第1339話「天空への招待」

 レアティーズと二人で大物産展をめぐる。最初は緊張気味だった彼女も、すぐに美味しいスイーツや変わった味の土産物に目を奪われ、夢中になっていた。


『ねえ、レッジ! かっこいいっしょ!』

「おおー、すごいな」


 食べると全身に赤くてかっこいいエフェクトが浮かぶ饅頭を食べて、ノリノリで戦隊ヒーローのようなポーズを取るレアティーズ。ずいぶんと楽しんでいるようで何よりだ。


『食べ物を食べるっていうのも久しぶりだし! こんなに美味しいものがあるなんて知らなかった!』

「へぇ。エルフはあんまり食事を摂らないのか?」


 スイートポテトをパクパクと食べながら、レアティーズは頬を抑えて美味しさを表現する。

 そういえば、地上街の遺跡には食事の跡というのも見つかっていない。牧畜や農業が行われていた形跡もなく、エルフたちの食がどうやって賄われていたのかというのは大きな疑問の一つだった。


『基本食べなくても生きてけるし。食べることより、魔法の研究の方が楽しかったからねー』

「魔法の研究ねぇ」


 現状、エルフとゴブリンの一部だけが使用できる魔法という技術。既存の科学とは全く別の技術体系によって構築された、調査開拓団が一切把握していない現象だ。その解析作業も当然行われているが、進捗が挙がっているという報告はとんと聞かない。

 レアティーズによれば、エルフたちは魔法の探究というものをライフワークとしてきたようだ。


「ちなみに、何か使えるのか?」

『うーん。ここは魔力が激弱だからなー』


 どうやら、魔法の行使には魔力が必要となるらしい。これについては一応少し研究が進んでいる。三術スキルで視認できるエネルギーが、おおよそ魔力の分布と重なっているらしいのだ。

 ということは、魔力に溢れている第四階層の宇宙なら、レアティーズたちも自由に魔法を使えると言うことか?

 彼女たちカオスエルフがミカゲの呪術を吸収してしまったのも、魔力を取り込むのと同じ流れだったらしい。つまり、カオスエルフは魔法無効というかなり凶悪な能力を有していたことになる。


「レアティーズの魔法か。そのうち見てみたいもんだ」

『んふふ。じゃあ今度、どっかで激ヤバの魔法見せたげるよ』


 ファンタジーな現象に胸を膨らませながら、俺たちは道順を消化していく。レアティーズが事前にガイドブックを見てピックアップしたもの以外にも美味しそうな商品は多く、視線も定まらない。


『でも、今はやっぱり美味しいもの食べまくりっしょ! ねえ、あれは何て言うの?』


 レアティーズが指さしたのは人形焼きの屋台だ。管理者を模った可愛らしいカステラが、回転する鉄板からポロポロと飛び出している。


「人形焼きだな。買ってみるか?」

『うんっ』


 テンションを上げるレアティーズに押されるまま、屋台へと向かう。活発そうな店主に声をかけ、一袋買うことにした。


「あいよ! っと、そこの人って……」


 商人は紙袋に人形焼きを入れながら、レアティーズを見て目を開く。褐色の肌に銀髪、そして笹型の耳。彼女がただのNPCや調査開拓員でないことは一目瞭然である。


『イェーイ! レアティーズって言うの。よろしくね!』

「あ、ああ……。そういえばさっき、似たような人を見かけたよ」

「うん?」


 奇妙なことを言い出す店主に思わず首を傾げる。

 エルフはレアティーズとオフィーリアだけ。しかしオフィーリアは別の方向に行っており、こっちには来ていないはずだ。詳しく話を聞くと、彼は頬を掻きながら曖昧に答えた。


「顔はほとんどフードで隠れて見えなかったんだけどね。なんというか雰囲気が似てたような。ああ、でもレアティーズさんみたいに元気溌剌って感じではなかったかな? あれ、言われてみればなんで似てると思ったんだろ」


 風貌はフードやゆったりとした外套で隠れて定かではない。女性らしい声だった。どことなく世間知らずで育ちの良いような雰囲気があった。


『あーしって世間知らずな感じだったの!?』

「それはまあ、うん。でも育ちも良さそうだぞ」

『えへへぇ。これでも一応お姫様だもんね』


 ショックを受けたりニコニコと笑ったり、レアティーズも忙しい。

 とはいえ妙な話だ。オフィーリアとレアティーズ、それ以外のエルフが会場に紛れ込んでいるというのか。


「まさか……」


 はっとして上空を見る。そこにあるのは、逆さまの町。朽ちた白い建物が並ぶ天空の町。


『レッジ? どうかしたの?』


 レアティーズが怪訝な顔をしてこちらを窺う。俺はじっと天空の町を見つめ、そこに何かが隠れていないかを探す。そして――。


「ここに来たのは、白い生地に金の縁取りがある服を着てたか?」

「ああ、そうだ。高そうな服だったから、よく覚えてるよ」

「なるほど……」


 廃墟の影に、それを見つけた。

 人形焼きの店のロゴが入った紙袋を抱えて、ぱくぱくと食べている。真っ白な髪の、エルフの女性。彼女がこちらを


『いらっしゃい♪』

「っ!?」


 瞬間、世界が逆転する。

 天が地に。地が天に。重力の向きが変わり、俺は空に向かって落ちていった。


「うおおおおっ!?」

『レッジ!? ちょ、何がどうなってんの!?』


 天井にレアティーズや店主たちが驚愕の目を向けている。彼女たちの重力は、今までのまま変わっていないようだ。

 ただ、俺だけが落ちている。


『――ッ! “夜を翔ける影の翼よ、月光の下に風を切り裂け”ッ!』


 レアティーズが何かを叫ぶ。瞬間、彼女の背中からずるりと黒い蝙蝠のような翼が現れた。彼女はそれを強く羽ばたかせ、こちらに向かって手を伸ばす。


『レッジ!』

「くっ!」


 伸びてきた手を掴む。彼女が苦悶の表情を浮かべる。

 俺と彼女では重量が違いすぎる。一瞬の均衡のあと、彼女は俺に引きずられるようにして落ち始めた。


「うおあああああっ!?」

『きゃあああああっ!」


 空へ落ちていく俺たちを、周囲の調査開拓員たちが驚きの目で見上げている。そのなかにレティの赤髪を見つけた。彼女が何かを叫び、ウェイドを抱き上げていた。けれど、言葉は届かず、俺はそのままレアティーズと共に天空の町へと落ちていった。


━━━━━

Tips

◇闇夜の影翼

 カオスエルフが使用する原理不明の超常的な現象。背部から全長2メートルほどの翼型の物体を左右に2枚展開し、一時的に飛行能力を獲得する。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る