第1357話「赤熱の大太刀」
次々と繰り出される稲妻は龍のように身をくねらせてトーカへと迫る。一瞬の閃光が視界を白く染め上げる。鉄を破るような雷鳴が空を打つ。暴風が吹き荒れ驟雨が風を貫く。
「はぁっ!」
目を閉じて視界を塞いだトーカは、にもかかわらず軽やかに稲妻を躱す。まるで見えているかのような危なげない動き。そして実際のところ彼女は目で見るよりも強く克明にそれを知覚しているのだ。
肌を焼くような焦燥感。情報量の膨大な視覚を自ら封じることによって他四つの感覚がより鋭敏に研ぎ澄まされる。そこから複合的に得られた情報を組み合わせることにって、第六感と言うべき新たな知覚が生まれる。
俺もレアティーズとの戦いの中で、その鮮明な世界認識を理解した。
「『ラピッドスライド』ッ! 『アクセラレーションダッシュ』ッ! 『クイックステップ』『瞬転』、『流転の構え』ッ!」
更に彼女は次々とテクニックも織り交ぜる。短距離を一瞬で駆け抜けることで狙いすましていた稲妻の束を躱し、一定時間走力を爆発的に増すことで連鎖爆発する雷球を掻い潜る。三連の技によってかろやかに身を翻し、手刀で稲妻を弾く。
遠距離においてトーカができることはない。オラクルの攻撃は熾烈で、その射程も長大だ。彼女にとって唯一取れる選択肢は、致死の猛攻を掻い潜り彼我の間合いを詰めること。当然、言葉にするよりもはるかに難しい。
だが、気が付けば彼女はオラクルの目前にまで迫っていた。
「『抜刀の極意』」
そこで初めて発動するのは、彼女が最近習得したという新たな〈戦闘技能〉系テクニック。抜刀系テクニックの威力を大幅に増強する代わりに一切の移動を封じ、更に発動中は被ダメージが倍増、被クリティカル発生率を引き上げる。ハイリスクハイリターンのバフ。
「『薄鱗剥離』」
そこに繋げるのもまた、実装されたばかり新たな抜刀系テクニック。これまでの抜刀系テクニックよりも更に発生の早い高速攻撃。薄く鱗を削ぐような繊細ながらも鋭い一撃。
いくつもの自己バフに『抜刀の極意』を重ね、刹那に放たれる。
だが――。
「ダメです。妖冥華は金属製で――」
レティが叫ぶ。そう、トーカの握る大太刀“妖冥華”は金属の刀身を持つ。そして、金属製武器はオラクルに対してあまりにも相性が悪い。そのことはもはや周知の事実だろう。トーカも承知しているはずだ。
事実、オラクルは悠然と笑みを浮かべて刀を迎えている。否、強烈な磁力の反発によって、それを拒んでいる。
にも関わらず、トーカの赤い刀はオラクルへと迫る。巫女の顔に違和、不安、驚愕と感情が流れる。
「なるほど、そうか」
オラクルが初めて回避行動を取った。後ろへと勢いよく自分の体を吹き飛ばしたのだ。
一瞬の判断。それが明暗を分けた。妖冥華の剣先がわずかにオラクルの白い頬をなぞるが致命には至らない。
「何か分かったんですか?」
「この戦いが始まる前に、トーカは武器にエンチャントをしてたんだろう」
「エンチャント?」
首を傾げるレティに、トーカの刀を指し示す。
妖冥華の刀身は元から赤いため少し分かりづらいが、今はその色がより鮮やかになっている。
「金属も加熱すると磁力を失う。支援機術で火属性を付与してたんだ」
「そんな……。トーカがそんな小技を使うなんて」
妙なところで驚いているレティはともかく。なるほどこんな方法があったかと感心してしまう。
オラクル自身は特段、火を苦手としているわけではない。それどころか、安易に支援機術によるバフを受けてしまうと、それに応じて彼女も強くなってしまうため、あまり推奨されていない。
しかし、金属製武器を超高温に熱することでキュリー温度を超え、磁力を失活させてしまえば、オラクルの影響下から逃れることができる。
「いったい誰の入れ知恵でしょうか」
「トーカが独自に編み出したって可能性はないのか?」
「あるわけないじゃないですか。トーカなら、『磁力の反発? ならばそれよりも速く切ればいいでしょう』って言うに決まってます」
「それもそうか……」
レティの言葉には強い説得力があった。実際、トーカならそう言うだろう。
となるとミカゲあたりだろうか。しかし、彼は今日はログインしていない。
「お、うまく行ったみたいだねぇ」
「うおっと。って、メルじゃないか」
そこへ答えが現れた。
ゾロゾロとやって来たのはアーツの専門家集団〈
彼女たちのような機術師は比較的オラクルとの相性もよく、この七人はまとめて挑んでアストラよりも早く第六階層への通行権を獲得している。そして、リーダーのメルは強力な火属性機術師だ。
「トーカの刀はメルさんたちの仕業ですか」
「そうだね。ちょっとした実験に付き合ってもらったんだ」
レティの問いに彼女はすんなりと頷く。アーツ界隈で燦然と輝く実力者でありながら、常に研鑽も怠らない姿勢は素直に尊敬できる。
「輪唱機術のちょっとした応用でね。ワシの火属性攻性機術をエプロンが支援機術に書き換えて、トーカの刀に付与させてもらった」
「なるほど。それであんな高温を維持できてるのか」
その説明を聞いてようやく納得できた。
普通の支援機術による属性付与では、流石にキュリー温度を超えるほどの高温は実現できない。そこで火属性機術の専門家であるメルが十分に加熱できるだけの攻性機術を構築し、その術式を支援機術師のエプロンが書き換えることでトーカの剣に移した。
言われてみるとなるほどと膝を打ちたくなる。よく考えたもんだ。
「さっさと第六階層に行きたいからね。〈白鹿庵〉には期待してるんだよ」
にやりと笑うメル。なるほど、彼女たちも泉のほとりで手をこまねいている今の状況をよく思っていないらしい。ぜひ泉の即死を突破してくれ、と圧力がかけられる。
「磁力による防御が使えなくなったなら、オラクルがいくら本気を出そうと結果は変わらないね」
戦場を見下ろし、メルが楽しげに言葉を転がす。
一面が焦土と化した聖戦場で決着が着きつつあった。
「彩花流――」
トーカが執拗にオラクルを追いかけ、追い詰める。
「肆之型――」
オラクルも、もはや覚悟を決めたようだった。
「一式抜刀ノ型――『花椿』」
彼女が最も多用する抜刀技。鋭い直線がオラクルの首を撫でる。HPがごっそりと削れ、明確に決着が示された。
「よしよし。これであとはシフォンだけだな」
「あの子はそこまで心配しなくて良さそうですね」
拍手喝采が鳴り響く中、トーカは目隠しを取ってそれに応じる。ズタボロのオラクルにも憐憫の饅頭やらカステラやらが投げ込まれ、彼女も素早くそれを受け取っていた。
次の挑戦者として予定されているのはシフォンだが、彼女のことは誰も心配していない。例えオラクルの本気を引き出したとしても。
「は、はえん……」
聖戦場の隅でぷるぷると震えている彼女の持つ武器は機術製の非金属でありながら強い攻撃力を誇るものだ。それに、いくら雷が落ちてきても、彼女はなんだかんだ避けるだろう。
トーカと同じくらい、彼女もまた信頼されていた。
「お、おじちゃん。やっぱり手伝ってくれない? 一人だと分が悪いと思うんだけど」
「俺が参加したら強制的にオラクルが本気モードになるぞ」
「はえんっ」
涙目のシフォンの白髪を撫でる。
あとはこのメンタルだけなんとかなれな、いいんだけどなぁ。
オラクルが復活し、戦場の整備が完了したところでシフォンの出番となる。彼女が持参した神饌にオラクルは警戒感を露わにしていたが、普通のモンブランだと気付いてニコニコと笑顔に変わる。
その直後、どれだけ雷を打ち込んでもするりと躱すシフォンに泣かされることを、彼女はまだ知らない。
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Tips
◇『抜刀の極意』
〈戦闘技能〉スキルレベル80、〈剣術〉スキルレベル80、三つ以上の抜刀系テクニックの習熟度1,000で使用可能なテクニック。
効果中、移動不能。被ダメージが1.2倍となり、被クリティカル発生率が30%アップする。抜刀系テクニックの威力1.22倍、クリティカル倍率1.2倍、弱点直撃補正20%アップ。
“神速で繰り出す抜刀術の極意。明鏡止水の心境で刹那を切り裂く。”
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