第1347話「跳ぶ赤兎」

 落ちる氷を踏みながら、レティは空を突き抜ける。黒々とした雲に手が届きかけた、その時。突如として重力の向きが変わった。


「ここですね!」

「うひゃぁっ!?」


 飛び出しかけたラクトをぎゅっと抱きしめて、レティは更に強く氷を蹴る。重力に逆らって彼女は、重力に従って


「見つけました! レッジさんめ、また可愛いNPCと遊んでますよ!」


 雲を突き抜けた先に彼が居た。テントを組み上げ、白い衣の美しいエルフと戦っている。エルフは大きな雷球をいくつも操り、無数の雷撃を繰り出しているようだった。


「レティ! 向こうにレアティーズも!」


 ラクトが空から見渡し、瓦礫の影に隠れて身を縮めているダークエルフの少女を発見する。レッジが心配だが雷の嵐の中に飛び込めるはずもなく、歯痒い気持ちを堪えているようだ。

 二人は一瞬、悩む。どちらに手を差し伸べるべきか。そして、直後に結論を出す。


「ラクト、投げますよ!」

「ど、どんとこいっ!」


 レティがラクトを勢いよく投げる。


「ぅわああああああああっ!」


 直後、ラクトは自分の発した言葉を後悔しながら、猛烈な勢いでレアティーズの元へと落ちていく。それと同時に、レティは眼下の謎のエルフに向かって、攻撃の体勢に入った。


「でりゃあああああああああああああっ!」


 ハンマーを掲げ、速度を乗せて。

 繰り出すのは〈咬砕流〉六の技。繰り出す場所が高ければ高いほど、その威力を爆発的に増幅させる技。かつて本物のそれを砕いたことのある彼女にとって妙な馴染み深さを感じさせる技。


「咬砕流、六の技。――『星砕ク鋼拳』ッ!」

『あら、邪魔が入りましたね』

「なっ!?」


 しかし、彼女の渾身の一撃は届かない。直撃する直前、エルフの体が弾かれたように移動した。まるで反発しあう磁石を近づけたかのような。


「レティ! 来てくれたのか!」

「レッジさん!」


 ともあれ隙はできた。レティは勢いをうまく殺すように前転し、受け身を取る。落下エネルギーをほとんど全て『星砕ク鋼拳』に転嫁していたこともあり、予想よりもはるかに軽微な反動だけで彼女は無事に着地する。

 思わぬ増援の到着に驚いたのはレッジである。彼は驚きと喜びの両存した顔で彼女を出迎える。


「一人だけ行ってしまうから、びっくりしましたよ。置いていくなんてひどいです」

「俺が進んでここまで来たわけじゃないんだけどなぁ……」


 軽く拗ねたような顔を見せるレティ。もちろん、彼女とて本気で怒っているわけではない。


『――ダメですねぇ。力を示す神聖な儀礼の場に横槍を入れるとは』


 二人に声がかけられる。即座に、レティがハンマーを構え直した。

 奇妙な動きでレティの強襲を回避したそのエルフは、バチバチと稲妻を放つ錫杖を立てて泰然と立っていた。傷などあろうはずもない。まるで今来たばかりかのような綺麗な装いだ。


「力を示す?」

「よく分からんが。第六階層に向かうには、彼女を倒さないといけないらしい」

「なるほど。よく分かりませんが、分かりました!」


 状況を全て理解できているわけではない。しかし、レティは自分のやるべきことを即座に理解した。あのエルフ――そういえば名前も聞いていない――をぶっ飛ばせばいい。万が一友好的に話が進んでいた場合を危惧していたが、遠慮はいらないようだ。


「挑戦者が増えても大丈夫か?」

『もちろん、良いでしょう。愚者はいくら束ねても愚者であり、真なる神であればどのような条件であろうと勝利するのですから』


 しゃらん、と錫杖が鳴り響く。瞬間、エルフの全身に電流が迸り、力がみなぎる。

 レッジが苦労して削った HPが急速に回復されていく。それどころか、彼らは確認できないが、基礎的なステータスまでもが軒並み増強される。


「なるほど……こっちの人数に応じてそっちも強くなるのか」


 定番といえば定番だが、厄介なギミックだ。これでは人数と物量で押し切るという調査開拓団お得意の戦術も使いにくい。


「アストラさんが我慢できずにやって来るのが先か、あのエルフさんを倒すのが先か」

「仮にプレイヤーの強さに応じて強化量も増えるなら、アストラは出禁にしないとだめだな」

「最初に会ったのがレッジさんで良かったですねぇ。データ的にはあんまり強くないですし」


 レティは冷静にエルフを観察しながら言う。会話の最中も油断はせず、情報の収集に徹していた。おかげで、すでにいくつかの事は分かってきた。


「レッジさん、雷球の相手を任せてもいいですか?」

「本丸叩いてくれるなら、何だってするさ」

「では、よろしくお願いします」


 あのエルフが生み出す雷球は、全て彼女の視界の範囲内にある。視界に収めていなければ操作できないか、もしくはできたとしても操作精度が落ちるのではないか。そのような仮説を立てながら、レティは戦いを組み立てていく。

 組み立てるといっても、具体的に言語化していくわけではない。天才的なセンスに身を委ね、体の動くに任せるのだ。


「いきます」


 駆け出す。

 雷球が放たれる。レッジが槍を持ってそれに突っ込んでいく。

 レティは身を低くして軽やかに地面を蹴り、跳躍するように走る。走る。奔る。

 次々と迫る太い稲妻を紙一重で避ける。スキンが焦げるのも構わず、最短距離を駆け抜けていく。


『なかなかやるようですね』


 白いエルフが笑った。


「その余裕、ぶっ飛ばしてあげますよ!」


 すでに、レティは彼女を間合いに捕らえていた。


「咬砕流、七の技――『揺レ響ク髑髏』ッ!」


━━━━━

Tips

◇神命の審判者

 オラクルが持つ固有の能力。神に挑戦する者の数と力に応じて、自身の力を増強させる。能力の限界はなく、相手に応じて無制限に強くなる。

 いかなる状況においても適切かつ厳正な審判を行うため、彼女はどんな状況にあっても正々堂々と立ちはだかる。


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