第1359話「通行手形」

『ダメに決まってるでしょう! 絶対に入れさせません!』

「そう言わずにさ。ちょっとだけだから」

『そんなところに種を蒔いて、変なものが出てきたらどうするんですか!』

「大丈夫だって。最悪第六階層が吹き飛ぶくらい」

『余計ダメですよ!』


 泉の奥に立ちはだかる障害物をどうにかするべく、俺たちは知恵を出し合う。そんな中で俺が妙案を思いついたのだが、偶然様子を見にきていたウェイドに阻まれてしまっていた。


「一粒だけでいいんだよ」

『全く反省してませんね貴方は! もう砂糖生産特命係の肩書きも剥奪しているんです。貴方はもう原始原生生物を扱う権限がありません。ていうかまだ隠し持ってたんですか!』


 俺が泉に原始原生生物“瞋怒する暴虐の大蔦”の種を投げ込もうとしたのを、彼女が寸前で押し留めたのだ。これを向こう側で萌芽させれば、障害物も破壊できると思ったのだが。

 俺の手にあった種はウェイドに奪取され、そのまま押収されてしまう。


「そりゃそうだよ」

「レッジさんも学びませんねぇ」

「ここは普通慰めてくれるんじゃないのか?」


 レティたちも呆れた顔で、俺の味方になってくれる人はいないようだった。


「じゃあどうするんだよ。正直、もう原始原生生物くらいしか思いつかないんだぞ」

『そこをなんとかするのが調査開拓員の仕事でしょう』

「簡単に言ってくれるなぁ」


 ツンケンとした態度のまま言い捨てる管理者にがっくりと肩を落とす。言うのは簡単だが、実際やるとなると難しい。すでに30回以上死に戻りを繰り返して、そろそろネタ切れなのだ。


『とにかく危険なものは使わないように。この大聖堂も非常に価値のある建造物なんですよ』


 ウェイドは今も建物の各所で調査を行っている調査開拓員たちを見渡して言う。この大聖堂を含めた天空街、地上街、地下街は全てエルフ文明の遺構であり、第零期選考調査開拓団の重要な手がかりでもある。

 数百年前、突然に壊滅してしまった第零期選考調査開拓団。その壊滅の理由を探ることも、重大な使命であると。


「そうだ、ミートを――」

『それこそ許可できないに決まっているでしょう。そもそも、第五階層までマシラを連れてきたことも超法規的措置なんですからね』


 新たな妙案も口走った瞬間却下される。

 汚染術式の集合体であるマシラは非常に高い環境適応能力を持っている。その中でも特に強い力を持つミートたちであれば何かできるかもしれないと思ったのだが。

 まあ、実際のところ彼女たちが万が一どうにもならずに窒息してしまったら取り返しのつかないことになるから、まず容認できないか。


「しかたない。最後の手段に頼るとするか」

『何か心当たりがあるんですか?』


 俺が動き出しただけで身構えるウェイド。どうして彼女は俺のことを信用してくれないんだろう。

 ともあれ、考えていることはそこまで危険なことでもないはずだ。

 俺は周囲を見渡し、大聖堂の隅にある日陰で丸まっている牡鹿を呼び戻した。


「白月、ちょっと来てくれ」


 白神獣の仔である白月。彼の黒く湿った鼻先はこれまでも多くの扉を開いてきた万能鍵だ。そしてこの〈エウルブギュギュアの献花台〉は第零期選考調査開拓団の遺構。彼が何かしら発見する可能性は大いに考えられた。


「最初からこれをするべきでは?」

「なんとなく悔しくなるからなぁ」


 白月の鼻は便利といえば便利なのだが、これで攻略するのはなんだか卑怯な気がしてしかたない。

 ともあれ八方塞がりの今は仕方がない。


「さあ、白月先生。やっちゃってくれ」


 白月の頭を撫でて、後は彼が動くに任せる。水晶の枝角を振りながら、彼はきょろきょろと周囲を見渡し――。


「おい、白月?」


 そのままぺたんと座り込んでしまった。くあ、と欠伸まで漏らしてまったくやる気が感じられない。

 こいつ……。


「白月も反応しないわね」


 エイミーたちもこの展開は予想外だったのか少し驚いている。これまでは、というか塔内部の扉も白月の鼻先タッチで開いたからな。てっきり今回もこれで上手くいくと思っていたのだ。


『で、どうするんですか?』


 ウェイドがこちらに圧をかけてくる。そう言われてもこれで思いつく限りのことはやってしまったわけで。


「……。ウェイド」

『なんです?』


 首を傾げる管理者。

 そう、管理者だ。

 彼女は第一期調査開拓団において上級調査開拓員に位置付けられる。地上前衛拠点シード02-スサノオ、通称〈ウェイド〉の管理者であり、その本体は町の中央制御塔にある巨大な中枢演算装置〈クサナギ〉だ。

 管理者は指揮官や総司令現地代理に次ぐ強大な権限を持っており、こと担当する都市内部においては神に等しいほどの存在感で君臨している。

 今、目の前にいる彼女は管理者機体という特別頑丈に作られた調査開拓用機械人形だ。それを中枢演算装置が動かしている。予算度外視の堅固な構造だが、機体自体は無数に生産されており、それを切り替えることも自由にできる。つまり残機はほとんど無限と言っていい。

 俺はウェイドの小さな両肩に手を置き、まっすぐに向き直る。


『な、なんなんですか。じっと見つめて。い、今更許しを請うても原始原生生物の使用許可は――』

「よし、一緒に沈もうか」

『はい?』


 きょとんとする銀髪の少女。その機体はラクトと同じタイプ-フェアリーを元にしている。持ち上げればラクト三人分くらいのずっしりとした重量だが、持ち上げられないわけではない。


『ちょっ、レッジ!? 何を――。レッジ!? 待ちなさい、降ろしなさい!』


 じたばたと暴れるウェイド。しかし俺が何度ラクトを小脇に抱えてきたと思っているのか。多少暴れたとて落とすわけがない。


「おじちゃん!?」

「レッジさん!?」

「ちょ、レッジ、そこはわたしの特――こほんっ。何やってるの!」


 仲間たちが一斉に声をあげる。その時にはすでに走り出していた。


『離しなさい! 離せっ! このっ! 警備! 警備ーーーっ!』


 おちおちしていたらウェイドが護衛の警備NPCを呼んでしまう。というか既に殺意マシマシの蜘蛛型ロボットたちが高速で向かってきていることだろう。


「レティ、後はよろしく頼む!」

「ぬあっ!? わ、分かりました!」

『こ、このおおっ!』


 レティが驚きながらも即座にハンマーを構える。直後、大聖堂の扉から凶悪な武器を構えた警備NPCたちが飛び込んできた。それをレティたちが応戦する。

 その隙に俺は泉の縁に足を乗せる。ウェイドの青い瞳が大きく見開かれた。


『まっ、ほんとに――』

「はっはーーーっ!」


 どぷんっ。

 管理者を小脇に抱えたまま泉に沈む。見た目以上に深く、粘土の高い水。温度も感じず、ただ息苦しさだけがある。もごもごと手足を動かしすウェイドを抱きしめたまま、ほの暗い水底へと沈む。

 そして――。


『上級調査開拓員の侵入を検知しました』

『権限を確認します』

『管理者ウェイド。登録名簿上に存在しない名前です』

『偽装可能性を検証中……』

『検証完了』

『偽装可能性なし』

『管理者ウェイドを名簿に追記します』

『〈イザナミ計画実行委員会時空間構造部門研究所〉第六階層の自己封印を解除しました』

『ようこそ、管理者ウェイド』


━━━━━

Tips

◇上級調査開拓員

 現地作業を担当する調査開拓員よりも上位の権限を有する調査開拓員の相性。より具体的には、総司令、現地総司令代理、指揮官、管理者を指す。調査開拓員に対する命令権を含めた各種の強力な権限を有し、イザナミ計画の実行および領域拡張プロトコルの推進を指揮する。


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