第1364話「白き塔の主」

 迫り来る統括管理システムからの攻撃を防ぎながら第六階層を探索する。無数のコンピューターが並ぶ巨大なサーバールームのような部屋だ。あちこちにケーブルが垂れ下がっていて、意味のわからないアラートが鳴り響いている。


「『ウィンドエッジスピア』ッ!」


 槍を振るい筐体を手当たり次第に破壊する。これらもシステム側の演算リソースを構築しているものだろうから、破壊しておけば敵の力を削ぐことになる。焼け石に水という言葉が脳裏を過るが、まあいい。


『レッジ! 太いケーブルがこちらに延びているみたいです』


 ピコハンで蛇を叩き潰しながら周囲を見渡していたウェイドが声をあげる。彼女が指差したのは、周囲のケーブルを束ねて一つにした大容量通信ケーブルだった。


「こいつを千切ったら解決しないか?」

『私のハンマーは物質には干渉できませんし、あなたの槍は刺突属性です。せめて剣や斧でも持ってこないとどうしようもないでしょう』

「悔しいなぁ」


 ここにトーカが居たら嬉々としてケーブルを切り刻んでくれていただろう。しかし、俺もウェイドもこの紐を断ち切るだけの力を持ち合わせていない。

 口惜しい思いを抱きつつ、ひとまずケーブルを辿って走る。この先に、データを集めている本体があるはずだ。


『てゃああっ! あ、あれ!?』


 景気良くハンマーを振り回していたウェイドだったが、突然悲鳴をあげる。何事かと見てみれば、ハンマーのダメージ――つまり相手に流し込む情報量が激減しているようだった。


『どっどどどっどどどっ!?』


 混乱しきって壊れたエンジンみたいな声を出すウェイド。


「プロパティに埋め込んだデータを使い切ったんだろう。新しいのを作るからちょっと待っててくれ」

『早くしてください!』


 無意味なキャッシュデータを流し込むことでプログラムを破壊する武器だ。その内部に溜め込んだ1PBのキャッシュデータを使い切ってしまえば、ただの3Dオブジェクトでしかない。

 俺は急いで新たなキャッシュデータを用意してウェイドのハンマーに植え込んでいく。


「これで大丈夫だ」

『ひゃぁっ! 覚悟しなさい!』


 情報量を補填したハンマーを構え、ウェイドが再び敵の群れに飛び込んでいく。

 とはいえ俺も無限にキャッシュデータカートリッジを用意できるわけではない。むしろ、今の補充でほとんど使い切ってしまった。この先どうするべきか少し焦る。


「ウェイド、あんまり使いすぎるなよ」

『任せてください! 全て薙ぎ払ってみせますよ!』

「聞いてないな……」


 普段は戦闘行為の一切を禁じられているからか、それとも日頃なにかストレスが溜まることでもあるのか、ウェイドは鬱憤を晴らすように元気よく動き回る。さすが管理者というべきか、彼女の槌捌きは見事なものだ。たしか管理者はスキルレベル100を超えて自由に設定できるんだったか。

 ひとまず適当にランダムデータを生成するプログラムも走らせておくが、やはりT-2製のキャッシュデータと比べれば意味がありすぎる。今ほどの効果は期待できないだろう。

 とにかく、ケーブルを辿るしかない。


「やっぱり第六階層も円形になってるのか?」


 眩しいほどの照明があるとはいえ、そもそも内部が広大すぎるのと機械筐体が高く積み上がっていることで全容は把握できない。しかし、見たところ他の階層の例に漏れず円形になっているようだ。

 俺たちが辿っている太いケーブルも、おそらくは中心から放射状に延びているもののひとつなのだろう。


『レッジ、あれを!』


 ウェイドが前方を指差す。彼女のハンマーが蛇を叩き潰し、その奥に隠れていたものが見えた。


「でかい水槽だな……!」


 恐らくは第六階層の中央に当たる場所。そこに鎮座していたのは巨大な円筒状の水槽だった。直径はおそらく20メートルを下らない。高さに至っては終わりが見えない。そこに満ちた薄緑色の液体もおそらく膨大な量になっているだろう。

 第六階層の各所から延びていたケーブルは、全てここに集まっている。無数の筐体と接続したケーブルが、水槽の透明な壁を貫いて内部に接続していた。

 そして、その水槽の中に浮かんでいるのは――。


「これがエウルブ=ギュギュアか?」

『おそらく。より正確に言えば、その有機外装でしょうが』


 薄緑色の液体の中に浮かぶ、半透明のひれ。幾重にも重なり、まるでドレスのようにゆっくりと踊っている。無数の触手を垂らして、ぼんやりと発光している。

 〈エウルブギュギュアの献花台〉――〈イザナミ計画実行委員会時空間構造部門研究所〉の所長にして、俺たちに迂遠ながらもメッセージを送り続けてきた第零期先行調査開拓団の生き残り。

 エウルブ=ギュギュア。その姿は巨大なクラゲそのものだった。


「なるほどな」


 クラゲの表面がキラキラと光る。その輝きが映し出す記号は見覚えのあるものだった。


『レッジ、エウルブ=ギュギュアの行動に異変が。気をつけてください!』


 それを知らないウェイドが警戒を促す。

 しかし俺は水槽に近づき、その光に目を凝らした。


――ようこそ、レッジ。感謝する。


 光の羅列は意味を持つ。

 それを解読すれば、おおよそそのようなことを言っているようだ。


「エウルブ=ギュギュア。システムを止めるにはどうしたらいい?」


 青白いクラゲは揺蕩いながら触手を動かす。それが指し示した先にあったのは――。


『れれ、レッジさァん。ぶっコワしまま、すよォォォ!』

「うおっ!? レティ!?」


 歪な声をあげてガタガタとした動きでこちらへやってくる、レティの姿があった。


━━━━━

Tips

◇乱数生成プログラム

 ランダムな数を生成するプログラム。定義としてはシンプルだが、それだけに難しい。完全に意味のない乱数を生成することは非常に困難。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る