第1340話「空へ至る道」

 突然空に向かってレッジの姿はレティたちからもよく見えた。何より、その後を追いかけて禍々しい翼を広げたレアティーズの姿が鮮明に映る。


「レッジさん!? 何をやってるんですかあれは!」

『レティ、私を持ち上げてください! よく見えないです!』


 足元で騒ぐウェイドを持ち上げて、人混みの上からレッジたちを見せる。レッジの動きは見るからに奇妙なものだった。まるで一人だけ重力の向きが変わったかのように、上に落ちていっている。

 レティたちもレッジの元へと向かいたかったが、周囲の人の密度が高く、それも難しい。やきもきとした気持ちでいると、レアティーズが翼を広げて飛び上がり、レッジに向かって腕を伸ばしていた。


「レアティーズさん!」


 声も届かないことを承知で、レティは叫ぶ。空へ吸い込まれそうな彼を救うことができるのは彼女だけだ。

 彼女の指先がレッジのそれと触れる。二人は極限まで手を伸ばし、指を絡める。

 そして――。


「掴んだ!」


 二人がお互いの手首をがっしりと掴んだ。レッジの重量と、レアティーズの重量。どちらが大きいか考えるまでもない。レアティーズ翼は数秒で消えてしまい、彼女はレッジに引っ張られるようにして上に昇っていく。

 その姿をレティたちは見届けることしかできない。


『レティ、早く中央指揮所へ! 管理者全員で対策を。大物産展は緊急ではありますが中止に、もはやそんなことをやっている場合ではありません』


 調査開拓員たちが呆然とする中、頼りとなるのは管理者だ。ウェイドの指示を受けるまでもなく、スサノオたちは素早く動き出す。警備NPCたちが緊急出動し、群衆を誘導していく。


『最優先目標は調査開拓員レッジと重要参考人レアティーズの保護。彼らの後を追いかけるためのプランを検証、実施可能なものから順次発動します!』

「りょ、了解です!」


 毅然としたウェイドの指示を受け、レティたちも弾かれたように走り始める。

 彼女たちが中央指揮所へと戻ると、そこにはすでにアストラやメルといったトッププレイヤーが集まっていた。


「皆さん、見ましたか?」

「しっかりと肉眼で。レッジさんはいつも俺たちを楽しませてくれますね」


 大会議室に飛び込んできたレティたちを、アストラはにこやかに出迎える。すでに〈大鷲の騎士団〉の第一戦闘班は動き出し、アイも出動しているようだった。


「どうやって天空へ向かうつもりですか?」

「まずは航空機を試しましょう」


 アストラの言葉の直後、耳をつんざく轟音が表で上がる。レティたちが外に顔を向けると、急拵えの倉庫がブルーブラストエンジンの凄まじいバックブラストで吹き飛んでいるところだった。


「HS-15“ポラリス”準備完了」

「どけどけ! ここは今から滑走路だぜぃ!」


 現れたのは先鋭系の最新型航空機。〈ダマスカス組合〉の技術の粋を決して作り上げた、極超音速飛行機だ。

 ゆっくりと現れる機体の前方が、強引に押し広げられる。ハンマーを携えた壊し屋たちによって、大物産展のブースが次々と左右に押しやられていく。そうして、即席の滑走路が作り上げられた。


「エンジンブースト点火。ロック解除。軌道確保。――“ポラリス”発進」


 あらゆる発射シーケンスをすっ飛ばし、ポラリスが翼を広げる。青い炎を吹き上げながら、それはゆっくりと加速しながら前進を始める。徐々に速度を上げ、その鉄翼に風を捉える。


「離陸」


 機首がふわりと浮き上がる。速度、距離、揚力。全て十分。

 試行錯誤と改良が間断なく重ねられ、第十五世代を数えることとなった〈ダマスカス組合〉の最新技術が、空へと翔びあがる。

 だが――。


「熱源反応多数! レーザー攻撃の予兆を確認!」

「弾道予測。避けきれません!」

「パイロット緊急脱出を――」


 次の瞬間、天より無数の光の雨が降り注ぐ。

 それは空を飛んだばかりの鳥を無慈悲に貫き、その力を削ぎ落とす。高熱のエネルギーが薄い装甲を貫き、破壊する。


「“ポラリス”大破しました……っ!」


 オペレーターの悔しげな声。噛み殺した嗚咽が聞こえる。

 天空街へ向かうため、調査開拓員が最初に検討したのは航空機による侵入だ。幸いなことに高速航空輸送網イカルガが整備されて時間もたち、多くの知見が蓄積されている。そのため、天空街までの飛翔は容易であろうと考えられていた。

 地上街に製造のための工場から作り、部品を輸入し、現地で組み立てる。そうしてようやく完成した虎の子の航空機は、一瞬で撃墜された。


「天空街に変化を確認。多数のピラーが出現しています」

「現在、敵防空網のカバー範囲を測定中。おそらく、隙はないかと……」


 見上げれば、銀の柱が垂れ下がっていた。

 地下街で調査開拓員たちを苦しめた、〈エウルブギュギュアの献花台〉の防衛装置“ピラー”が、天空街にも仕込まれていたのだ。その威力は、レティたちも身をもって実感している。

 速度を優先し、軽量化のため装甲を削ぎ落とした“ポラリス”ではひとたまりもない。

 中央指揮所の大会議室に寄せられる解析結果は、どれも渋いものだった。無策で突っ込めば、“ポラリス”の二の舞になることは間違いない。


「どうすれば……」


 ラクトが慄然として声を漏らす。

 レッジを追いかけることが、できない。彼が自分の手の届かないところへ行ってしまうことが、たまらなく苦痛だ。今すぐにでも、その後を追いかけなければならないのに。


「誰か、ネヴァさんがどこにいるか知ってる方いませんか!」


 会議室が重く沈みかけたその時、大きな声が響き渡った。他ならぬ、レティのものだった。彼女は赤いウサミミをピンと立てて、いささかも希望を失ってはいない。瞳をルビーに輝かせ、気力を保ち、強く叫ぶ。


「機械脚を予算度外視でフルカスタム、超増強。ついでにLPアンプルやら何やらもかき集めて、どうにかこうにか届かせます」

「ちょ、レティ!? まさか、跳躍で天空街に行こうっていうの!?」


 ぶつぶつと小さく考えをつぶやくレティ。漏れ聞こえたそれに、ラクトが目を見開く。天空街ははるか空の彼方だ。とても跳躍だけで辿り着ける場所ではない。それは、〈跳躍〉スキルがカンストし、脚力に有利な補正値を持つタイプ-ライカンスロープ、モデル-ラビットのレティとて変わらない。

 しかし、彼女は不安な様子すら見せていない。


「――いけます。いいえ、行ってみせます。だって、レッジさんがそこにいるんですから!」


 強い宣言だった。確定事項を告げるものだった。彼女はもはや、疑いすら持っていない。自分は天へ登れるのだと、確信していた。

 そうか、とラクトは思う。そうだったのか。


「そうだね。確かに、レッジがいるなら、わたしたちが行けない理由はないよ」


 彼が向かう先に自分たちも向かう。彼の隣に、自分は立つ。

 ラクトは頷き、拳に力を込める。


「いこう、レッジの元へ!」


 調査開拓団。その軍勢が、動き出す。


━━━━━

Tips

◇緊急脱出装置“ミラクルダイス”

 〈ダマスカス組合〉と三術連合の共同開発事業によって生み出された、全く新しい画期的な緊急脱出装置。〈占術〉スキルによる因果律操作技術を取り入れ、さらに〈呪術〉スキルによる運命分岐理論を構築することにより、絶体絶命の状況下でも一定の確率で難を逃れることができる強力な脱出装置となった。

 実験においては“金属製拘束具、目隠し、猿轡、300kgの錘を装着し、全身をラップ包装し、20mm鋼鉄性容器に封入後溶接、水没させ、三重の檻と七重の施錠を行った上で、八方向より20TB級攻性機術の斉射”を行った場合においても、223/800の確率(約30%)で無事に脱出ができた。

“サイコロで望みの目を出すよりはよっぽど高い確率だろ?”――クロウリ


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