第1336話「雑踏の中にて」

 オフィーリアとレアティーズ、そして管理者たちを引き連れて、大物産展の会場へと繰り出す。周囲には〈大鷲の騎士団〉の護衛があり、レティたちも気を張っていて、万全の態勢だ。


「今日は他種族の方々が多いですね。あそこのお店なんてドワーフばっかりですよ」


 賑わうブースを見渡してレティが言う。

 元々大物産展は調査開拓団と他種族の交流が目的だ。ビットを持っていない者のため、会場にはサノオコインの換金所なども併設されている。おかげで多くの種族が集まって、めいめいに物産展を楽しんでいた。

 レティが指で指し示したのは、〈ウェイド〉の土産物が並ぶエリアだ。そこの一角に髭を蓄えた小人たちが押し合い圧し合いして殺到している。


『あそこはフィナンシェで有名なお店ですね。私も試食しましたが、大変美味でした』


 俺の隣を歩いていてウェイドが、店の旗を見てうっとりとした顔になる。たしかによくよく見てみればテーブルには山のようにフィナンシェが積み上げられている。

 ドワーフたちはフィナンシェが大好物で、彼らの拠点である〈オモイカネ記録保管庫〉では通貨的に使われてすらいる。記録保管庫の外で流通しているフィナンシェにも興味津々なのだろう。


『金じゃ、金塊じゃ!』

『おお、この金色の輝き……なんと美しい……』

『うま、うま』


 フィナンシェを金塊と称し、ドワーフたちは髭を汚しながらモグモグと咀嚼する。〈ウェイド〉は洋菓子の街として有名だから、そこ以外にも多くの店がフィナンシェを出している。それらもドワーフたちの興味を強く引いているようだった。


「海鮮ワカメ丼! 新鮮なワダツミ近海産だよ」

『ほほう? こぃはながなが美味すそうだなぁ』


 ドワーフたちがフィナンシェフィーバーに湧き上がっているかと思えば、また別のエリアでは産地直送の海産物が振る舞われている。〈剣魚の碧海〉で育った魚介とワカメを使った丼に興味を示しているのは人魚族だった。

 地上での活動に制限がある彼らは、機術駆動の水球発生装置を使っている。自分の体をすっぽりと球体上の水で包み込むもので、これのおかげで陸上でも動けるわけだ。


「ミズハノメ名物の水饅頭ですよ! あれ、なかなか買えないことで有名なんですよ」


 レティがまた何かを見つけて耳をピンと立てる。見れば〈ミズハノメ〉にある和菓子の名店がブースを出しているようで、普段は数量限定販売の水饅頭が売られているようだ。


『やはり他の都市の土産物はなかなかカバーできていませんね。レティ、50個ほど買ってきてください』

「了解です!」

「管理者が在庫根こそぎ持っていってどうするんだ。せめて二つぐらいにしとけ」


 飛び出しそうなレティの首根っこを掴み、真面目な顔で突拍子もないことを言っているウェイドの頭に手刀を落とす。


『あいたっ!? 何するんですか!』


 頭を抑えて睨みつけてくるウェイドを無視して、オフィーリアたちの方を見る。エルフの二人は大盛況の物産展の賑わいに、少々気圧されているようだった。窓から見るのと、実際に雑踏の中に入るのとでは、実感も変わってくる。


「オフィーリア、何か気になるものはあるか?」

『そうですね……。どれも魅力的で、選びきれないです』


 声をかけてみると、オフィーリアは困ったように苦笑した。あちこちに色々な商品があって、どれから手を付けていいか分からないといった様子だ。


「レアティーズ、ガイドブック貸してくれ」

『ん〜? いいよー』


 レアティーズのびっしりと付箋のついたガイドブックを借りて、パラパラとページを捲る。それと会場全体のマップを頭の中で照らし合わせて、ルートを考える。


「よし、じゃあレアティーズの希望通りに巡るか」

『えっ、もしかして、今の一瞬で全部覚えたの?』


 ガイドブックを返すと、なぜかレアティーズがギョッとした顔でこちらを見る。


「元々会場の全体図は頭に入れてたからな。あとは店の場所を抑えて、線で繋げばいいだけだろ」

『そんな簡単じゃないっしょ、絶対』

「レッジさんは目隠し状態でレアティーズさんと戦ってたんですよ。今更じゃないですか」


 レティが助け舟を出してくれて……助け舟か? まあ、とりあえずそういうことだ。レアティーズはいまいち納得できない様子だったが。


『調査開拓団ってパないね』

「この人を標準だと思われると、ちょっと困るわねぇ」


 慄くレアティーズにエイミーが笑う。そういうエイミーだって、普通の調査開拓員にはない特殊なテクニックを持っているくせに。


「レッジ、レッジ。あっちで苺大福売ってたよ」

「うん? おお、〈キヨウ〉の満点堂じゃないか。ここの苺大福は美味しいんだよな」


 姿が見えなかったラクトが、苺大福を持って戻ってくる。〈キヨウ〉の店のエリアは少し離れたところにあったのに、わざわざ買ってきてくれたらしい。

 俺はラクトにお礼を言って、大粒のイチゴが餡と求肥に包まれた、ボリュームたっぷりの苺大福を受け取る。


「ほら、レアティーズ。食べてみるか?」

『ええ……。それはレッジが食べるべきでしょ』


 くるりと振り返ってレアティーズに差し出すと、彼女は呆れた顔でため息をつく。


「そ、そうか? せっかくだから半分にしようかと思ったんだが」


 戸惑いながら言うと、急にレアティーズの笹型の耳がぴくんと跳ねる。


『へっ!? あ、そ、そういうこと? な、なら仕方ないなぁ。あーしも興味がないわけじゃないし? レッジがどうしてもって言うなら――』

「はい、じゃあレアティーズとオフィーリアの分だな」

『えっ』


 ラクトから受け取った苺大福を半分に割り、エルフの姉妹に渡す。そしてラクトの方へと振り返り、手刀を立てて謝る。


「すまん、ラクト。せっかく買ってきてくれたのに」

「仕方ないなぁ。じゃ、わたしのを半分あげるよ」


 ラクトはそう言って、わざわざ自分のために確保していた苺大福を分けてくれる。


「ちょあっ!? ら、ラクト――!?」

「ステイですレティ。ここで前例を作っておけば、私たちも後に続きやすくなるのです」


 レティたちも何やら楽しげだ。苺大福はイチゴの酸味と餡の甘さがよく合っていて、とても美味しい。

 見ればウェイドたちも近くの露店で色々と試食を貰っている。管理者たちが食べているのは、競争の激しい会場でも効果的な宣伝になると睨んだ奴がいるのだろう。


「美味しいねぇ、レッジ」

「そうだなぁ」


 半分の苺大福はたったの数口で食べ終わる。レアティーズの方を見てみれば、なぜか彼女は少し元気がなさそうだ。


「あれ、苺大福は口に合わなかったか?」

『そ、そんなことないし! めっちゃおいしーし! ……はぁ』


 おかしいなぁ。

 奇妙な反応のレアティーズに首を捻るも原因は分からない。ここはやっぱり、彼女の楽しみにしていた食べ物を揃えるべきか。


「よし、レティ。ちょっと買い物行ってくるから、レアティーズたちをよろしく頼む」

「はぁあああああ……」


 レティに声をかけて買い物に行こうとすると、なぜか大きなため息を吐かれてしまった。俺がきょとんとしていると、レティは心底呆れた顔で俺をみる。


「レッジさん、こう言う時はレアティーズさんと一緒に行くもんですよ」

「そ、そうなのか?」

「そう言うもんなんですよ。ほら、行った行った!」

「うおおっ!?」


 レティに背中を押され、俺はレアティーズと二人で雑踏の中に放り込まれる。オフィーリアやウェイドたちを引き連れて、レティはどんどん離れていく。二人で取り残されてしまった俺たちは、呆気に取られてお互いの顔を見合わせるのだった。


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Tips

◇特選苺大福・紅姫

 シード03-スサノオに店を構える和菓子専門店〈満点堂〉の看板商品。甘さと大きさと形を基準に厳しい選別を潜り抜けたわずかな苺のみを、丁寧に煮込んで滑らかに濾した小豆餡と共に、薄い求肥で包み込んだ逸品。

 その条件に見合う苺が非常に希少であるため、毎日不定数の少数販売のみとなっている幻の苺大福。

“あくまで主役は苺であると、基本を極限まで極めたシンプルにして奥深い一品ですね。厳選された大粒のイチゴは特に甘味と酸味のバランスが良いとされるクレナイ種ですが、餡もそれにあわせることを前提とした配合となっているようです。あえて甘味を抑えた砂糖は口溶けがよく、まるでクリームのような柔らかさを実現しています。あくまで餡は引き立て役、名バイプレイヤーに徹しているという徹底された配慮が、この苺大福の真骨頂と言えるでしょう。そして忘れてはいけないのが、この薄く透けるほどの求肥。これもまた丁寧に、細部まで気を払って練られたことが一口食べただけで理解できる極上の仕上がりとなっています。まるで白無垢を纏い、紅を塗った花嫁のような上品さは、さすが和菓子の街で老舗と呼ばれる名店と唸ってしまいます。惜しむらくはその希少性が故に一人二つまでという購入制限があること。できれば50個くらいを一度に味わってみたいものです。”――管理者ウェイド


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