第1346話「空を駆ける」
レティを拘束したカタパルトが動き出す。後方に設置された特大のBBバッテリーから莫大なエネルギーが抽送され、レールがパチパチと音を立てる。
「嫌だー! 死にたくなーい! 離せー!」
「もうここまできたら降りられませんよ。腹を括ってください」
「うわーーんっ!」
ラクトはレティの胸に抱えられ、死んだ魚のような顔をしていた。
「せめてもっとクッション性のある座席を……」
「なんか言いましたか?」
「何でもないです……」
一人の少女の精神力を犠牲に、カタパルトが射出された。
「調査開拓用機会人形専用電磁射出式垂直カタパルト、発進!」
ネヴァの号令を受けて、最終ロックが爆砕ボルトによって吹き飛ぶ。なお、手動で解除する方が安全面でも確実性の面でも妥当だったが、こちらの方がかっこいいという理由で採用された。
とにかく。
「うわーーーーーーっ!」
「ひゃっほーーーーーぅ!」
後方に向かって力強い爆発と共に、レティは滑らかなレールの上を滑る。湾曲したレールが彼女を突き動かす運動エネルギーの方向を矯正し、直上へと向ける。
それと同時に、レティが背負ったバックパックに火がついた。
「バックパックブースター点火!」
「ほぎゃーっ!?」
ごん、と勢いよく加速する。レティとラクトは大気の壁に激突し、猛烈な衝撃を全身に受ける。硬い空気の壁と、硬い胸部の壁に挟まれたラクトがこの世のものとは思えない悲鳴を上げるが、それもブースターの轟音にかき消された。
「だだだ、ダメージがががががっ!」
「大丈夫、全て地上の人たちが肩代わりしてくれます!」
凄まじい上昇圧力はダメージという形で二人の体を蝕む。しかし、彼女たちのLPは全く削れていない。
「ぐぼあっ!?」
「ぐべらっ!?」
「ぬがーっ!?」
「あるでんてっ!?」
「おんどぅるばっ!?」
代わり次々と断末魔を上げて爆散するのは、カタパルト周辺に集まっていた調査開拓員たちだ。“代償の護符飾り”を装備した彼らには、レティとラクトが受けるダメージが猛烈な勢いで流し込まれる。支援機術師たちによる回復を受けてなお追いつかず、一人また一人と脱落していく。
それでも。
「うおおおおおおおっ!」
彼らの犠牲を無駄にはしない。
レティは空気抵抗をできるだけ減らすため体をまっすぐに伸ばし、直上に向かって飛び上がる。
「第一弾ブースター分離。第二弾ブースター点火」
がごん、と機構が動きバックパックの大部分を占めていた燃料タンクがパージされる。それと同時に二つ目のブースターが火を吹き始める。
「そろそろピラーの反応範囲内です。ラクト、打ち合わせ通りお願いしますね」
「あわわわわっ!」
レティは自身の胸に収まる少女をぎゅっと抱きしめる。天空に広がる逆さまの街からは銀色の円柱がいくつも垂れ下がっている。レティたちが一定の高度に達した瞬間、それらが一斉に光った。
「来ます!」
「あわわわ……」
ラクトはまだ混乱を脱していない。
レティは無防備なままだ。
「ラクト、レッジさんが待ってますよ!」
「あわっ――。うわああああっ! 『
瞬間、アーツが大空に展開される。生み出されたのはキラキラと輝く小さな雪だるま。氷でできた半透明の傘を広げ、ふわふわと浮かぶ。それが無数に生み出され、周囲に配置された。
その直後、一直線にレティたちを狙って飛んでいた太いビームが、次々と軌道を逸らす。彼らが狙ったのは、ふわふわと浮かぶ可愛らしい雪だるまだった。
「ナイスです、ラクト!」
「うおわああっ!」
アーツによるデコイ。雪だるまの儚い犠牲によって、第一射を凌ぐことができた。
しかし、ピラーは十秒程度の再装填時間ののち、再び正確無比な狙撃を繰り出すだろう。
「ラクト、三秒後に!」
「分かってるよ! ――『
ラクトが生み出したのは巨大な氷塊。ただひたすらに大きい。それだけを求めた氷の巨塊。
ずもも、とレティたちの頭上に影を落とす。それはカタパルトの爆発から緊急避難したネヴァたちにも鮮明に見えていた。
その巨大な氷に向かって――。
「『時空間波状歪曲式破壊技法』――ッ!」
レティの巨大ハンマーが、叩きつけられた。
衝撃波が広がり、空を歪ませる。立て続けに起きる異常事態に大物産展の撤収作業をしていた調査開拓員たち、他種族たちが目を見張る。彼らは一様に空を見上げ、その幻想的な光景に呆然としていた。
『えー、それでは本日のお天気をお伝えしましょう』
どこかで実況中継バンドのリポーターがマイクを握り、カメラに向かって話しかける。
『〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層、地上街。晴天のち曇り。時々、氷の雨が降り注ぐでしょう』
それは雹じゃないの? と多くの調査開拓員が思った。危機管理能力の高い調査開拓員は素早く傘を取り出した。直後、鋭く尖った氷の破片が、車ほどもある氷の塊が、次々と地上街へと降り注ぐ。
「うわーーーーっ!?」
「お、俺の店が!」
「ドワーフ、グレムリン、コボルドは避難しろ!」
「人魚は水球で守ってくれ!」
阿鼻叫喚の地上。調査会開拓員によるアーツであるため、そこにダメージはないが、それでも衝撃は消えないのだ。そして、氷を降らせた張本人を責めようにも、彼女たちはここにはいない。
「ラクト、駆け上りますよ!」
「ひぃんっ」
黒鉄の機械脚。ネヴァが整備した最新型が動き出す。
レティは落ちていく氷塊を蹴り、飛び上がる。
「一気に、天空まで!」
たっ、たっ、たっ。
空中の氷を足場に、駆け上る。自由落下の速度よりも早く。次々とピラーからビームが放たれる。しかし、あるものは細かく飛び散った氷の破片によって拡散し、またあるものは機敏なレティのステップで避けられる。
タイプ-ライカンスロープ、モデル-ラビットの鍛えられた脚力。高レベルの〈跳躍〉スキル。そして何よりも天性のセンスによって、彼女は空を駆けていた。
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Tips
◇ 『
二つのアーツチップで構成される水属性攻性機術。光属性の攻撃を誘引し反射する、幻想的な雪だるま。
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