第1352話「響く神の声」
白銀の飛沫があがる。静謐を保っていた泉の水面に細波が広がり、その揺れは次第に大きくなった。中央が盛り上がり、弾ける。
『◎⚫︎※×▼※⚫︎※⚫︎※◀︎⚫︎△✳︎⚪︎⚫︎▷×※◀︎⚫︎△✳︎※×※⚫︎※⚫︎※◀︎⚫︎▷⚫︎※×▼※⚫︎※⚫︎※◀︎⚫︎△✳︎⚪︎⚫︎※×▷◀︎⚫︎△✳︎※×※⚫︎※⚫︎※◀︎⚫︎▷⚫︎※×▼※⚫︎※⚫︎※◀︎⚫︎△✳︎⚪︎⚫︎▷×※◀︎⚫︎▷⚫︎△◀︎⚫︎▷×▷◀︎⚫︎▷⚫︎※×▼※⚫︎※⚫︎※◀︎⚫︎△✳︎⚪︎⚫︎▷×※◀︎⚫︎▷⚫︎△×※⚫︎▷×※◀︎⚫︎▷⚫︎※×▼※⚫︎※⚫︎※◀︎⚫︎△✳︎⚪︎⚫︎▷×※◀︎⚫︎▷⚫︎△◀︎⚫︎※⚫︎◎』
泉の上に水球が浮かび上がった。それは表面を震わせ、こちらの理解できない音を高速で発する。
「ああ、こんにちは。というか、分かりづらいからこっちの言語に合わせてくれると嬉しいんだが」
その声に挨拶を返しつつ希望を伝える。
俺はともかくレティたちは彼女の言葉を聞いてもきょとんとしている。
『あなた、まさか神様の声を理解して……』
「解読のプロセスは同じだからな。声を聞いたのは初めてだが、まあなんとなく分かる」
『何者なのよ……』
オラクルが何故かドン引きと言った様子でこちらを見ている。神様と会話できたってことで、俺も神様だと認めてくれたら一番話がスムーズなんだが。
「簡単なことだよ。ラクトもできるだろ?」
「そりゃ原理上はできるかもしれないけど、普通に無理だよ。聞き分けられないし、そもそもリアルタイムで変換とか無理。レッジって頭にスパコン積んでるの?」
「とりあえずレティを置いていかないでくれますかね?」
そんなことを話しているうちに、水球がグニグニと動く。まるで粘土が練り上げられて形を変えていくように、それはただの無機質な形から意味のある姿へと変わる。
『こぽぽっ、ぽこっ』
水の流れるような音。
彼女が声を出そうとしている。
俺たちは緊張の面持ちで、それを見守る。神が第一声を放つのを待つ。
『ヤッホー♪ こんちゃっス💪 我様😄、よーやくの登場だヨ❗️ みんな、オマタセしてごめんねごめんね🙇 でもでもでーも😡、エニシがガッチョンコ🤝してバッチバチ⚡️だから、これからはたーくさん↑↑↑お喋りできちゃゾ📣♡』
荘厳な大聖堂。幾百もの悠久の時を守り続けた伽藍の殿堂。そこに響き渡るあどけない少女の声。純粋無垢なそれは神聖なる雰囲気さえ宿っているような気がした。
――言葉の内容以外は。
「えっと、レッジさん? この方が……」
レティが耳を倒して困惑する。
泉の上に浮かんだ水球は人の形へと変わっていた。どこから手に入れたのか、ウェイドたちと同じ管理者機体の姿だ。彼女はニコニコと満面の笑みを浮かべ、両手でピースをしている。
『呼ばれて飛び出て大登場! 我様こそがエルフたんたちの神ちゃまこと、第零期先行調査開拓団員、エウルブ=ギュギュア様じゃよーいってナ!』
ぶいぶいっ、となおもピースサインを繰り返す少女。
彼女こそがこの塔の管理者であり、大零期先行調査開拓団員。時空間構造部門の責任者。そして、エルフたちを生み出した始祖である。
「こ、こんな奴が……」
ラクトが愕然とする。
まあ、彼女の言いたいことはわかる。俺も少々驚いている。小難しい暗号で話していた謎の存在が、姿を表せばなかなかになかなかな口調で快活に話すのだ。取り乱すなという方が無理がある。
『うわーーーっ!? ま、マジで神様!? パネェーんだけど! うっわ、すご! あ、握手とかしてもらったりしていい?』
そんな中でただ一人、レアティーズが喜色を帯びた声をあげる。彼女は勢いよく泉のほとりへと駆け寄り、キラキラと目を輝かせてエウルブギュギュアに向かって手を振る。
『ふ、不敬者! 神と謁見することさえ身に余る栄誉なのですよ。それを、あろうことか手で触れるなど――』
神命の審判者オラクルが髪を逆立てる。彼女も神――エウルブギュギュアの姿を見るのは久しぶりか、もしかしたら初めてのことだろう。それでも己の務めを果たそうとレアティーズに手を伸ばす。
しかし。
『いーよー♪ 我様、こういうことしたことないから、優しくしてネ♡ チュッ💋 なんちゃって(笑) イェーイ!』
『イェーイ!』
『あがっ、あががっ!?』
オラクルが制するよりも早く、エウルブギュギュアの方がレアティーズと手を交わす。そのままぶんぶんと両手を振って、満面の笑みで楽しげだ。そんな様子を目の当たりにしたオラクルは、錆びたブリキの人形のような声をあげる。
「れ、レッジさん、本当にあれが神様なんですか? むしろ邪神側なんじゃ……」
「オラクルが守ってたんだし、本物の可能性は高いだろ。古代エルフ語との似てるといえば似てるしな」
エウルブギュギュアとレアティーズは相性がいいのか、すっかり仲良くなっている。その様子をオラクルが複雑な表情で見ている。
「とはいえ、邪神じゃないかと言われればまだよく分からないが」
俺はレティにそう言って、エウルブギュギュアの方へと向き直る。
「こちらの呼びかけに応えてくれてありがとう、エウルブギュギュア」
『イイノイイノ! 我様もずーっと暇してたからね😭 それよりも👀 花束ありがとネ♡ 我様、久しぶりのプレゼント🎁で嬉しくなっちゃった♪』
「こちらこそ。これがなかったら、エウルブギュギュアはこっちに来れなかったってことでいいのか?」
『ウンウン😤 ま、そーゆーことが言える説もあるかな🤩 自己封印システムの欠陥みたいナ? 時空間的に断絶しちゃってサー💦 縁を結ばないと🎀 どうにもならなかったんだよネ😰』
この、なんだ、すごく情報量の多い声だ。なんというか言葉が音とは別の情報としても頭に直接叩き込まれているかのような。彼女の声に賑やかな印象を抱いてしまうのは、その影響もあるのかもしれない。
ともかく、俺は彼女が調査開拓団全体に向けて流したメッセージを受けてここまでやってきた。彼女が求めていたのは、現在の調査開拓団との縁を結ぶこと。それを頼って、この現実世界へと戻ることだった。そのために俺は花束を持ってやって来た。
『レッジくん👨🦰 のおかげで助かったヨ😅 我様、今なら大感謝🥳 しちゃうゾ♡』
「それなら、お礼ついでに一つ教えて欲しい」
俺は彼女に向かって――透明な水の塊に向かって問いを投げる。
「エルフとゴブリン。そのシステムを作ったのは、お前なのか」
『…………💦』
彼女は答えない。
それまでの騒がしさが、水を打ったように静まる。
レアティーズが首を傾げている。オラクルが押し黙っている。
「れ、レッジ……」
「レッジさん……」
二人が心配そうにこちらを窺っている。
それでも、これだけは聞かざるを得なかった。
幸福の絶頂を味合わせたエルフと、不幸の極地を強いたゴブリン。両者の対極にある感情の格差から、強いエネルギーを生み出そうとした。この塔の第五階層で行われていた非道な実験。
その首謀者が誰なのか。俺は知る必要があった。
『――ソレが知りたかったら、第六階層に来てネ😂』
帰って来たのは一言。
直後、人の形を保っていた水は一瞬にして力を失う。ぼちゃん、と泉に落ちて消えてしまった。
残ったのは、重い沈黙だけだった。
━━━━━
Tips
◇エウルブ=ギュギュア
第零期先行調査開拓団員。
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