第1341話「死の代償」

「――ぅぉぉぉおおおおおおわあああああっ!?」

『きゃああああっ!?』


 遠ざかる地上街の白い街並み。大物産展の賑わいがモザイクのように曖昧になっていく。それと同時に眼下に迫る廃墟の街。天空街の姿が鮮明になってくる。俺とレアティーズは手を取り合い、お互いが離れないようにしながら覚悟を決める。


「しっかり掴まってろよ!」

『うんっ、うんっ』


 レアティーズが目の端に涙を浮かべ、コクコクと頷く。

 それを見て、俺も動き出す。

 槍とナイフを構え、タイミングを見計らう。チャンスは一度きり、猶予は一瞬。決めなければ、俺もレアティーズも死ぬ。

 ――FPOには落下死という概念がある。高所から無策に落ちれば、当然相応の衝撃を受け、ダメージとしてLPを削るのだ。それを解消するにはいくつかの方法が考えられる。そのうちの一つで、もっともオーソドックスなものは〈受身〉スキルのレベルを上げること。

 着地する際にうまく体を丸めるようにして受身を取ることができれば、衝撃をかなり殺すことができる。現状、〈受身〉スキルレベル80の受け身の達人による最高落下高度は3,000m弱。調査開拓領域屈指の高さを誇る〈オノコロ高地〉の断崖絶壁も無傷で降りられる。

 とはいえ、明らかに地上街から天空街までの距離はそれをはるかに超えている。

 そして、当然の如く俺は〈受け身〉スキルなど持っていない。よしんば持っていたとしても、俺が無事なだけでは意味がない。優先するべきはレアティーズの方だ。俺はともかく、彼女は死ねば死ぬ。

 だから、もう一つの落下ダメージを免れる方法を使うしかない。


「――風牙流、一の技!」


 目測で距離を測る。ぐんぐんと地面が迫ってくるなか、冷静にカウントを進める。

 “型”と“発声”がちょうどいいタイミングで完了しなければならない。少しでも技の威力が落ちれば、九死に一生を掴めない。冷静に、慌てず騒がず。


「――『群ろぉあああっ!?」

『きゃああっ!?』


 最後の発声の直前、視界の端に青い光を捉えた。それが天空街から迫り出したピラーによるレーザー攻撃であると分かったのは、破綻したテクニックの反動で軽く吹き飛んだ直後のことだ。


「チッ、歓迎が多すぎるだろ!」


 次々と地面から迫り出してくるのは太い円柱上の物体。〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層において環境をリセットするために発動される都市防衛設備だ。次々と放たれる極太のレーザーが俺たちを掠める。

 初撃を躱せたのは『群狼』の暴発で反動が起きたから。奇跡のようなものだ。

 それ以降のものを避けるのは至難の業だった。


『“邪なる影よ繭となりて我らを包み、その身を蝕み、全てを祓え”ぇええっ!』


 いくつもの条光が迫る。それが俺たちを貫く直前、黒いバリアが俺たちを包みこんだ。間一髪のところだ。直後、レーザーが到達し、そのバリアによって阻まれ霧散していく。


『ふぅぅ、ふぅう。きっちぃ!』

「大丈夫か?」

『マジヤバ! もーぜんぜんヤバすぎる!』


 バリアの根源はレアティーズだ。彼女が咄嗟に身を守る魔法のようなものを使ってくれたのだろう。しかし、消耗が激しいのか、攻撃が強すぎるのか、無数の攻撃に曝されてバリアは嫌な亀裂を走らせる。

 限界が近いことは、彼女の顔色からも明らかだった。


「くそ、地面が近い!」


 そして何より、俺たちには猶予がない。『群狼』が破綻して数秒しか経っていないにも関わらず、地面は驚くほど近づいている。自由落下によって、こちらの状況に関係もなく衝突の時間は迫る。

 もう一度『群狼』を放つ余裕はない。到底間に合わない。

 ではどうすればいいのか。


「――レアティーズ。5秒後にこれを俺に向かって」


 顔色の悪いエルフの少女にアイテムを渡す。そして、俺は槍を逆手に構え、同時に胸元の八尺瓊勾玉に手で触れる。


『レッジ!? 何をやるつもりなの!?』


 レアティーズが叫ぶ。説明している暇はない。

 地面が迫る。

 俺は彼女を抱きしめ、自分が下になるように体勢を変える。そして――。


『レッジ!』


 ぐしゃっ。


 強い衝撃。ブラックアウト。

 俺のLPが全て削れる。超高所からの自由落下だ。その衝撃はたとえ〈受身〉スキルがレベル100でもなす術はない。俺の体は強い衝撃に耐えきれず、粉々に砕け散る。

 だが、死んではいない。


「……『セップクスタブ』ッ!」


 落下ダメージによってLPがゼロに向かう直前、〈槍術〉スキルの自滅テクニックを差し込む。強制的にLPに対して固定ダメージが入り、残存LPがある場合は10秒後にLPが40%回復する。

 ダメージの上書きによる死の回避。ただし、当然の如くリスクは付きまとう。そもそも、固定ダメージによってLPがゼロになれば死ぬ。

 重要なのは、落下ダメージではなく自傷ダメージという点だ。加害者の存在しない暴力でなければ、システム的に扱いが別となる。その結果、その効果が発動する。


「“死地の輝き”ッ!」


 全身が赤い光に包まれ、胸元のペンダントが粉々に砕ける。

 装備者のLPが50%以下の際、残存LPを超えるダメージを受けた際にLPを1のみ残して耐える。いわゆる食いしばりとも呼ばれる効果。それは落下ダメージでは適用されないが、『セップクスタブ』の自滅ダメージであれば対象となる。


『てりゃああっ!』


 直後、レアティーズが勢いよく俺の胸にアイテムを叩きつける。


「おごほっ!?」


 勢いよく流れ込むのはレアティーズが受けるはずだった莫大な落下ダメージの衝撃だ。それを、LPが1に固定された俺に飛び込んでくる。

 アイテム“代償の護符飾り”。それはレアティーズが装備した“免罪の護符飾り”と対をなすもの。“免罪の護符飾り”の装備者が受けたダメージを、全て“代償の首飾り”の装備者へと移す。

 “死地の輝き”と同じ首飾りカテゴリのアイテムであり、俺は自力で装備する暇がない。しかし、レアティーズによって装備させてもらえれば。


「がはっ、げほっ。だ、大丈夫か、レアティーズ」

『う、うん。なんともないよ……』


 コンマ数秒という刹那の猶予時間。それを奇跡的に切り抜けることもできる。

 “死地の輝き”によって強制的に1となっていたLPが、『セップクスタブ』の効果発動によって四割にまで回復する。更に急いでLPアンプルを砕き傷を癒す。


「なんとかなったみたいだな」


 忙しないこと極まりない。しかし、俺たちはなんとか、無事に着地に成功したようだ。


『こ、怖かったぁ……』

「おっと。レアティーズもありがとう、助かったよ」


 腰が抜けたのか、へなへなと崩れ落ちるレアティーズを受け止め、ゆっくりと座らせる。とにかく、ピラーの追撃もなさそうなのは僥倖だった。今のうちにテントでも建てて安全の確保をしなければ。

 そう思った矢先のことだった。廃墟の影から人の気配がする。反射的に目を向ける俺の前に現れたのは、遠くに見えていた謎の人影。白い外套に身を包んだ謎の存在。


『ようこそ、いらっしゃいませ。神様♪』


 フードの下から現れたのは、幻想的な白いエルフの女性だった。


━━━━━

Tips

◇闇夜の影繭

 カオスエルフが使用する原理不明の超常的な現象。全身を黒色の微細な糸で囲み、繭のように包み込む。ダメージを吸収する作用があり、一定以上のダメージを無効化する。


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