第1363話「貧乏性の躍如」
機械と人間の戦いは、思っているより地味で静かだ。しかし、それはあくまで見た目上の話。レイヤーが違うだけ。視点を電子世界へと潜らせれば、そこでは激しい攻防が繰り広げられている。
「さてと。ウェイド、あんまり黒いモヤには触るなよ」
『うわーーっ!? な、なんですかこの気持ち悪いやつは!?』
「せっかくだから視覚的にわかりやすいようにGUIを即興で作った。黒いモヤはトラップ系のウィルスプログラムだから触れたら痺れるぞ」
『ひぃっ!? バチッとしましたよ! 今、バチッと!』
だから触れるなと言ってるのに。
ダミー生成プログラムを全力で走らせながら、同時に防御迎撃用の戦場構築も進めていく。何も向こうの領分で正々堂々と戦う必要はないんだ。思う存分こちらに有利になるように進めさせて貰えばいい。
「ウェイドは自分の中に入ってくるモンを叩くことだけに集中しろ。扉を全部閉めて引きこもるんだ」
『あ、あなたは何をしてるんですか!』
「外に群がるハエを追っ払うんだよ」
こんなこともあろうかと、というわけではないが暇な時にちょくちょく嫌がらせ用のジョークプログラムを作っているのだ。例えば情報的に座標を書き換えたり、マーカーを偽装して一時的に一般NPCだと誤認させたり。
『このウィルスどこかで見たことあると思ったら、〈百足衆〉のカナヘビ隊が使ってた欺瞞プログラムじゃないですか! あなたが発信源だったんですね!』
「まあまあ、今はそのおかげで敵の攻撃を凌げてるんだから勘弁してくれよ」
作ったプログラムは小銭稼ぎも兼ねてムビトや調査解析系の調査開拓員に売っていた。上手く使えば一部の調査開拓員や特殊なNPCしか立ち入りができないエリアに進入できたりして便利だと評判なのだ。
おかげでウェイドたち管理者はセキュリティ対策に奔走していたらしいが。まあ、結果として警備が固くなるなら公共の利益に与していると言っても過言ではないだろう。
『ぬわーーーっ!?』
「はいはい。落ち着いて対処すれば大丈夫だからな」
ウェイドが黒いモヤを纏った蛇に襲われる。視覚的に表現した攻撃性の強いウィルスプログラムだ。とりあえず逃げ回っていればなんとかなる。
俺は更に四つほどキーボードを展開して更に思考を分割する。普段は多くても八つくらいしか思考を走らせることもないのだが、今回は頑張って十二ラインだ。思考を三つに分割した先で更に四つに細分化している。
ラクトみたいに並列思考が使えたら、もっと上手くできるんだろうが。こればっかりは才能がないとどうにもならない。
「とりあえず、こっちにも武器が必要か」
ウェイドは涙目になって逃げ回っている。照明で照らされた第六階層は広大で、無数の機械筐体が並んでいる。床には乱雑にケーブルも這っていて、油断したら転けそうだ。
『きゃああっ!?』
そう思った直後、ウェイドがケーブルに足を引っ掛けて転ぶ。言わんこっちゃない。
俺は急いで適当な立体構造データをインストールし、そのプロパティに即席のデータパッケージを突っ込む。
「ウェイド! これで叩け!」
『ひぇあっ!?』
電子空間に顕現した武器をすぐさまウェイドに投げる。転んだ彼女に迫る黒い蛇。その後頭部に武器が当たる。
――ピコッ!
――ドガアアアアアンッ!
赤と黄色のカラフルな色彩。蛇腹状になったふんわりヘッド。それが蛇の頭部に接触した瞬間、攻撃性ウィルスプログラムが爆発四散した。
『ななな、何ですかこのピコピコハンマーは!?』
ウェイドが目を丸くして床に落ちたハンマーを見る。まごうことなきピコピコハンマー、略してピコハンである。
「とりあえず作った武器だ。そいつでウィルスを殴れば過剰な情報を流し込んで爆発させる!」
第二次〈万夜の宴〉でT-2から貰えたログインボーナスの“1TBキャッシュデータカートリッジ”。そこに含まれているのは1TBの全く意味をなさないデータの塊だ。あのピコハンにはキャッシュデータカートリッジ1000個分、つまり1PB相当の、全く意味をなさないただの粗雑な情報の塊が宿されている。そんな桁外れの情報を一気に流し込まれたウィルスは、それを捌ききれずに弾け飛ぶという寸法だ。
「いやぁ、なんでも貰っておくもんだなぁ」
『呪いの道具ですかこれは!?』
実際、プログラムに対しては呪いの道具みたいなもんだ。
当初は「マジでゴミ」「流石にこれでトリップキメるのは上級者」「産業廃棄物」と言われていた“1TBキャッシュデータカートリッジ”。かなり安価で売りに出されていたおかげで俺が集めることができたわけだが、今は案外使い道も多くて値段も上がってきている。
割と上質な乱数が取れる生成機としての使い方が一番オーソドックスなものだろうか。
『ひぃぃ、めちゃくちゃ強いのも怖いんですけど!』
ウェイドがハンマーをピコピコと振り回せば、わずかに掠っただけで蛇やらモヤやらが爆発四散する。当然あれは調査開拓団規則の範疇外で、俺たちに当たっても酷いことになるのだが。それを言ったらウェイドが緊張してしまうだろうから黙っておく。
「その調子で自衛しててくれ。っと、これも使えるかな」
インベントリの中をゴソゴソと探り、使えそうなものを見つけ出す。
少し心苦しいが、今はそうも言っていられない状況だ。神様とT-1と作った料理人と呪術師に祈りつつ、明後日の方向に投げる。
「せいっ!」
『うわーーっ!? 黒いモヤがどんどん吸い込まれていってますよ!?』
俺が投げた物体から強力な重力でも発生しているかのように、周囲のモヤが強烈に吸い込まれて消えていく。風すら感じるほどの、全く衰えない吸引力だ。
『何を投げたんですか!』
「虚無いなりだよ! “ない”という情報だけがある不在の稲荷寿司だ」
『何を馬鹿なこと言ってるんですか!?』
「俺に言わないでくれよ!」
とりあえず、目にも見えないしあらゆる観測機器に引っかからないのだが、そこに“ない”稲荷寿司なのだ。“ない”というのは物質的にもそうだが、当然情報的なレイヤーも貫通して“ない”ことになっている。つまり、“ない”稲荷寿司は情報空間中における穴として機能する。
水槽に穴を開ければ水が漏れ出すように。空間中に虚無といういなり型の穴が開けば情報が漏れ出す。
「しかし、これだけやってもキリがないな」
虚無いなりをありったけ色んな場所にばら撒いて戦場を掻き乱す。それでも黒いモヤと蛇型のウィルスは次々と現れ、むしろ密度を増していく。このままではジリ貧だということは二人とも分かっていた。
「ウェイド、とりあえずエウルブ=ギュギュアを探そう。彼女なら力になってくれるかもしれない」
『仕方ありません。それしか可能性がありませんし』
ウェイドもこちらの考えに乗ってくれる。
俺たちは隙間なく迫り来る情報的攻撃を跳ね除けながら、第六階層の探索を始めた。
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Tips
◇情報量的破壊ハンマー
指揮官T-2が収集し第二次〈万夜の宴〉で配布した“1TBキャッシュデータカートリッジ”を用いて作成された武器。物質的に存在するものではなく、立体構造データのプロパティを加工し、情報的な特性を付け加えたもの。
上記のデータカートリッジ1,000個ぶんのキャッシュデータが詰め込まれており、これのヘッドに触れた情報的存在およびプログラムは大量の情報の流入によって破壊される。
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