第1348話「木製の大槌」
金属ハンマーの強烈な一撃がオラクルに迫る。レティの放った『揺レ響ク髑髏』は相手に密着すればするほど威力が増幅する技だ。無数の雷を紙一重で避け、至近距離に迫った彼女のハンマーから繰り出されるダメージは相当に増幅している。
「はぁあああああっ! なっ!?」
しかし、当たらない。ハンマーヘッドが的確にオラクルの下腹部に吸い込まれたにも関わらず。直後、オラクルの体が不自然に後方へ跳んだのだ。ハンマーヘッドから一定の距離を取るように。まるで――。
「レティ、金属製ハンマーはダメだ!」
『あら、もう気付かれてしまいましたか』
咄嗟に叫ぶとオラクルが楽しそうに笑う。彼女に抱いていた異変は、やはり事実だったと確信する。
「ど、どう言う事ですか?」
レティが困惑した顔で振り向く。俺はそれには答えず、インベントリに入れていた投げナイフを取り出す。〈投擲〉スキルは持っていないが、的に向かって投げるくらいならできるだろう。
「ふんっ」
オラクルに向かって跳んでいったナイフ。彼女は避けようともしない。にも関わらず、銀色のナイフは明後日の方向へと逸れてしまった。
「アメコミヒーローみたいな能力だな」
『よく分かりませんが、褒め言葉ですか?』
皮肉って言うも、エルフに通じない。取り残されたレティが不満げな顔をしているので、俺はそろそろ種明かしをすることにした。
といっても、分かってしまえば簡単なことだ。オラクルは雷撃を扱うのを得意としている。つまりは電気の操作に卓越しているということ。
「電磁石みたいに金属を反発させられるんだろう」
「な、なんですかその卑怯な能力は!」
目を丸くしたレティがオラクルを睨む。白いエルフは否定する事なく目を細めて笑った。
レティのハンマーは重さを追求した総金属製。高威力、超重量、高耐久だ。そして、それゆえにオラクルには届かない。磁力の反発を受けて、オラクルはほとんど自動的に回避できるのだ。
それじゃあなぜ俺の槍やナイフは受けていたのかという疑問が残るが、まあ一撃で倒されるほどの危険を感じていなかっただけだろう。手数で攻めるタイプには、わざわざ反発するより受けきってから回復した方が楽だ。
「ぐ、ぐぬぬ……」
金属製武器が当たらないという圧倒的な劣勢を前にしてレティが震える。どう考えてもやりすぎというか、苦情が殺到するタイプのボスだ。なにせ、攻撃力を求めるならばほぼ全ての武器が金属製にならざるを得ない。
――しかし。
「それなら、金属じゃなければいいと言う事ですね?」
レティが顔を上げる。彼女は勝機を諦めてはいなかった。〈換装〉スキルを発動させ、武器を取り替える。
彼女が手にしたのは――。
「“千年樫の打出の大槌”! これなら、届きますよね?」
身の丈ほどもある巨大なハンマー。その柄から頭まで全てが堅く締まった堅木で作られた木製の槌。彼女はそれを肩に担ぎ、今度こそ勝ち誇った顔でオラクルを見る。
「いつの間にそんなのを……」
「以前の〈万夜の宴〉で〈キヨウ〉の市場に大量の木材が流通してたんですよね。その時に千年樫もかなりお安くなっていたので、こんなこともあろうかと作っておいたんです」
むふん、と得意げに胸を張るレティ。なるほど、彼女の予想通り“こんなこと”が巡ってきたわけだ。
和風の意匠が刻み込まれた大槌は見た目にも美しい。彼女はそれをぐるんと振り回し、構えを取る。
「森の種族であるエルフを木でぶっ飛ばすのも一興というもの。覚悟してください!」
『森の種族……? よく分かりませんが、少しは楽しめそうですねぇ』
随分と物騒な言葉を交わし、両者は同時に動き出す。ここからが本当の戦いだ。
「さて……」
俺はいくつかの種瓶を投げ込み、原始原生生物で戦場を撹乱する。更にトラップを仕掛け、DAFシステムのドローンもいくつか飛ばす。ここで重要なのは、それらが俺の手から離れても半自動的に動いてくれるということだ。
「てりゃああああっ!」
『はぁあああっ!』
レティとオラクルは激しく衝突し、周囲に激甚な被害を出しながら取っ組み合いの大立ち回りをしている。お互いにお互いしか目に入っていないようで、俺は完全にノーマークになっている。
であれば、ちょっと抜け出すくらいはいいだろう。
俺はレティに密かにTELを送る。
「レティ、できるだけ派手に動いて、オラクルを引きつけておいてくれ」
『この方、オラクルって言うんですね。分かりました。任せてください!』
調査開拓員の特技はこうして遠距離でも囁くように会話ができることだ。おかげで、オラクルはこちらが連携をとっている事を知らない。俺はそっと身を翻し、瓦礫に隠れるようにして戦場から離れる。
「天空街の中央にある大聖堂。何かあるとしたら、そこだろうな」
俺は前々から目をつけていた、天空街でも一際目を引く巨大建築物に足を向ける。
別にオラクルを倒さなければならないというわけでもない。少し様子見するくらいなら、今から行っても問題ないはずだ。
俺はこそこそと隠れながら、背後の爆音をBGMに街の中を走り出した。
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Tips
◇“千年樫の打出の大槌”
長い年月をかけて成長した非常に硬い巨木、千年樫を用いて作られた巨大なハンマー。その重量と硬さは木製とは思えないほどであり、持ち上げるだけでも一苦労。使いこなすとなれば卓越した技術を必要とする。扱いが難しいだけあって、その威力もまた木製とは思えないほどの水準である。
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