第1345話「君しかいない」

 黒雲を切り裂き、大声を上げながら落ちてくる。それはくるりと体の向きを変えると、黒鉄の先鋭的な足を長く突き出した。次々と迫り来るピラーの狙撃を軽やかに回避して、彼女は一直線にこちらへ飛び込んでくる。


「成敗!」

『きゃああっ!?』


 一直線に落ちてきた彼女は、そのままオラクルに直撃する。予想外の方向からの一撃がクリーンヒットし、オラクルが大きな悲鳴をあげた。

 俺はテントの中から一連の騒動を見届け、巨大なクレーターを作り上げた張本人を目視する。長い赤髪を風にたなびかせ、むんと胸を張る少女。


「レティ、どうやってここまで来たんだ」


 そこに立っていたのは、地上街に取り残されていたはずのレティその人だった。


━━━━━


 レッジがレアティーズと共に空へ落ちていった直後。レティたちは中央指揮所へと参集し、対策を練っていた。まず第一にピラーの猛攻を掻い潜りながら、天空街へと到達しなければならない。第二に、天空街は地上街とは逆方向に重力が働いており、それに対応しなければならない。

 少し考えただけでも、この二つが大きな障壁として立ちはだかった。


「航空機を飛ばすのは非現実的だな。あのピラーの狙撃は厄介すぎる」


 腕を組んで低く呻くのは、黄色いヘルメットがトレードマークの〈ダマスカス組合〉が組合長クロウリだ。彼とは犬猿の仲である〈プロメテウス工業〉のタンガン=スキーも、これには同意する。

 緊急発進した虎の子の超音速航空機が撃墜されたのだ。ピラーの攻撃力は他の面々も地下街の大規模侵攻時に身に染みて理解している。


「そこはこっちに任せなさい」


 無理難題を自ら引き受けるのは、レティが緊急で呼び寄せた専属職人のネヴァだった。彼女は何か腹案があるのか、その豊かな胸をぽんと叩く。


「その代わり、ダマスカスとプロメテウスにも色々提供してもらうわよ。物資も人員も」

「むしろ願ったり叶ったりだ。ネヴァの技術も盗み放題ってことだろう?」

「ふふっ。盗めるもんならね」


 技術者同士の緊張感のあるやりとりで、話が進んでいく。


「ひとまず、天空街に向かうのは一人か二人。多くても三人程度の少人数がいいでしょう」


 そう端緒を開いたのはレティである。空に質量を持ち上げるのならば、単純に軽い方が手間も少ない。また、的が小さい方がピラーの狙撃を掻い潜れる可能性も高まる。とはいえ、ピラーの狙撃精度はかなり高いため、そちらはあまり関係がないかもしれないが。


「人選ですか。それなら俺が――」

「兄貴は留守番に決まってるでしょ」

「そんな!」


 いの一番に前へ出ようとしたアストラがアイに止められる。この急激に状況が変化していくなかで、全体指揮が取れる指揮官は重要だ。そして、それができるのはアストラ以外に存在しない。


「で、ですからここは私が……」

「アイだって第一戦闘班の指揮があるだろ。俺がいけないなら、お前も残れ」

「ぐぬぬ」


 おずおずと手を挙げようとしたアイは、不満顔のアストラに阻まれる。醜い兄妹のやりとりだった。


「単純に考えて、レティたちが適任でしょう。身軽ですし、レッジさんを迎えに行かないといけないですし」


 結局、レティの言葉に反論できる者もおらず、人選は決まった。


「それじゃあ、簡単に構想を話しましょうか」


 ネヴァの力で、レティを天空街まで飛ばす。この作戦は既定路線だった。

 大会議室のテーブルに急拵えの図面が広げられる。ネヴァがこの短時間で描き上げた、今回の作戦のために必須となる設備の設計図だ。それを見たクロウリたち職人組は、思わず目を見張る。


「これは……」

「詳しい検討をしてる暇はないわ。とりあえず、この通りに組み立ててちょうだい」


 ネヴァの要請を受けて、職人たちが動き出す。突如として騒然となる現場で、ラクトは心配そうにレティの様子を窺っていた。


「レティ、本当に大丈夫なの?」

「うーん、どうでしょうねぇ」


 予想外に曖昧な答えが返ってきて、ラクトの方がたじろぐ。しかし、レティはいつもの溌剌とした表情を崩さず、口元に笑みさえ浮かべて続けた。


「まあ、なんだかんだでなるようになりますよ。いつもそうじゃないですか」

「それはそうかもしれないけど」


 なんだかんだでなるようになる。行き当たりばったり、勢いだけで突っ走る彼女らしい言葉だ。しかし、ラクトはまだそこまですっぱりとは割り切れない。

 いつの間にか天空街には分厚い黒雲が広がり、雷鳴が遠く轟いている。あの向こうでレッジが戦っているのだ。


「ああ、そうだ。ラクトも付いてきてもらいますからね」

「えっ。えええっ!?」


 当たり前の如く告げられた言葉に、ラクトは驚愕する。初耳だった。


「わたし、そんな飛べないよ?」

「レティが抱えますから。それに、ラクトがいないとダメなんです」

「そんな調子のいいこと言って。また何か騙してるでしょ」

「違いますよ。本当に、ラクトの助けが必要なんです」


 疑り深い少女に苦笑しながら、レティは協力を求める。

 ネヴァも構想が実現しても、まだ天空街には届かない。その先を進むために、どうしてもラクトの力が必要なのだ。


「ちなみにLettyは?」

「いくらレティさんの頼みでも、高いところは無理です!って言って逃げちゃいました」

「そっかぁ」


 ラクトはこの場にいないもう一人の赤兎の所在を聞いて、なるほどと頷く。似ているようで何かと違うところも多いのだと、最近分かってきた。


「他のメンバーは検討しなかったの?」

「トーカだと意味ないですし、シフォンは極限状況だとあんまり意志の疎通ができないですからね。ミカゲも今回ばかりはちょっと。エイミーは重すぎいたっ!」

「失礼ねぇ、全く」


 レティのウサミミの隙間に拳が落とされ、小さな悲鳴が上がる。後ろから忍び寄っていたエイミーは、そんな彼女の肩に手を置いて、優しく労わる。


「緊張してるみたいだけど、そんなに気負わなくていいわよ。どうせレッジはなんだかんだ上手くやってるでしょうし」

「それはそうかもしれないですけどね……」


 普段なら、レティもエイミーが背後から近付いて気づかないことはない。不意打ちを受けたのは、それだけ集中できていない証拠だった。それを暗に告げられ、レティは困ったように眉を寄せる。


「多分レッジは、可愛いエルフの女の子と遊んでるんでしょう。それを止めにいこうって思うくらいでいいんじゃない?」

「そうですかね? ……そうかも。なんだかイライラしてきましたよ」


 エイミーの曲解にレティも調子が乗ってくる。あまりに単純な彼女に、ラクトが思わず苦笑する。

 その時、指揮所の外からネヴァの声が聞こえた。


「レティ。準備できたわよ!」

「おっ! 早いですね。ラクト、行きましょう」

「う、うん。って、まだわたし何をするか聞いてないんだけど!」

「来たら分かりますよ!」


 レティに手を引かれるまま、ラクトは外に出る。そして、今度こそ驚愕に目を見開いた。


「どう? なかなか立派でしょう」

「調査開拓用機会人形専用電磁射出式垂直カタパルト。なるほど、これはなかなか面白いじゃないか」

「ほれ、“免罪の護符飾り”じゃ。付けておけ」


 そこに用意されていたのは、いかにも急造しましたと言わんばかりの素朴な鉄筋製構造物。長いレールが足場に敷かれ、垂直に向かって伸びている。


「あの、レティ……?」

「さ、ラクト。一緒にいきましょうね」


 さっと顔を青ざめるラクト。しかし、その手をレティはがっちりと掴んで離さない。


「大丈夫ですよ。“免罪の首飾り”を付けておけば、ダメージはノーカンですから」

「そういう問題じゃないよね!?」


 逃げようとするラクト。当然、レティからは逃げられない。がっちりと捕獲され、そのままレールの終端に設置された固定具へと連行される。

 カタパルトの周囲にはレティたちの“免罪の護符飾り”と紐づけられた“代償の護符飾り”を装備した数十人の調査開拓員たち。


「ちょっとレティ!? なんか数多くない!? どれだけダメージ受けるつもりなの!?」

「大丈夫です。一回なら食いしばりもあるので」

「レティ!?」


 時間がない。交渉の余地もない。

 ラクトが悲鳴をあげるなか、カタパルトが動き出す。


━━━━━

Tips

◇ 調査開拓用機会人形専用電磁射出式垂直カタパルト

 調査開拓員ネヴァによって設計された調査開拓員専用カタパルト。調査開拓用機会人形を垂直に射出する用途のみを考えたものであり、打ち出される調査開拓員へのダメージなどは特に考慮されていない。

“俺たちの屍を越えて行け!”


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