第1365話「秘密の箱」
「イヤー、マジでなんもないッスねぇ」
瓦礫の山を掘り返しても、出てくるのは瓦礫だけ。調査系バンド〈ツチノコ探偵社〉の調査員のの丸は地面に突き刺したシャベルに寄りかかってため息をついた。
〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層の地下街。太陽の光もない暗い地下の世界で、彼女たちは新しい情報を求めて地面を掘り返していた。現在のところ、成果と呼べるようなものはない。それどころか定期的に湧き出すゴブリンの襲撃でコストが嵩み、収支は圧倒的な赤字である。
「ええい、口よりも手を動かさんか! 〈百足衆〉の奴らや〈未詳文明研究会〉のジジイ共が天空街に釘付けになっている今がチャンスなんだぞ! 俺の直感がここを掘れと囁いている!」
ツナギを泥だらけにしてガツガツと地面を掘るのは〈ツチノコ探偵社〉の社長であるタイプ-ゴーレムの男。本名を土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗と言うが、〈ツチノコ探偵社〉の副社長であり唯一の社員であるのの丸からは先輩とだけ呼ばれている。
「先輩の勘が当たったことないじゃないッスか」
のの丸はロップイヤーのウサ耳を揺らして、くすんだ金髪の下の目を細める。頭頂部の髪が茶色い、いわゆるプリンと呼ばれるような髪色で、尖った八重歯も併せてマイルドヤンキーの風味がある少女だ。
それでも、リアルでも先輩後輩の関係である土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗が高校の空き教室を占拠して行なっているツチノコ探偵社に巻き込まれ、律儀に付き合っているあたり根は真面目であった。
「のの丸だって見たいだろ、ツチノコ!」
「とりあえずツチノコは出ないと思うッスよ」
彼らの目標――というより土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗の掲げる使命はツチノコの発見と捕獲。そのために現実と仮想現実の区別なく様々な事件に首を突っ込み、ドタバタの日常を送っているわけだが、今のところ殺人事件やオカルト事件には度々遭遇するものの、ツチノコは手がかりさえも掴めていない。
「俺はのの丸にツチノコを見せたいんだ! あの神秘と幻想の生き物をな!」
「うっ。か、勝手にすりゃいいじゃないッスか。今回ばっかりはあたしも愛想尽かしたッス。あとは勝手に一人でやってください」
「なっ!? のの丸!? 俺だけ置いていかないでくれよぉ!」
のの丸が肩をすくめて歩き出す。それに気付いた先輩が情けない悲鳴を上げて追いかける。〈ツチノコ探偵社〉のいつもの流れである。そして――。
「うぉっ!? ぐべっ!」
「先輩?」
土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗が何かに蹴躓いて顔面を強かに打ちつける。のの丸が驚いて振り返ると、泥の中に顔を半分埋めた男が情けなくうめき声をあげていた。
「何やってんスか、全く」
のの丸が呆れながら先輩を助け起こす。その時、彼女は何に躓いたのかと彼の足元を見て、目を丸くした。
「わっ、先輩! あれ見てください!」
「ぬぎゃっ!? お、おま、急に手を離すなよ……」
「そんなことどうでもいいッスから。ほら、アレ!」
いつになく興奮した様子で指を突き出す少女に男の方も興味が湧く。彼女の指先を追いかけて視線を向けた先にあったのは、地面からわずかに露出した突起だった。
「なんだこれは? ガラクタか?」
「掘り出してみるッスよ」
のの丸がシャベルを掴み、周囲の泥や瓦礫を取り払っていく。そうして露わになったのは頑丈な鉄蓋だった。突起部分は取っ手であり、人ひとりなら入れそうな大きさの穴を覆い隠している。
「秘密の地下通路ッスよ! 先輩、入ってみましょう」
「ちょ、ちょっと待てのの丸! こういうのは危険が危ない可能性もあるからな。まずは騎士団あたりに連絡して――」
「何言ってるんスかこのヘタレ! そんなことしてたら手柄も奪われるッス。ほら、さっさと開けてください!」
「ぬおおお……」
後輩にグイグイと背中を押され、土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗は仕方なく腹を括る。〈解錠〉スキルを持っているのは彼の方なのだ。
幸か不幸か鉄蓋にはそれほど強固な施錠はされていなかった。ピッキングツールだけで簡単にアンロックされてしまう。目をキラキラと輝かせるのの丸に急かされ、土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗は生唾を飲み込んで取っ手を持ち上げた。
「お、おお……? 梯子か?」
「地下街の更に地下っすね。これは面白い匂いがビンビンするッスよ」
「お前、こう言う時は元気だよなぁ」
先ほどまでとはテンションが逆転したまま、二人はそっと穴の奥を覗き込む。ライトの光が届かないほど底は深く遠くにあるようだ。
「先輩こそ、なんでオカルト苦手なのにツチノコ探してるんスか」
「ツチノコは幻獣であってオカルトじゃねぇ。二度と間違えるな!」
「へいへい。じゃ、降りるッスよ」
「ちょっ!? 待ってくれよぉ」
泣き言を喚く先輩を放って、のの丸はスルスルと梯子を降りていく。この辺りの動きは、リアルでも運動神経の良い彼女の方がスムーズだ。土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗は一人残される訳にもいかず、大きな体を縮めるようにして彼女の後を追いかける。
「――っと!」
「――ぅぅぅわあああああああっ!? ぐべっ!?」
縦穴はかなりの深さだった。のの丸の体感で、およそ30メートルはあるだろうか。ちょっとした高層ビルほどの高さである。それをのの丸は〈受身〉スキルの華麗な着地でいなし、遅れて落ちてきた先輩は頭から突っ込んでLPをギリギリまで削る。即死しなかったのは幸運だった。
「うげぇ。ぺっぺっ。なんか口に入ったぞ」
「地面がぬかるんでるッスね。これは一体……?」
水分を多分に含んだ地面がある程度衝撃を吸収してくれたのも、土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗が一命を取り留めた理由だろう。しゃがみ込み、ライトでそれを照らしたのの丸は眉を寄せる。
「先輩、これ……」
「なんだ? 随分と臭い場所だが」
「これ、腐った肉ッスよ」
のの丸が掴んだもの。それは腐臭を放つ肉だった。泥のように思っていたのは、血と体液が混ざり灰色に濁ったもの。目を凝らせば砕けた骨もあちこちにある。
ライトで周囲を照らせば、広大な空間の全域にわたって腐乱した肉が埋め尽くしていた。
「うげえええっ!? な、なんなんだここは!?」
腐肉に頭から突っ込んでいた土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗が悲鳴を上げる。のの丸は油断なく周囲を見渡し、砕けた円筒状のガラス水槽が並んでいるのを見つける。ちょうど人がひとり入る程度の大きさで、いくつものケーブルが繋がっていたようだ。
仮にも調査系バンドとして活動しているだけあって、のの丸もある程度の知識は持ち合わせている。しかし、ここにあるものはそのどれにも合致しない。
「の、のの丸ぅ。一旦戻らないか? 気味が悪すぎるぞ。なんかここだけゲームジャンルが変わってる」
「ツチノコいるかもしれないッスよ?」
「うぅ……」
土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗は基本的に臆病で怖がりで泣き虫だが、ツチノコの名前を出しておけばなんとなく説得できる。そんな伝家の宝刀をちらつかせつつ、のの丸は更に状況を観察する。
見覚えがあるのは円筒状の水槽くらいか。これは〈エウルブギュギュアの献花台〉の第三階層にも並んでいたものだ。しかし、あそこに収まっていたのは幽霊犬の元となるものだったはず。
足元に散乱する骨を引き抜いて眺める。
「これ、人型……?」
「ひぇえっ」
彼女が手に取ったのは、足の骨。明らかに人間のそれをしている。
水槽の大きさからも矛盾はない。この広大な部屋を埋め尽くす腐肉と骨は元々、ここで保存されていたか、培養されていたものなのかもしれない。
「いったい何のために……。むっ?」
更に探索を続けたのの丸は、部屋の中央に台座を見つける。一段高くなったそこは腐肉に沈んでおらず、計器やボタンが並んだ制御台が置かれていた。それに近づき、制御台のディスプレイに何かが表示されているのを見つける。
「先輩! これ、読めないッスか?」
「な、なんだよぉ」
まだ梯子の近くで怯えている土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗を呼び寄せる。〈解読〉スキルを持っているのも彼なのだ。よたよたと時間をかけて台座までやってきた土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗は、のの丸の肩越しにディスプレイを覗き込む。
「ちょ、近――」
「これは……」
背中に男のがっしりした胸板を感じて、少女が頬を赤くしたその時。土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗が何かに気付く。のの丸を押し除けるようにしてディスプレイに目を近づけ、懐からメモ帳を取り出して勢いよくペンを走らせる。
「読める、読めるぞ!」
「何なんスか、これは」
「白神獣関連の遺構に残る文字だ。おそらくは第零期先行調査開拓団で使われていたものだろう。それなら、解読がほとんど終わってるから、この文章も読める!」
白熱して文章の解読を進める男。のの丸はその背中に頼もしさを感じながら、作業が完了するのを待つ。この文字の解読がほとんど完了しているというのは事実で、辞書や翻訳アプリも出回っている。それでも、ディスプレイの文字列は独自の癖のようなものもあり、完全な解読には少し時間がかかった。
しかし。
「なん、だと……」
土蜘蛛鬼三郎夜叉天狗が愕然として顔を上げる。解読が完了したのだ。
「何か分かったんスか?」
のの丸が問いを投げる。タイプ-ゴーレムの青年は眼鏡の奥の瞳を揺らし、呻くように答えた。
「こいつらは、人造人間だ。この塔のシステムが依代にするために開発を進めていたんだよ!」
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Tips
◇〈ツチノコ探偵社〉
求)ツチノコの情報!
弊社は幻の幻獣ツチノコを見つけ出し、捕獲することを目標として各地の調査を行なっているバンドです。未だ発見には至らずも各地で古くから目撃例が相次ぐツチノコを見つけ出すため、ぜひみなさんのお力をお貸しください!
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