第1354話「審判の巫女」
オラクルがポータルを繋いだことで地上街と天空街を行き来できるようになった。大物産展のため各地から集結していた調査開拓員や他種族の人員がそのまま勢いよく流れ込み、天空街は一転賑やかな様相を呈することとなった。
『くっ、神聖なブチアゲヘヴンが外界の者に踏み荒らされるとは……』
急激な人口の上昇にオラクルは何やら複雑な面持ちだったが。
「オラクルさん、うちのバリカタ饅頭食べてくれねぇか」
「水大福も美味いよ!」
『むぅ、仕方ありませんねぇ。ここは厳正な審判を下すことに定評のある神託の巫女たる私に任せてください。もぐもぐっ』
あっという間に世話焼きな調査開拓員たちに食べ物を捧げられ、幸せそうに両手でそれを抱えながら頬張っていた。
『まったく、エルフの巫女と聞いてどんな方かと思ったら。とりあえず甘いものを渡しておけば良好な関係は築けそうですね』
「ウェイドがそれを言うのか……」
管理者達も続々とやって来て、天空街の調査を取り仕切っている。原始原生生物の枯死を確認したウェイドも、頭ほどもある巨大なパフェクレープを片手にオラクルをじっと見つめていた。
『ともあれ一歩前進ですね。あとは第六階層へと向かい、エウルブ=ギュギュアと会うことができればいよいよ大詰めです』
「そうだな。第六階層に行くためにはオラクルに認められる必要はあるみたいだが」
オラクルとの対話ができたことで、どちらかが死ぬまで戦う必要はなくなった。それでも依然として彼女は審判の巫女としての務めがあり、俺たちは彼女に認められなければ第六階層へ向かうことができない。
現状、彼女に認められているのは俺とレティ、ラクトとレアティーズの四人だけである。
「アストラさんたちはもうすぐ挑むみたいですね。そのための戦場をクロウリさんたちが整備していますし」
「おお、俺の原始原生生物も役だったんだな」
レティとオラクルが激戦を繰り広げた場所が戦場として整備されている。瞋怒する暴虐の大蔦が暴れ回ったおかげでいい感じに土地が開けているらしい。おかげで考古学系の調査班からは非難轟々だが、こればかりはどうしようもなかったのだ。
「そういえば、まだ地雷を回収してないんだよな。ちゃんと気をつけるように言っといてくれ」
「えっ」
『えっ』
戦場跡で爆発が起こる。見れば、俺が仕掛けた粉末花弁火薬内蔵の地雷が弾けたようだ。調査開拓員にはダメージはないとはいえ、ものすごい勢いで吹き飛んでいる。
『てめぇレッジ、ゴラァ! 後片付けくらいちゃんとしとけ!』
「すまんすまん!」
直後に現場監督のクロウリからTELが飛んでくる。俺はペコペコと頭を下げて謝罪しながら、慌てて地雷除去へと向かった。
━━━━━
数名の犠牲を出しながらも急ピッチで整備が押し進められた天空街の戦場。暫定的に〈審判の聖戦場〉という名前を付けられた円形闘技場で、早速その儀式が始まろうとしていた。
「よろしくお願いします、オラクルさん」
『審判の巫女の名の下に、汝が聖なる神の同胞か、それとも滅すべき愚者か見極めよう。――まずは神饌をこちらへ』
生真面目な顔で口上を告げるオラクル。対峙するのは〈大鷲の騎士団〉が団長アストラ。彼はオラクルの言葉に応じて、持参した紙袋を持ち上げる。可愛らしい熊のコックさんがプリントされた小さな袋からは、早速香ばしい香りが立ち上がっている。
『すんすん。ふむ、これはなかなか……』
紙袋を受け取り、その中身を改めたオラクルは口元を緩める。
中に入っていたのは〈スサノオ〉の人気洋菓子店〈ル・フール・ド・ルール〉の看板商品である“ふわくまマドレーヌ”だった。オラクルはその情報を知らないが、ふんわりこんがりと焼き上げられた小さな熊のマドレーヌは見た目からして美味しそうである。
オラクルに捧げられた神饌は、彼女が厳粛かつ公正に審判を下す。これの出来具合によって、挑戦者の本気度を測る――という話である。
『よろしい。それでは、貴方の資質を見定めましょう』
バチバチと稲妻が走る。
アストラが口角を引き上げ、銀の大剣を引き抜く。
「――聖儀流、三の剣、真髄、『神眼』。四の剣、真髄、『神剣』。五の剣、真髄、『神滅』。六の剣、真髄、『神逆』。七の剣、真髄、『神理』。八の剣、真髄、『神威』』
立て続けに神々しいエフェクトが広がり、彼を飾りつける。
聖なる稲妻を帯びたエルフと、聖なる光を帯びた騎士。両者は数秒睨み合い――。
「はっ」
『ふんっ』
光速で衝突する。
衝撃波は極光となって爆発し、衝撃が遅れて周囲に広がる。闘技場の客席に詰めかけていた調査開拓員たちが、蜘蛛の子のように吹き飛んでいく。だが、衝撃はそれで終わりではなかった。
「はぁあああああっ!」
『ふはははっ! なかなかやるようですねぇ! ですが、その程度では神と認めることはできませんよっ!』
強者と強者が次々と衝突しあう。そのたびに周囲に甚大な被害が広がっていく。
せっかく整備した闘技場が瞬く間に崩壊し、〈ダマスカス組合〉の職人たちが悲鳴をあげる。
もはや二人の動きを目で追えるものはほとんどいなかった。ただ光と衝撃だけが空中で次々と爆ぜる。そのたびに、そこで二人が鍔迫り合いを行っていることを遅れて知覚する。
あまりにも次元の異なる戦い。もはや驚きすらも通り越し、観客は唖然としていた。
目の前で繰り広げられる激戦と比べ、客席は重苦しい沈黙を余儀なくされていた。
『いでよ、雷球ッ!』
ジジジッ!
空気を焼きながら極大の雷球が次々と生まれる。周囲を威嚇しながらそれは勢いよく勇者へ飛ぶ。迫り来るそれを銀の聖剣が切り裂けば、容赦のない爆発が周辺一帯を巻き込んだ。
「アーサー!」
勇者が相棒を呼ぶ。上空を飛んでいた白い鷹が勢いよく直降下し、主の下へと馳せ参じた。
極彩の光を纏い、彼はさらに力を増す。
「『時空間線状断裂式切断技法』ッ!」
『ふはっ!』
一瞬、空間が歪む。
LPを猛烈に消費し、ステータスにも甚大な負担を強いる大業。アストラはそれを、卓越した技能によって僅か0.1秒の刹那だけ発生させる。彼にとって十分すぎる時間。その時間だけ、剣は必殺の刃を得る。
だが、オラクルも負けてはいない。鮮やかに煌めく刃を己の腕で受け止める。当然、腕は滑らかな断面を残して吹き飛ぶ。しかし――。
『来いっ!』
彼女の呼び声に応じるように、ちぎれた腕が戻る。血液がお互いを結び、電流が流れ、焼け付いた。
「まるで磁石みたいな体ですね」
『ちゃんと痛いんですよ!』
腕を切られてなお、平然として笑うオラクル。彼女が人間ではなく、またエルフの中でも一線を画する存在であることをアストラも実感する。
そして、彼女の文字通り身を切る戦法はあまりにも有効だった。
『せいっ!』
「くっ」
突き込まれた錫杖。高圧の電流を帯びたそれが、アストラの下腹を穿つ。ステータスをいくら強化しても、補いきれない強い衝撃。アストラは砲弾を受けたかのように勢いよく地面へと落とされる。
『さあ、観念しなさい!』
「いいえ、まだまだ!」
極太の稲妻が落ちる。騎士団長に追い討ちをかけた。
だが、黒煙の渦巻くその場所に彼の姿はない。はっと気がついたオラクルが背後を向いたその時、金髪の影が見えた。
「おらぁっ!」
『ぐああっ!?』
受身によって衝撃を殺した青年は、黒煙に紛れて巫女の背後を取った。一瞬のわずかな隙を狙い、的確に放たれた一撃が、ストレートに巫女を叩く。
だが――。
『ふふっふ……。なかなかやりますね!』
直撃を受けたはずの巫女は五体満足で笑い――。
「あなたもしぶとい。――これはやりがいがありますよ」
攻撃を仕掛けたはずの騎士は腹に自分の聖剣を突き刺し、そして笑っていた。
「次は、木刀で、挑みましょう……か」
早速次戦のことを考えながら、青年が倒れる。
オラクルは全身を打ちつける強い痛みに耐えながら、ふわくまマドレーヌを食べるため足取り軽く闘技場を後にした。
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Tips
◇ふわくまマドレーヌ
シード01-スサノオに所在する洋菓子店〈ル・フール・ド・ルール〉の看板商品。特別な製法でふんわりと焼き上げたマドレーヌで、可愛らしい熊の顔を模っている。素朴な甘さはスイーツ好きのハートをガッチリ掴んで離さない。
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