第1349話「白鹿庵の頭脳」

 天空街の中央に一際目立つ立派な建物がある。地上街からも目視ではっきりと確認できるほどの大きな建造物だ。宗教的な意匠がふんだんに盛り込まれていることから、俺は大聖堂と呼んでいる。

 そういえば、初めてオラクルを見つけたのも、この大聖堂の近くだった。

 周囲のほとんどが無惨な廃墟となるなかでほとんど損傷らしい痕もなく聳え立つ威容だ。当然、そこに何もないと考えるわけがない。


「とはいえ、戸締りはしっかりされてるみたいだな」


 オラクルをレティに任せて一人気配を忍ばせて大聖堂の前までやってきた。このまま中に入れたら苦労もしないのだが、そうは問屋が卸さない。大きな二枚扉は隙間なく固く閉じられ、取っ手も見つからない。とりあえず押してみても微動だにしない。自力で開けるのは難しそうだ。

 だからと言って、他に侵入路があるわけでもない。ぐるりと周囲を巡ってみるも、蟻の入り込む隙間すらなさそうだ。


「さて、どうしたもんか」


 レティのように物質系スキルが使えるなら、壁に穴を開けることもできるのだろうか。そもそも、この白い建材は塔を構成するものと同じだろう。となると、物質系スキルがあっても難しいかもしれない。

 いっそダメもとで爆弾でも仕掛けてみるか? 普通の火薬なら無理でも、乾燥花弁火薬ならなんとか……。


「うん?」


 比較的脆そうな場所を探していると、異変に気がつく。純白の外壁だと思っていたのだが、微かに青い光が細かく明滅しているのだ。それが何かの記号のようにも見える。

 カメラを構え、写真を撮る。画像編集でコントラストを変えてみると、外壁にびっしりと謎の記号が浮かんでいることが分かった。


「これは……何かしらの暗号。いや、独自の言語か」


 なぜ大聖堂だけこんなものが?

 周囲の廃墟を見てみるも、青い光は浮かんでいない。廃墟になると機能が失われるからだろうか。

 というか、順当な手順でいくと、オラクルを倒したあとにこの謎を解明するフェーズが挟まるのか。面倒すぎる。このイベントを作ったシステムAIには申し訳ないが。


「アストラに連絡して、解析班にデータを渡せれば解読できるんだろうが……」


 生憎、天空街はTELの通信圏外だ。地上街にいる他の調査開拓員たちとは会話ができない。

 俺一人だとこの言語を解読するのにはかなり時間がかかるだろう。それこそ、レティとオラクルの戦いに決着がつくのに間に合わない。


「誰か、賢い仲間がいたらよかったんだが……」

「レッジ!」


 苦しい状況に唸っていると、背後から名前を呼ぶ声がする。

 驚いて振り返ると、そこにはレアティーズと並ぶラクトが立っていた。


「ラクト!? 来てたのか!」

「レティと一緒にね。レアティーズを保護するために別れたんだよ」

「そうだったのか……。いや、ラクト、よく来てくれた!」

「うわっ!?」


 これぞまさに天の配剤。青天の霹靂だ。俺は感極まって、思わず彼女を抱き上げる。高い高いと彼女を掲げると、ラクトは驚いた顔でじたばたと足を動かした。


「ちょ、何を――もうっ!」

「ごばっ!?」


 彼女のキックがちょうど俺の顔面にクリーンヒットする。鋭い衝撃で正気を取り戻し、彼女を地面に戻した。レアティーズが後ろから怪訝な顔をしている。


「ともあれ、よく来てくれた。ラクト、これを見てくれ」

「うーん?」


 俺はラクトとレアティーズに、大聖堂の壁面に浮かんでは消える文字を見せる。

 どちらか片方、特にレアティーズなら知っているかとも思ったのだが、生憎彼女もこの文字は読めないらしい。柳眉を寄せて首を傾げている。


「この記号がどうかしたの?」

「解読したいと思ってな」

「えええ……」


 薄々予想はしていたのだろう。ラクトは俺の提案に露骨に顔を逸らす。

 拝むように手を合わせ、頭を下げる。彼女はやりにくそうな顔をする。もっと困ってくれ。


「普通にレティに加勢して、あのエルフを倒すのが先じゃないの?」

「それだと面白くないだろ。そもそも、俺はエルフを倒したくない」


 オラクルを倒せば、確かに道は開けるだろう。しかしそれでは彼女が浮かばれない。

 俺がわざわざ戦いをレティに押しつけてまで大聖堂にやってきたのは、両者が助かる道を探すためだ。ハードモードと分かっていても、試したい。

 どうせ、ここで俺たちが負ければ今度こそアストラたちが動き出す。そうなれば、オラクルは順当に攻略されてしまうだろう。


「はぁ……。レッジってほんとそういうところあるよね。そういうの、他の人にやっても迷惑なだけだよ」

「分かってるさ。だからラクトに頼むんだ」

「んんっ」


 懇願ののち、ラクトがついに折れる。


「ああもう、分かったよ! 解読できるとは言ってないからね!」

「ありがとう! さすがラクトだ!」


ラクトは俺から逃げるように大聖堂へと向かう。そして、次々と浮かんでは消えていく謎の記号群をざっと眺めた。


「だいたい種類としては30くらいだね。完全ランダムじゃなくて、規則性はありそう」

「とりあえず頻度分析っぽいことはやってる。それも参考にしてくれ」

「レッジ一人で解読できるんじゃないの……?」


 各種記号の出現頻度を記したテキストデータを渡すと、ラクトが疑念に満ちた目を向けてくる。確かに時間をかければできなくはないだろうが、今は時間が惜しいのだ。


「今はDAFシステムも動かしてるし、いくつか手動制御の罠もあるからな。正直、頭が忙しすぎるんだ」

「ええ……」


 オラクルに戦線離脱がバレないように、一応俺は今も戦いには参加しているのだ。おかげで脳のリソースの半分くらいしか使えていない。そう言うと、ラクトが変なものでも見るような目を向けてきた。


『二人とも何の話してんの?』

「レッジが規格外のすっとこどっこいって話だよ」

『すっとこ……?』


 一人置いていかれたレアティーズには申し訳ないが、彼女に説明している時間も惜しいのだ。

 そんな話を交わしながらも、俺とラクトはデータを集め、解析している。


「まあ、だいたいパズルっぽい感じだね。基本のアルファベットで26文字、あとは制御系の特殊記号かな。文法もそこまで変わった感じのものでもないし、ちょっと分かってきたかも」

「さすがラクトだな」

「ふふん。もっと褒めてくれていいからね」


 普段からパズルを趣味にしているだけあって、ラクトは驚異的な推察、分析、予測能力で真理に迫っていく。俺にはなかなか真似できない芸当だ。


「レアティーズはこの記号に見覚えはないんだよな?」

『うーん。古代エルフ語とも違うと思うし。お祭りの時に使う衣装の模様にちょっと似てるかも?』

「一応古代エルフ由来の何かってことはあってそうだな。それが分かっただけでも御の字だ」

『う、うっす!』


 レアティーズは自分が役立たずになっているのが不安な顔をしているが、そんなことはない。彼女の知識があれば、少なくともこの解読作業が徒労に終わることはないと確信できるのだ。

 あとは俺とラクト。二人の頭脳でゴリ押すだけだ。レティがオラクルを抑えている間に。この文字を、メッセージを解読する。


――ピロンッ


「うん?」


 その時、不意にメッセージを受信する。変なことだ。ここはTELの通信圏外であり、メッセージも届かないはず。発信者がレティやラクトであればその限りではないが、二人ともそんな暇はないはず。

 となれば、差出人は――。


「なるほど。あっちはしっかり見てるみたいだな」

「どうかしたの?」

「解答用紙が届いただけだ。解読を進めよう」


 バイナリデータが羅列された長大なメッセージ。俺はそれを軽く解読し、その差出人を察する。

 とにかく、俺の行動は間違っていない。それが分かっただけでも心強い。


「ラクト、どうだ」

「うん。分かりそうだよ」


 〈白鹿庵〉随一の知能が、謎の記号に込められた意味を解き明かす。


━━━━━

Tips

◇大聖堂

 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層の天空街に存在する大規模建造物。周囲の廃墟群とは対照的に外見に目立った傷はなく、宗教的な意匠が多く掘り込まれた純白の姿をそのままにしている。

 由来、目的、正体、詳細、そのすべてが謎に包まれた、ミステリアスな建造物。


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