第1343話「雷鳴轟く戦場」

 雷鳴が轟く。閃光が走る。空気を切り裂き、稲妻が放たれた。金色の龍のように暴れる雷霆が束なってこちらへ迫る。槍を手に、地を駆ける。耳をつんざく轟音を。


「はぁあああっ!」

『貫け、穿て、轟け!』


 迫る稲妻を槍で弾く。

 現実離れした光景だが、それが可能だ。刹那の瞬間を見定めた完璧なパリィであれば。

 俺はシフォンのような天性の才能を持っていないし、エイミーのように鋭い目もない。それでも。


「とっ、たっ、おっと!」

『なかなかやるようですね。完全に死角から狙ったつもりなのですが』

「なんか嫌な予感がしたんでな!」


 サブアームも最初から展開し、スタートからフルスロットルだ。四本の槍で次々とパリィを決めて、雷撃を防ぐ。オラクルも驚いた様子で、さらに雷撃の間隔を狭めていく。

 俺は深く考えることなく、ただ直感にだけ従って槍を動かしていた。思い出すのはレアティーズ――正気を失っていた彼女との戦闘だ。


「目も見えるし、耳も聞こえるんだ。この程度、なんてことはない!」


 あの時は五感を封じられていた。あの戦いを経験したからか、第六感をさらに鋭敏に研ぎ澄ませることができるようになった気がする。そこに視界が加わり、聴覚があり、嗅覚、触覚も備わっているのだ。もはや、雷撃を凌げない理由がない。

 オラクルは俺が絶え間ない連撃にも耐えているのを見て、これでは埒があかないと判断したようだった。軽やかに跳躍し、後方へと下がる。距離を取り、時間を稼ごうとしている。


「させるか! 風牙流、一の技、『群狼』ッ!」


 さっきは中断させられてしまった技を解き放つ。前方に向かってまっすぐ貫く風の牙がオラクルへと噛みついた。

 その衝撃を真正面から受けた彼女は、呆気なく空中へと投げ出された。無防備な今が、畳み掛けるチャンスだ。


「っ!」

『うふっ。勘がいいですね』


 走りかけた足を、直感が止める。理由の分からないまま、警鐘が鳴り響いていた。

 重力に従い頭から落ちていたオラクルが微笑みを浮かべた。その時。


「うおおおっ!?」


 激しい放電が全方位へと広がる。オラクルを中心とした強力な範囲攻撃。それは周囲の廃墟を粉々に砕き、地面すら大きくえぐった。


「どんな威力だよ……」

『この程度、天変地異には程遠い。神の御力の一端ですらありませんよ」


 慄く俺にオラクルは誇らしげに語る。錫杖をくるりと回し、空中に浮かんだまま停止してこちらを睥睨していた。フードが外れ、純白の長髪が現れる。静電気でも帯びているのか、バチバチと不穏な音を立て、ゆらゆらと揺らめいている。


『まだまだ、これからが試練の本番です』


 彼女の手から、雷球が次々と生み出される。それはみるまに大きく増大し、周囲に電流を走らせた。直径1メートルほどにまで育った雷球が九つ。ぐるぐると回転しながらこちらへ迫る。


『稲妻からは逃れられません』

「くっ!」


 再び無数の稲妻が放たれる。しかも今度は九つの雷球からも。単純に物量が十倍になっただけではなく、あらゆる方向に気を張らなければならなくなった。


「『パイルショット』ッ!」


 幸い、雷球も無限に存在し続けるわけではない。それぞれの上部にHPバーのようなものが表示されている。時間経過でもジワジワと減っているし、攻撃を加えるとダメージに応じて削れる。


「とはいえ、これを全部壊すのは骨が折れるな」


 雷球を一つ一つ潰していけば、なんとかこの場は凌げるだろう。

 しかし問題はその間ずっとオラクルが自由になってしまうことだ。この雷球をいくつ出せるのかも分からないが、放置していていい相手でもない。


『あら、直接こちらへ?』

「大元を断った方が効率がいいだろう」

『それはどうでしょうか。――連鎖累電♪』

「ぬああっ!?」


 九つの雷球が太い電流で繋がれる。その中でエネルギーが渦巻き、増幅する。放たれたそれは、輪唱機術レベルの大規模な雷の奔流だ。


「卑怯なことを――」

『この程度で死ぬようなら、ただの愚者というだけです。さあ、頑張ってください』


 慌てて逃げる俺を、オラクルはあえて追ってこない。彼女はこの戦いを楽しんですらいるようだった。


「一応聞いとくが、話し合いで解決するって道はないか?」

『詭弁を弄するのは愚者の得意とするところでしょう。純然たる力は百弁を語るに勝ります』

「……なるほど」


 交渉は決裂。平和的な解決の道はすでに潰えているということか。

 ならば、仕方がない。


「俺は自分が神かどうか分からんが、この先にいる神様とやらには用があるんだ。通らせてもらう」

『では、そのように』


 雷球が増える。黒雲が厚くなる。

 さらには雨までもが降ってきた。

 天変地異は起こせないとか言っていたくせに、平然と天気は掌握してみせる。どこまでもぶっ飛んだ存在だ。それこそがエルフの真骨頂なのだろうか。

 こちらも負けてはいられない。槍を構え、ナイフを握り、種瓶を手にする。


「雨が降れば、緑が豊かになるって知ってるか?」


 投げる。

 ガラスが割れる。

 特濃の栄養液が種に触れ、その本能を刺激する。

 緑が溢れる。


「『強制萌芽』“剛雷轟く霹靂王花”」


 目には目を。歯には歯を。雷には雷を。

 大きな花を咲かせた植物が雷鳴を呼ぶ。その場は混沌とした嵐の様相へと変わる。


『ああ、ああ……! 素晴らしい力です。あなたは神様なのですね。これほどの力、そうでなくては!』


 オラクルを見れば、彼女は恍惚として雨を浴びていた。空を叩く雷鳴にうっとりと頬を赤らめ、身を捩っている。

 第二ラウンドの開始だ。


━━━━━

Tips

◇試練の雷球

 謎のエルフ、オラクルによって生み出される雷球。凄まじいエネルギーを内包しており、激しい雷を放つ。その力は卓越した雷属性機術師の術式にも匹敵する。


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