第1358話「阻む障害物」
〈エウルブギュギュアの献花台〉第六階層への入り口は、第五階層天空街にある大聖堂の泉だろう。一応、他に抜け道がある可能性も考えて、すでにいくらかの熱心な調査開拓員が他を探しているが。
問題となっているのは泉に飛び込んだ直後に即死してしまうというものだ。これをどうにかしない限り、俺たちは第六階層へ至ることも、エウルブ=ギュギュアに会うこともできない。
「とりあえず、まずは何回か普通に試してみるか」
泉を覗き込み、いよいよ検証を始める。
近くに簡易のリスポーンポイントも用意したから、死んでもすぐにここから再開できる。最寄りのアップデートセンターが〈エミシ〉だから、地味にアクセスが悪いのだ。
「大丈夫ですか、レッジさん」
「貴重品は持っていかないしな。ダメ元でとりあえずどんな具合か体験するだけだよ」
様子を窺うレティにそう言って、軽く肩を回す。
大聖堂の荘厳な雰囲気のなか、清泉は静かに水を湛えている。その水面は鏡のようで、細波ひとつ立っていない。外から見るとかなり浅い水深のようだが、実際のところはどうだろうか。
意を決して足を入れる。
「うおっ。おっと、と」
「レッジさんの足が!」
側で見ていたレティが耳を立てる。
片足を突っ込んでみると、膝までずぶりと沈んだ。水というより柔らかい泥に埋まったような感触だ。しかも底は見えず、ずぶずぶとどこまでも沈んでいく。
それでいて見かけ上はまだ俺の足が底に届いていないだけのように見えるのだから、不思議な感覚だ。
「引き上げましょうか?」
「いや、このまま行こう」
慌てるレティを手で制し、泉の縁に手をかける。そのままもう片方の足も突っ込み、あとは沈むに任せて身を委ねる。
「れ、レッジさん!」
「なぁに、すぐ戻ってくるさ」
ぐっ、と親指を立てながらずぶずぶと沈んでいけば、さながら懐かしい映画のパロディだ。レティなんかは元ネタが分からないのかきょとんとしているが、エイミーが後ろで吹き出している。
そのまま俺は何の抵抗もなく胸まで、そして頭まで沈む。不思議なのは水面下に視線が降りた瞬間、一切の光を感じなくなったことだ。まるでレアティーズと戦った時のように全ての感覚がない。
「むぐっ!?」
そして、頭頂まで完全に沈んだ直後。それまで滑らかな泥のようだった周囲が急激に硬化する。いや、そのように感じた。一切の身動きが取れなくなり猛烈な勢いでLPが削れていく。
そして――。
「……なるほど、こうなるのか」
目を覚ませば、泉近くに用意していた仮のリスポーンポイントだった。騎士団の回収スキル持ちが用意してくれた黄色い臨時機体に俺の意識だけが移されている。
「レッジさん!」
臨時機体の起動に気付いたレティが振り返る。泉を覗き込んでいたラクトたちも、こちらへ駆け寄ってきた。
「レッジ、大丈夫?」
「まあなんとか。大体どんな感じなのかは分かったよ」
記憶が鮮明なうちに情報をまとめておく。といっても、基本的には偉大なる先駆者たちのもたらした物と大差ない。
泉は見かけ以上に深いか、もしくは底なし。水に入った瞬間に感覚が消えるか鈍る。水というには粘度が高く泥のような感触。全身が浸かった瞬間に硬化し、圧死する。
「つまり?」
「いしのなかにいる」
要はそういうことだろう。
あの泉が何かしらの転送装置であることは間違いない。問題は転送先に何かしらの物体が置かれており、座標が被ってしまっているのだ。物体と同位置に重なるように出現することで一瞬で圧死するということだろう。
「対処法はあるんでしょうか?」
「どうだろうな。こればっかりはテントで解決できるかどうか……」
「なんでもかんでもテントで解決しようとするの、良くないと思うよ」
真剣に悩んでいるのにシフォンが呆れた目を向けてくる。
「そんなの簡単ですよ。入った瞬間にハンマーでぶっ壊せばいいんです!」
「それができたら苦労はしないんだろうなぁ」
先駆者たちも馬鹿ではない。爆弾を送ったり自爆ドローンを送ったり自分が爆発したりと色々な方法を試しているが、どれもうまくいっていない。どうやら転送先にある物体がかなり堅固なものであるらしい。
「エウルブ=ギュギュアが姿を現さなかったのも、こっちに来れないからなのかなぁ」
「かもしれないな。自分のところくらい片付けといてほしいもんだが」
「うぎゅっ」
思わずエウルブ=ギュギュアに文句をこぼすと、何故かラクトが胸を抑えて呻く。
「レッジさんのお部屋は綺麗なんですか?」
「まあ、綺麗といえば綺麗かな。無菌室らしいし」
「レッジの家庭ってどうなってるの……?」
レティに聞かれ、思わずぽろりと答えると隣に立っていたLettyが目を見張る。どうなっているか教えてもいいのだが、花山たちに怒られそうだしなぁ。
「ちょっと入院中? みたいな感じなんだよ」
「そ、そうなんだ……。なんかごめん」
「いや、別に気にしてないから大丈夫だぞ」
出ようと思えば別に出られるし。
「レティなんか、部屋片付いてないんじゃないの?」
「へ? うーん、言われてみれば……」
ラクトがレティに矛先を向ける。レティは首を傾げ、そういえばと頷く。
「片付けたことないですね。周りのみんながやってくれるし、やろうとしたら怒られるので」
「そう言えばそうだった……」
ナチュラルお嬢様発言にラクトがまたダメージを受けている。普段のレティを見ているとついつい忘れてしまうが、彼女はかの清麗院家の御令嬢なのだ。
「Lettyはどう? ついつい洗濯物溜め込んだり、雑誌積み上げたりしちゃうよね?」
「なんで私に縋ってくるの……。こっちはただの一般学生だし、散らかるほど物もないよ」
ラクトから一縷の望みをかけられたLettyが困惑しながら言う。そういえば、彼女のリアルについてはほとんど何も知らないな。オフ会も彼女が加入する前の話だし。
一般学生と聞いて、シフォンとトーカの学生組が眉を動かす。普段の会話から大体分かっているが、その辺りは世代的にも同じくらいなのだ。
「一般人を自称してる奴が一番信用ならないんだよ! ほら!」
「俺?」
「確かにそうだけど……」
「ええ……」
びし、と勢いよく指をさされて困惑すると、Lettyも何故か頷いた。俺なんて特に一般も一般だろうに。ただちょっと紆余曲折あって息の詰まる地下室にいるだけで。
「せっかく新しい仲間も増えたんだし、またオフ会を開いてもいいかもしれないなぁ。――花山と桑名に相談しないといけないが」
「オフ会!? そんな、レティさんに会えるなんて……嬉しすぎるけどっ!」
前々からちょっと考えてはいたのだ。〈白鹿庵〉のメンバーのなかで、Lettyだけが実際の顔を知らないため、どこか壁があるような気が拭えない。どうせなら、またみんなで一緒に騒がしくしたいところだ。
「そんなこと軽率に言っていいの? レッジの事情はあんまり知らないけど、あのスーツの人が起こりそうだよ」
「花山なぁ。多分もう怒ってると思うんだよな」
ものすごい勢いでGMイチジクからのメールが飛んできている。このまま話を進めてしまえばいよいよ本人が飛び出してきそうだ。
「それよりも、今はとにかくイベント攻略だな。転送先の障害物はどうしたもんか……」
逸れかけた話題を軌道修正し、目の前の問題に向き直る。
レティたちもなかなか妙案は浮かばないようで、俺たちは揃って首を傾げるのだった。
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Tips
◇GMコール
メッセージボックスに届くものには、通常の調査開拓員メッセージ、上級調査開拓員メッセージに加え、GMコールがあります。
GMコールはイザナミ計画実行委委員会からの直接通達事項であるため、受け取った調査開拓員は必ず内容を確認し、必要であればその指示に従ってください。
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