第1337話「不甲斐ない男」
あれよあれよと流されるまま、俺はレアティーズと共に人混みの中に残されてしまった。レティたちはあっという間に遠くへ移動してしまっている。今から追いかけても、なかなか追いつけないだろう。
「えーと、とりあえず、近場から回るか?」
『……っす』
借りてきた猫のように大人しくなったレアティーズと共に、人混みの中を歩き出す。
最初に向かったのは、〈ウェイド〉の有名なパティスリーだ。食べ歩きしやすいミニクレープを販売しているらしい。
『このチョコバナナ? の食べてみたい!』
「はいよ。じゃあ、俺はカスタードホイップにするかな」
レアティーズが選んだものは、基本のチョコバナナクレープだ。FPOにはトンチキな商品も多く、それを好んで食べる変わり者も多いため、一周回ってそんなラインナップが珍しくも見える。
『ん〜〜! 甘くて美味しいし!』
「そりゃ良かった。こっちも食べてみるか?」
『うぇっ!? い、いいの!?』
早速クレープに齧り付き、ご満悦のレアティーズ。その笑顔が可愛らしくて、つい自分の手にあるものも差し出してしまう。レアティーズは戸惑いながらも、薄く目を閉じて口を近づけてきた。
『あ、あ〜』
「全部食べていいぞ。俺はコーヒーでも飲んでるから」
『あ、ウッス……』
わざわざ口だけ持ってこなくても、手渡してやる。流れで俺も買ったけど、さっきの苺大福で結構満足してしまっているのだ。
カスタードホイップのミニクレープを差し出すと、レアティーズはすんとして受け取った。あれ、なんかあんまり嬉しくなさそうだな。
「……うん?」
ふと視線を感じて背後に目を向ける。しかし、怪しい人影はない。強いていうなら、レティとウェイドがブースの商品を買い占めようとして怒られているくらいか。
「なあ、レアティーズ」
『ん? なになに?』
もぐもぐとクレープを両手で抱えるようにして持って食べているレアティーズに声を掛けると、彼女はぱっと顔をこちらに向けてきた。食べながらでいいからと言って、俺は気になっていたことを尋ねる。
「エルフは、最盛期には何人くらい居たんだ? これだけ大きい街なら、それなりの数が暮らしてただろう」
大物産展の会場となっているのは〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層の地上街。元々はエルフたちの町として栄えた場所だ。広大な土地に白い廃墟がどこまでも広がり、空虚で物悲しい光景となっている。
とはいえ、これだけ多くの建物があるならば、それを利用するエルフも多かったはずだ。往時にはかなりの賑わいだったことだろう。
レアティーズはクレープを口に押し込み、飲み込んでから口を開く。
『元々は、多分5万人くらいかな』
街の規模を考えればおかしくない数だ。むしろ少し少ないとも思える。
「それじゃあもう一つ。エルフは死んだらどうなるんだ」
この地上街を調べる過程で、少し気になっていたことがあった。街のどこにも墓のようなものがないのだ。エルフも生き物である以上、いつかは死ぬだろう。しかし、そのことに備えた施設というものが、遺跡レベルの痕跡でも一切残っていない。
そのことを指摘すると、レアティーズはなぜか薄く笑みを浮かべた。
『そっか。そうだよね……。エルフは死なないんだ』
「死なない?」
衝撃的な言葉に思わず耳を疑う。レアティーズは頷き、言葉を続けた。
『あーしらは永久不滅なの。死なないし、生まれないし、減らないし、増えないの』
第五階層は閉鎖された環境だ。外部からのリソースの投入や排出もなく、その内部だけで全てが循環している。まるでボトルアクアリウムのような世界だ。
そして、そんな世界でエルフたちは普遍の存在として生きていた。
『みんなで歌って、踊って、チョけて、ハジけて。楽しく暮らしてたの』
後ろ半分はよく分からないが、とにかくエルフは平和を謳歌していたということか。ゴブリンが地下にいるということも知らず。
『ま、でも、エルフももうあーしとオフィーリアの二人だけになっちゃった』
しんみりとした顔。少し後悔する。
エルフの多くはゴブリンによって殺された。死ぬはずのない彼女たちの多くが死に絶えた。
「でも、レアティーズの中にエルフはたくさんいるんだろう」
『え? あ、うん。……そうかも』
レアティーズは、多くのカオスエルフが融合を果たした姿だ。主人格はレアティーズだが、その内部には多くのエルフたちが怨念という形で渦巻いている。あまり喜ばしいことではないが、これもまたエルフたちには違いない。
「それに、きっとエルフたちはいるさ」
『みんなが?』
俺はコーヒーを飲み干し、上を見上げる。そこにあるのは鏡写しになった町。あそこからはエルフの気配がするのだ。
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「なーんで、せっかくレティたちが送り出してあげたのにしんみりしてるんですかねぇ」
『レッジに人の心を推察せよと言う方が酷ですよ』
人混みのなか、そっとレッジとレアティーズの様子を窺う視線。レティたちは〈キヨウ〉名物の抹茶黒蜜ところてん納豆葡萄チョコどら焼きバーガーを食べながら、二人の様子を観察していた。
てっきりレアティーズの初心な反応が見られるのかとワクワクしていた彼女たちだったが、予想に反してずいぶんシリアスな感じになっている。
「レッジはさぁ。ほんとにさぁ」
ラクトも頭を抱えてしまって、〈白鹿庵〉の面々はどんよりとしたテンションだ。
「あそこでクレープを丸々渡すなんて。流石に私でも分かるわよ」
「一回馬に蹴られた方がいいかもしれませんね」
日頃の鬱憤もあるのか、言いたい放題に不満を吐き出すレティたち。そんな様子を、オフィーリアは不思議そうな顔で見ていた。
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Tips
◇抹茶黒蜜ところてん納豆葡萄チョコどら焼きバーガー
シード03-スサノオにある和喫茶〈玉葉〉で提供されるチャレンジングなメニュー。抹茶黒蜜を混ぜたところてん、納豆、チョコがけ葡萄を餡と共に包み、どら焼きの形でバーガーにした一品。
複雑な味が口の中を駆け巡る。
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