ハロウィン記念SS

「トリックオアトリート!」


 ログイン早々、目の前で待ち構えていたお化けが両腕を掲げて元気よく叫んだ。


「とりあえず、耳がはみ出てるぞ」

「うぐ。仕方ないんですよ。こうしないと窮屈で」


 頭頂部に開けた二つの穴から赤いウサミミがぴんと飛び出している。モデル-ラビットの機体もロップイヤー型にできるらしいが、わざわざそこに手間をかけるより、シーツに穴を開けた方が楽だったのだろう。

 お化けの仮装をしたレティが、顔の部分に開けた穴から期待に満ちた目を覗かせている。


「トリックオアトリートですよ、レッジさん!」


 そういえば今日はハロウィンだったか。普段全然外に出られない暮らしをしているせいで、そのあたりの季節感があまり分からない。そもそも日本人だしなぁ。


「トリック! オア! トリート!」

「はいはい。ちょっと待ってな」


 ずいずいと迫ってくるウサミミシーツお化けを抑えながら、インベントリに何か入っていないか探す。しかし、ラクトのような機術師ならばいざ知らず、俺は非戦闘職の一般調査開拓員だ。甘い物が特別好きと言うわけでもなく、むしろ重量的に厳しいこともあってお菓子を常備する余裕はない。

 俺は両手を挙げて降参の意を示す。


「すまん、お菓子はない」

「むっふっふ。それじゃあいたずらトリートしないと行けませんねぇ」


 わきわきとスーツ越しに指を動かしながら迫るレティに背筋が冷たくなる。いったいどんなことをされるのか。ハンマーで吹き飛ばされるくらいなら、まだなんとかなるか?


「レッジさん、今やってるハロウィンイベントに一緒に参加してください」

「ハロウィンイベント?」


 聞けば、時期が時期ということでFPO内でハロウィンイベントが開催されているらしい。その名も〈準特殊開拓指令;怪異南瓜の悪戯〉という。


「意外だな。レティは幽霊とか苦手だろ?」

「そうですけどね。今回のイベントは楽しそうなんですよ」


 シーツを脱いで素顔を現したレティは、そう言ってイベント概要の載ったウィンドウをこちらに向けた。


━━━━━


『イィィヒッヒッヒッヒッヒ!』

『ヒヒヒィイィィイイッ!』

『ヒ、ヒィィィイイッ!?』

「はーーーーはっはっはっはぁっ! どいつもこいつもフワフワ漂うだけ。まるでカカシのようですねぇ!」


 昼にも関わらず真っ暗になってしまった〈奇竜の霧森〉に甲高く不気味な笑い声が幾重にも響き渡る。フワフワと妖しげな光と共に宙を漂うのは、不気味な笑顔を浮かべたカボチャ頭――ジャックオランタンだ。

 そして、ハンマーを掲げたレティが木々を蹴って、ジャックオランタンたちを追いかけていた。


「せえいっ!」


 パカーーーーンッ!


 レティのハンマーがカボチャ頭にクリーンヒットすると、軽快な音と共にそれが弾ける。血飛沫の代わりに撒き散らされたのは、色とりどりのキャンディやガム、チョコレートといったお菓子だ。

 〈準特殊開拓指令;怪異南瓜の悪戯〉は、〈奇竜の霧森〉に異常発生したジャックオランタンを狩ることで、大量のお菓子を手に入れるというものだった。


「レティ、こっちだ!」

「うおおおおおっ!」


 レティが森の奥からこちらに向かって走ってくる。


『ヒィィイイイッ!』

『ヒィヒャァアアア!?』

『ヒッヒッ』


 彼女に追い立てられるように、無数のジャックオランタンもこちらに近づいてくる。それが前もってマーカーを付けていた木々の間を潜り抜けようとした瞬間、俺の〈罠〉スキルが発動し、粘着質な網が彼らを絡めとる。


「よし、大量だな!」

『ヒィァアアアアッ!』


 パパパパーン!


 南瓜頭が次々と弾け、無数のお菓子が手に入る。どれもこれも原色のカラフルな色彩で、食べるには少し勇気が必要だ。しかし、これら集めたお菓子は食べるためのものではない。


「レッジさん、パンプキンクッキーが300個集まりましたよ」

「チョコとキャンディもいい感じだな。一旦持って帰るか」


 レティと協力して集めたお菓子を携えて、〈ワダツミ〉へと戻る。

 町もいつもとは違ってあちこちが飾りつけられ、ハロウィン一色だ。街行く調査開拓員たちもめいめいに仮装をして練り歩いている。


「ほら、レッジさん。こんな衣装はどうですか?」

「うん?」


 振り返ってみれば、レティが装いを変えている。ボロボロのローブを纏い、髑髏のような仮面を額のあたりに付けている。手に持っているものもハンマーから大鎌へと変えて、俺もピンときた。


「死神か」

「ふふふ。レッジさんの寿命も刈り取っちゃいますよ!」


 ぶんぶんと鎌を振り回す姿は、妙に様になっている。同じ長柄の武器だし、ハンマーで振り慣れているからだろうか。

 というか、タイプ-ライカンスロープの特徴はそのままだから、普段よりも余計に首狩り兎ヴォーパルバニーっぽい。正直に言ったら怒られそうだから言わないが。


「ほら、レッジさんも仮装しましょう」

「俺の分も買ってきてたのか……」


 この日のために数日前から裁縫系バンドではハロウィンコスチュームが次々売り出されていたらしい。レティもわざわざ自分のものとは別に、俺のぶんを買い揃えてくれていた。

 言われるがまま押し付けられた衣装に着替えると、彼女は耳をぶんぶんと振って悲鳴を上げた。


「きゃあ! いいじゃないですか!」

「そうかぁ?」


 全身包帯でぐるぐる巻き。頭にはデカいネジが刺さっている。顔も水平に切り取り線のような縫い目型タトゥーが貼り付けられている。血のような汚れのついた入院着は、妙にリアリティがあって生々しい。


「フランケンはタイプ-ゴーレム向けらしいですけど、ヒューマノイドだとリアリティがあっていいですね」

「そうかねぇ? ……そうだ、レティ。フランケンは科学者の名前でな。あの怪物は――」

「そういうウンチクは別にいいです。せっかくなので楽しみましょう」

「ええ……」


 得意になって知識を披露しようとしたのにさらりと流される。しょんぼりとしながら、俺たちは化け物の渦巻く街中へと入っていった。


『トリックオアトリート!』

「お、来たな」


 賑やかな通りを歩いていると、早速声を掛けられる。見ればタイプ-フェアリー機体のNPCだ。可愛らしいゾンビの仮装をして、小さな手提げカゴをこちらに掲げている。俺とレティは、そこにさっきジャックオランタンから手に入れたお菓子を入れた。


『イェーイ!』


 お菓子を受け取ったNPCは嬉しそうに飛び上がって笑う。そして、彼女が勤めている喫茶店のクーポン券をお返しにくれた。

 〈準特殊開拓指令;怪異南瓜の悪戯〉は、ジャックオランタンから手に入れたお菓子を仮装したNPCに渡すことで、様々な限定アイテムが手に入るというイベントだ。クーポン券はレアリティで見ればさほど貴重なものでもないが、中にはイベント限定のアイテムなんかもあるらしい。

 ちなみに要求されるお菓子の数と種類はNPCによって違っており、基本的に交換アイテムのレアリティに応じて必要量も多くなる。そして、お菓子が足りなかったり交換を拒否したりすれば、当然――。


『トリック!』

「あちゃちゃちゃちゃちゃっ!?」


 通りのどこかで火柱が立ち上がる。尻を燃やして悲鳴を上げているのは、交換に応じなかった調査開拓員だろう。


「ま、待ってくれ。俺はブラックバットソードが欲しいんだ。だから通して――」

『トリック!』

「うわーーーっ!?」


 NPCは調査開拓員に問答無用でお菓子か悪戯かトリックオアトリートを突きつける。調査開拓員は、仮装したNPCからの追及を受けないように逃げながら、希望のアイテムを交換してくれるNPCまで辿り着かなければならない。


「いやぁ、やってますねぇ」

「街ぐるみの鬼ごっこって感じだな」


 そんなわけで、街の至る所でNPCと調査開拓員のアイテムを賭けた競走が繰り広げられていた。


『トリート!』

「グワーーーッ!」

『トリート!』

『ヌワーーーッ!」

『トリート!』

「あっちょっ、キャンディ一つ足りな――。ドワーーーッ!」


 交換に応じなければ全身が風船となって浮き上がり、手持ちが足りなければ笑顔のピエロに追いかけ回される。なんとも賑やかな怪異の夜だ。

 微笑ましい光景を眺めながら、その喧騒に心地よさを感じていると、不意に腕を引かれる。


「うん?」

『とと、とりっく、おあ、とりーと!』


 後ろにいたのは、小柄なお化け。白い服の隙間から覗く四肢は細いが、頭は大きなカブがすっぽりとはまっている。あの野菜のカブである。頭のてっぺんからぴょこんと葉っぱも伸びている。

 その下から聞こえてきたのはくぐもった幼い声だ。


「ふむ……」


 こんな至近距離に近づかれたのに、一切気配を感じなかった。というより、今も気配がない。目の前にしっかりと映っているというのに。

 とはいえ、彼女(?)もカゴは持っていて、キャンディとチョコレートをいくつか要求してきている。俺がそれをカゴに入れてやると、全身をくねくねと揺らして嬉しさを表現した。


「ハッピーハロウィン」

『んっ!』


 ばいばい、と手を振ってそのカブは路地裏の暗がりへと消えていく。小さな背中を見送っていると、不意にそれが煙のように消えた。


「うん?」


 思わず目を擦る。しかし、どれだけ目を凝らしても、そこには何の気配も残っていない。


「レッジさん? どうかしましたか?」

「ああいや、なんでもない」


 不思議そうに声を掛けてきたレティに、首を傾げながら答える。そして歩き出そうとしてふと気づく。そういえば、お返しを貰っていない。

 まあ、要求数も少なかったし、そんなこともあるだろう。

 そう思って、俺はレティと共にハロウィンの街を楽しむことにした。


「レッジさん、ぐるっと回ったら次は〈ウェイド〉に行ってみませんか?」

「そうだな。ミモレのところにも顔を出してみるか」


 俺もレティも特に交換したいアイテムがあるわけではない。適当にNPCといくらかアイテムを交換した後は、崖上にある〈ウェイド〉へと場所を移す。飛行機に乗って行けば、さほど時間はかからない。


「前の便、墜落したらしいぜ」

「トリックか?」

「普通に航空事故だろ」


 などと他のプレイヤーが話しているのを横目に、無事に〈ウェイド〉へと到着する。こちらもすっかりハロウィンモード一色だ。中でも、ひときわ賑わっているところがあり、その中心に見知った顔を見つけた。


「ウェイドがいるな」

「ほんとですね。可愛い仮装もしてます」


 管理者ということで町に繰り出しているのだろう。ウェイドが魔女の仮装をして練り歩いている。彼女を警護する警備NPCも蜘蛛型なりに仮装をしているようだ。


「よ、ウェイド」

『む? 誰かと思えばレッジじゃないですか』


 せっかくだからと挨拶がてら声をかけると、ウェイドはこちらを見上げてなんとも素っ気ない声を出す。三角帽子やローブを身にまとい、小さな杖まで持って、なんとも可愛らしい魔女姿だ。


『とりあえず、トリックオアトリートです』

「よしよし。お菓子には結構余裕が……」


 形式通りに選択を迫られ、特に不安もなくインベントリを開きながら要求されたアイテムを見る。


・怪しいハロウィンキャンディー(パープル)×500

・怪しいハロウィンチョコレートケーキ×500

・怪しいハロウィンガムボール×600

・怪しいハロウィンクッキー(チョコチップ)×300

・怪しいハロウィンクッキー(バニラ)×300

・怪しいハロウィンクッキー(ストロベリー)×300

・怪しいハロウィンクッキー(ブルーベリー)×300

・怪しいハロウィンクッキー(グリーンティー)×300


「は?」

『どうしたんです? トリックですか? トリートですか? 私としてはぜひトリートを選んでいただきたいんですがね?』

「待て待て!」


 提示されたのは見覚えのないアイテムばかり。俺が揃えているのは“ハロウィンキャンディー(パープル)”や“ハロウィンクッキー(チョコチップ)”のようなお菓子だけだ。頭に怪しいとつくようなものは一つも持っていない。

 それを訴えると、ウェイドはニヤニヤと笑う。


『おやぁ、それは残念ですねぇ。ちなみにこれらはジャックオランタンのドロップアイテムを〈料理〉スキルでさらに加工したアイテムだったりするのですが』

「聞いてないんだが!?」

『情報を集めないあなたが悪いです。というわけで、悪戯しましょう!』


 ここ最近で一番楽しそうな表情をして、ウェイドがこちらに杖を突きつける。


『マジカルマジカルチャラリラリン! 日頃の恨みです、あなたは地平線の彼方まで吹き飛びなさい!』

「ぐわーーーっ!?」


 杖の先端から凄まじい閃光がほとばしる。次の瞬間、俺は勢いよく後方斜め上へと吹き飛ばされた。


「れ、レッジさーーーんっ!?」


 遠くでレティの悲鳴が聞こえる。しかし俺にはどうすることもできない。放物線を描きながら〈ウェイド〉の都市防壁も軽々と飛び越えて、〈鎧魚の瀑布〉の湿地帯へと落ちていく。


「うわーーーっ!」

『アハハッ! アハハッ!』

「うわっ!?」


 そのままぬかるみへ落ちるかと思ったその時。ふわりと不思議な浮遊感が全身を包み込む。恐る恐る目を開けると、カブ頭が至近距離からこちらを覗き込んでいた。


「君は――」

『ふふっ!』


 ニコニコと笑うカブ頭。彼女は俺をゆっくりと地面に降ろすと、周囲を見渡す。そこにはカボチャ頭のジャックオランタンたちが続々と集まってきている。


『トリート! トリート! トリート!』

『トリート! トリート! トリート!』

『トリート! トリート! トリート!』


 ざわめく森の中に広がる大合唱。カボチャ頭たちが集結し、体を揺らす。穏やかな光が、熱を帯びていく。その中心にいるのは、他の黒い衣装を着たジャックオランタンとは違う、カブ頭のジャックオランタン。彼女の声が共鳴しているようだった。


「――そうだな。みんな、一緒に遊びたいよな」


 ただ追いかけ回されるだけというのも面白くない。彼女たちの意思を感じ取り、俺も立ち上がる。


「そういうことなら、俺も一枚噛ませてくれ。――『強制萌芽』“走り南京”」


 種瓶をぬかるみに落とす。それは急激に成長し、太い蔦を伸ばし始める。


『あはははっ! ふふふっ!』

『イヒヒヒッ!』

『ヒーヒッヒッヒッ!』


 ジャックオランタンたちも次々とその中へと飛び込んでいく。カボチャは急激に膨れ上がり、やがて木々よりも高くなる。その姿は〈ウェイド〉からでも見えるのだろう。にわかに向こう側が騒がしくなった。


『レッジ、レッジ!? 何か変なことを企んでないでしょうね!? ちょっと、レッジ!』

「トリックオアトリート、だ。楽しい夜になりそうだなぁ、ウェイド」

『レェエエエエエエッジ!』


 ウェイドからのTELを切る。

 換装。背中から三対六本のサブアームを伸ばす。今の俺は改造人間らしいからな。これくらい禍々しい方が様になるだろう。


「さあ、行こうか。楽しいハロウィン・ナイトの始まりだ」

『うふふふふふっ! あはあはははっ!』


 カボチャのお化けと共に町に向かって練り歩く。今宵は化け物たちが主役の日。彼女たちが羽を伸ばし、楽しむ日。その一助になるならば、例えばこんな形もいいだろう。


━━━━━


 その日、一人の調査開拓員と巨大なカボチャオバケによる〈ウェイド〉襲撃事件によって、隠されていた“NPCに向けてトリックオアトリートを迫る権利”という報酬が明らかになった。

 街中に極低確率に現れる白いカブ頭のジャックオランタンにお菓子を渡すことで得られるその権利を用いて、各都市で調査開拓員による“トリックオアトリート侵攻”が発生。阿鼻叫喚の様相が呈され、各地は熱狂と盛況を見せた。

 なお、レッジはメイドロイドに「やりすぎよバカ!」と怒られ、ウェイドは管理者に「ぼったくりすぎじゃ馬鹿者!」と怒られたという。


━━━━━

Tips

彷徨う白いカブ幽霊ホワイト・ジャック

 正体不明のジャックオランタン。突如調査開拓領域上空を覆い、夜へと変えた異常現象ならびに大量発生した彷徨う南瓜幽霊ジャックオランタンとも関連が示唆されている。

 白い服を纏った小柄な姿で、ジャックオランタンにも似ているが、体格に不釣り合いなカブを頭部にはめている。通常のジャックオランタンとは異なり、フィールドではなく都市内部でごく稀に発見される。どのような手法で都市の警備システムを掻い潜っているのかは不明。

 このジャックオランタンにお菓子を渡しても何ももらえない。しかし、彼女は“いたずら好き”な調査開拓員の下へ現れると言われている。


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