正確なもの……。技術レベルがかなりチグハグです』
「というと?」
『印象としては、高度な文明を有した高知能生命体の、高度な専門知識を有した存在が、全く分野外のことに手を出して失敗したような、そんな印象を受けます』
高度な文明を有した高知能生命体。その意味するところは明らかだ。この場所に現れた意味を考えても、それは調査開拓団を送り込んできた惑星イザナギの文明だろう。
高度な専門知識を有した存在というのは、第零期先行調査開拓団において時空間構造部門の研究を支援するためのシステムならば理解できる。システムはその運用に必要な情報を持っているが、それ以外のものについては無知だ。
「つまりこれは、統括管理システムが作ろうとした調査開拓用機械人形ということか」
『そうですね。……仮に、プロトタイプ-ゼロと名付けましょうか』
第零期先行調査開拓団の統括管理システムが作り上げた未熟な機械人形。システムがウェイドの体を狙う理由も理解できる。これでは足りないのだ。中身が足りない。
「プロトタイプ-ゼロは一体だけだと思うか?」
答えの分かっている問いを投げかける。ウェイドは銀髪を揺らして首を振った。
『むしろ大量にあると考えるべきです。彼女には時間と資材だけは大量にあった。いくらでも試行錯誤をする時間はあったはずです』
統括管理システムはエウルブ=ギュギュアを拘束し、施設の全権を握っている。機械人形製造の量産体制を整えることは容易だっただろう。
「しかし、製造ラインやそれらしい機体はこれまで見てない。どこにあるんだ」
『我々が探索できていない場所が一つだけあります』
ウェイドが真下を指差す。
「……第一階層か」
〈エウルブギュギュアの献花台〉第一階層。NULLの湧出によって溶けて消失してしまった場所だ。本来ならばそこにプロトタイプ-ゼロの生産工場があったのかもしれない。今となっては確認する術もないが。
『問題なのは、これがレティさんの動きを模倣していたことです。学習データはおそらく、彼女が活動停止になった際に回収された機体を用いたのではないかと』
「それってつまり、この塔の中で死んだ調査開拓員全員ぶんのコピーがあるかもしれないってことか?」
『そうなります。しかも、彼らは調査開拓団規則の範疇外……。もし、これが第五階層に現れたら大変なことになりますよ!』
第五階層には管理者たちが集まっている。彼女たちの一人でも機体を乗っ取られたら――。
「ヤバいんじゃないか、これ」
『かなりマズいですよ! なんとかして第五階層に戻らないと!』
顔を真っ青にしてウェイドが叫ぶ。しかし、泉は一方通行だった。ここからどうやって戻ればいいのか見当も付かない。
俺とウェイドは帰り道を探すべく、周囲を手当たり次第に掘り返していった。
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Tips
◇プロトタイプ-ゼロ
〈エウルブギュギュアの献花台〉第六階層に出現した、粗雑な造りの機械人形。第一期調査開拓団の調査開拓用機械人形に似通う部分はあるものの、全体としては非常に劣っている。しかし部品の加工精度などは非常に高く、製造した存在の基礎的な技術力の高さは窺える。
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