第1344話「メッセージの主」

 雷鳴と雷鳴が轟く。閃光が景色を白く染め、影を消し去る。オラクルの放つ稲妻は数と勢いを増し、戦いは更に熾烈なものへと変わっていった。しかし剛雷轟く霹靂王花は周囲の雷を吸収する。これの近くで戦えば、かなり安全に立ち回ることができた。


『厄介ですね、そのお花』

「そうだろう。おかげでウェイドたちからも狙われてるんだ」


 うまく利用すればエネルギー問題を一挙に解決できるだけの潜在能力があるのに、ウェイドたちは危険だからの一点張りでなかなか研究開発を許してくれない。そんなことを愚痴っても、オラクルはあまりピンと来ていない様子だったが。

 ただ、霹靂王花の厄介さは身に染みて理解したのだろう。彼女は戦い方を変える。


『大地よ蠢け。我が意のままに』


 足元の地面が揺れ、勢いよく隆起する。白い廃墟の瓦礫が次々と帯電して浮き上がる。オラクルの周囲に集まった大岩や瓦礫が、彼女の指先の動きに合わせて猛烈な勢いで射出される。


「うおっ!? 物理攻撃は卑怯だろ!」

『うふふっ♪』


 帯電させた物体を、磁力か何かで浮かせているのか。その実現にどれだけの電力が必要なのか考えたくもないが、非現実的な光景であることは理解する。たしかに稲妻なら霹靂王花が全て凌ぐが、物理的な岩の弾丸は少々分が悪い。

 ヒュンヒュンと軽い調子で飛んでくる大岩は、その一つひとつが致命的な力を有している。さすがにパリィも間に合わず、俺は逃げに徹することを強いられた。


「大岩が、多いわ。なんつってな」

『まだ余裕がありそうですね。30%増量しましょう』

「うわーーっ!?」


 ちょっと場を和ませようと思っただけなのに、虎の尾でも踏んでしまったか。飛んでくる瓦礫の密度が急激に高まり、窮地に陥る。

 相手は遠距離から次々と岩を放ってくる。しかし、俺は遠距離攻撃手段を持たない。ダメージを入れるためには接近するほかないのだが、それが難しい。根本的に相性が悪い。

 向こうもそれなりに消耗していておかしくないのだが、そんな気配も全くない。無尽蔵の体力を持っているのか、かなりコストを圧縮しているのか。どちらにせよ、このままではこちらのジリ貧だ。


「よし、まあ、行けるだろ」

『っ?』


 霹靂王花が著しいダメージを受け、自重を維持できなくなり崩壊する。周囲に雷撃を放ちながら巨大な植物が倒れていった。土煙が舞い上がり、一時的に俺の姿を隠してくれた。

 その隙に、俺は行動を開始する。


「悪いが、いつまでもそっちのフィールドで戦ってる暇はないんでな」

『あら、あらあら』


 立ち上がる。テント。多数の装甲板を備えた実戦用の要塞テントだ。ただしそれは非常に小さい。俺ひとりを収めたら、それ以上はもう入れないほどの窮屈さ。しかし、他にオラクルの攻撃を引き受けてくれる人の居ない状況では、このサイズが展開できるギリギリだろう。


「テント“極光”とテント“黒箱”。とりあえずこれだけ展開すれば、そっちの攻撃は耐えられる」


 複合型大規模多層式防御陣地“八雲”を構成する八つのテント。そのうち、雷耐性と物理耐性に特化した二つのテントを最小構成で構築した。ここに引きこもっていれば、オラクルの雷も瓦礫も凌げる。


『この後に及んで亀のように引きこもるとは。神様らしくありませんね?』

「なんとでも言ってくれ。こっちはか弱い一般男性なんだ」


 雷鳴が轟き、岩の雨が降る。だが、テントの中に入った俺には届かない。オラクルは更に出力を上げるが、まだまだ余裕だ。


『くっ、このっ!』

「あれぇ? この程度も打ち壊せないのか? 天空の監視者とやらも案外非力だな。それとも、もう俺を認めてくれたのか?」

『うるさいですね……ッ!』


 よしよし、ダメージはめちゃくちゃ受けているが、なんとか修復が間に合う範囲だ。俺のテント修復材の在庫が尽きるまでは、十分に耐え切れるだろう。

 オラクルはムキになって次々と攻撃を繰り出す。そのままどんどん消耗してくれ。

 俺は更に黒い直方体の筐体をテント内に設置する。それだけで内部空間をかなり圧迫するが、背に腹はかえられない。


「さあ、どんどん羽虫が飛んでくるぞ!」


 DAFシステムを起動する。重量的にひ弱な俺が持ち込めたのは軽量化を施した改良版だけだが、それでも牽制程度には使えるだろう。“統率者”のバックアップを受けながら、“狙撃者”と“狂戦士”を次々と展開する。


『なんと卑怯な! 神様なら正々堂々と立ち向かってください!』

「なんとでも言え! とにかくオラクルを打ち倒せば勝ちなんだろう? ――ああ、足元にも気を付けろよ?」

『なっ!? きゃああああっ!』


 雷鳴に紛れて、爆発音。オラクルが地雷を踏み抜いたのだろう。

 稲妻と瓦礫の雨に紛れながら、周辺一帯に罠を仕掛けた。おかげでオラクルはテントにもおいそれと近づけない。


『騙し討ちなんて!』

「ちゃんと忠告はしただろ」

『うるさいです!』


 電流が地面を這う。せっかく仕掛けた地雷が、次々と爆発する。くそう。彼女の雷撃はずいぶんと応用も効くようだ。

 とはいえ……。


「地雷だけだと思ったら、大間違いだぞ」

『くぎゃっ!?』


 こちらへ猛然と駆け寄ってきていたオラクルが突如前のめりに転倒する。極細のワイヤーに足を引っかけたのだ。


『こ、この……!』


 ぷるぷると震える白いエルフは、ずいぶんとご立腹の様子だ。しかし、拳を振り上げて怒りを示そうにも、狙撃者が次々と弾丸を打ち込んでくる。止まれば自爆特攻の狂戦士が勢いよく飛び込んでくる。


『ぎゃっ、くっ、卑怯な!』

「ふはははっ! なんとでも言え! 最後に立っている方の勝ちなんだ!」


 オラクルがこちらを睨みつけるが、非難される謂れはない。そっちだって遠距離攻撃で俺の接近は許さなかったのだ。


「しかし、ハッキングされるのを怖がってたんだが、それはしないんだな。正々堂々と戦うためか?」

『ハッキング? 何のことですか』

「こっちのシステムに潜り込めるだけの力があるんだ。俺のDAFシステムくらい簡単に掌握できるだろう」

『よく分かりませんけど、そんな卑劣な真似はしませんよ』

「うん?」


 オラクルとの会話で違和感を抱く。彼女は調査開拓団の通信システムに介入できるほどの力を持っているはずだ。だから俺も戦々恐々としながらDAFシステムを投下したのだが。

 今の所、彼女は純粋なパワーだけで俺を阻もうとしている。


「これ、オラクルが送ってきたんじゃないのか?」

『はい? 私はあなたにコンタクトを取ったことなんてありませんよ』


 どうにも話がすれ違っている。俺が一度DAFシステムを止めると、オラクルも攻撃の手を止めた。お互いの動きを注視しながらも、一時停戦だ。

 俺は彼女に、バイナリデータで送られてきたメッセージを見せる。それを解読すれば、ここへの道を指し示す、重要な手がかりとなるものだ。


「“裏返る空の下、見下ろす者より見上げる者へ。光の丘のその先へ、いざなう我の手を取りたまえ”って」

『……知りませんが』

「えっ」


 メッセージを読み上げるも、オラクルはきょとんとしている。こちらが隙を作るために嘘八百を並べているのでは、と疑ってすらいるようだ。


「じゃあ、これは一体誰が……? ほら、NULLの構造体の解析データとかも」

『だから、知らないと言っているでしょう。それ以上いい加減なことを言うとビリビリしますよ』

「待て待て!」


 こちらに向けて錫杖を構えるオラクル。必死にそれを抑え、思考を巡らせる。


「じゃあ、これって――」


 その時、黒雲を切り裂いて何かが落ちてきた。


「でりゃあああああああああああああっ!」


━━━━━

Tips

◇“極光”

 雷耐性に特化したテント。〈ワダツミ海底洞窟〉に生息する極雷ウナギの表皮を加工した高耐久絶縁素材が用いられており、稲妻を無効化する。


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