第1335話「開幕の声」

『みなさーん! 本日ははるばるご足労いただき誠にありがとうございます! いよいよ今日から始まる調査開拓団友好交流大物産展では、各都市から選りすぐりの特産名産珍品の数々が大集結しております。ぜひぜひ食べて飲んで楽しんで! 互いの親睦を深めるといたしましょう!』


 仮設ステージの上でマイクを握るエミシの流れるような口上を合図に華々しくファンファーレが鳴り響く。オープニングセレモニーが終わり、万雷の拍手が止むと同時に、ステージを取り囲むように配置された販売ブースでNPCや商人たちが一斉に客寄せの声を張り上げ始めた。


「いらっしゃいいらっしゃい! 〈ウェイド〉名物ミラクルパフェはこちらだよ! ピュアホワイト100%使用の濃厚な甘さが癖になる! ミラクルパフェをご賞味あれ!」

「〈サカオ〉名物超弩級覇王激辛々々々々々々紅蓮テラウルトラマックスカレー〜エターナルラーヴァエディション〜でーす! ご試食もどうぞー! レトルトもありますよー」

「〈ミズハノメ〉のメガ海鮮丼、新鮮ですわよー」


 都市ごとに区画を分けられた販売ブースで、特色も豊かな商品が売り出される。あまりの甘さにうめき声を上げて気絶する者、あまりの辛さに悲鳴をあげて気絶する者、あまりのデカさに絶句して気絶する者と、客の反応も三者三様だ。


「〈キヨウ〉の竹細工、漆器、螺鈿細工はいかがですかー? バンドガレージに和のテイストを。落ち着いた雰囲気になりますよ!」

「アマツマラプロデュースの銅像だ! 見ろ、この本能的な恐怖を煽る歪なデザインを! これこそが最高の芸術だろ! ちなみにタイトルは邪神像じゃなくて“陽だまりの子猫”だぞ!」


 大半は食品だが、それ以外にも多くの土産物が出品されている。地域の特産品を利用した置き物や衣装、更には管理者自らが考案した作品まで。調査開拓員たちの呼び込みに興味を惹かれた客たちが、光に誘われる蝶のように近づいていく。


「思ったよりもかなり大盛況ですねぇ」


 ついに開幕した大物産展を眺めつつ、レティがしみじみと言葉を漏らす。実際、彼女の言う通り、会場は準備期間中に何度か会場面積を拡張していた。人気が人気を呼び、参加を申し込むバンドが山のように増えたのだ。そこには、管理者が自らの都市の名産でひと稼ぎしようと関連任務を増やしたことも影響しているはずだ。


「ね、ねえレッジ。ちょっと軽く見て回ってみない? 〈ウェイド〉のエリアとか美味しいスイーツがありそうだし」


 窓辺から賑わう会場を眺めていると、くいくいと服の裾を引っ張られる。振り返るとラクトがそわそわと浮き足立っていた。


「ちょっ、ラクト――」

「すまんラクト。今日は先約があってな」


 レティが何か焦ったように手を伸ばしてきたが、先に口を開いてしまった。頭に手を当てて謝ると、ラクトは急にすんとなる。


「先約?」

「ああ。オフィーリアたちを案内しないといけないんだ」


 元々この物産展はオフィーリアたちエルフを含めた他種族との親睦を深めるという意図で企画されたものだ。一応、中心メンバーになっている俺も今日は彼女たちのエスコートを任されている。


「そう言うわけだから、ラクトはレティたちと自由に見て回ってくれていいぞ」

「…………はぁ」


 俺はウェイドから絶対に来いと厳命されているので今日一日身柄を拘束されるが、ラクトたちはその限りではない。これだけの名産が一堂に会する機会もそうないだろうから、彼女たちにはぜひ楽しんでいってもらいたいと思ってそう言ったのだが、当の本人は何故か氷のような極寒の視線を向けてきた。


「ほんと、そういうとこですよレッジさん」

「ええ……」


 レティまでラクトの肩に手を置いてこちらを見ている。何か変なことを言ったのだろうか。


「管理者も出てきているとはいえ、ここはフィールドです。またゴブリンが地下から出てこないとも限りませんし、私たちも護衛として参加しても良いでしょうか」

「うん? そりゃまあ、トーカがいいなら断る理由がないが……」


 妖冥華を背負ったトーカの申し出に戸惑いながら頷く。すると、レティやラクト、エイミー、シフォンまで次々と手を挙げた。


「すごい大所帯になりそうだな……」

「だって、おじちゃん一人にオフィーリアさんたち任せられないでしょ」

「一応騎士団から護衛は出るんだけどな?」


 やる気満々の仲間たちを見ると、あまり強くは言えなくなる。結局、俺はウェイドに人数が増えることを伝えた。


『はい? ああ、前もって織り込み済みです』

「ええ……」


 連絡したのに、特に驚かれることなく受け入れられた。いったいどういうことなんだ。


「とりあえず、そろそろ行くか」

「うふふん。楽しみですねぇ」


 上機嫌のレティたちを引き連れて、仮設拠点の一室から出る。向かう先は〈大鷲の騎士団〉の第一戦闘班によって警護されたVIP用の部屋だ。許可を得て中に入ると、そこには管理者たち、そして二人のエルフがテーブルを囲んでいた。


『なるほど、これがピュアホワイトですか。一口食べてみても?』

『もちろん。とっても美味しいですよ』

「待て待て待て待て!」


 エルフの一人、緑の長髪を軽く編み込み、いつもの赤ジャージから大人びたドレスに装いを変えたオフィーリアが角砂糖を口に運ぶのをギリギリで抑える。


「甘さで味覚が麻痺するような砂糖を塊で勧めるんじゃない」

『む、来ましたね』


 軽率にエルフに砂糖を勧めた張本人、管理者ウェイドをじろりと睨むと彼女は悪びれもせずに睨み返してきた。本当に、砂糖に関してはいつもの明晰さがなくなるのはどうにかしてほしい。


『レッジさん、お久しぶりですね。本日はよろしくお願いします』

「こちらこそ。今日はよろしく頼む」

『ちょ、ちょりーっす! あーしも楽しみにしてたんだかんね』

「もちろんレアティーズもな。……その雑誌は?」


 椅子から立ち上がったオフィーリアが丁寧にお辞儀するのに応じて、横から出てきたレアティーズにも挨拶をする。レアティーズは大量の付箋を貼り付けて分厚く膨れた雑誌を大切そうに抱えていた。


『これ? 今日の物産展の出展リストだよ。とりま付箋貼ってるトコは全部回りたいし』

「おお……。回り切れるかな」


 びっしりと生い茂った付箋を引きで見るとまるでブラシのようだ。

 どうやら出版系のバンドが発行している案内誌のようで、物産展に参加するバンドや商品の特色、更にはお得なクーポン券まで収録されているらしい。レアティーズは下調べに余念がなかったようだ。


『我々の巡回も兼ねていますからね。しっかり付き合ってもらいますよ』

「分かってるよ。普通にいくつかグループを分けた方がいいと思うんだがなぁ」


 今回、エルフの二人とともに管理者も案内することになっている。タイプ-フェアリー機体の管理者十人をぞろぞろと連れ回すのは、この人混みがなくても大変だろう。それなのに、ウェイドたちが強硬な姿勢を取ったのだ。


『グループを分ける方がリスクも高くなるでしょう。というか、むしろ見張られるべきは貴方ですからね』

「俺は悪いことなんてしてないのに……」

『私の目を見て言えますか?』


 ギロリと睨むウェイド。そっと視線を外す。


「レッジさん、またなんかやったんですか?」

「いや、そう言うわけじゃ……」


 視線を移した先にレティが居て、訝しむ目がこちらを覗く。これはちょっと状況が悪いな。


「よし、じゃあ早速出発しよう。レアティーズの希望も全部回らないといけないしな」

『きゃっ!? ちょ、突然手掴むなし!』


 俺はレアティーズの手を掴み、部屋の外へと飛び出す。オフィーリアたちもそれに続き、俺たちは大物産展の会場へと繰り出した。


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Tips

◇ 名物超弩級覇王激辛々々々々々々紅蓮テラウルトラマックス〜エターナルラーヴァエディション〜

 シード04-スサノオ〈サカオ〉の名産品。調査開拓員レッジによって栽培された超弩級激辛唐辛子“エターナルラーヴァ”を主軸に7,000種類のスパイスを配合し、じっくりと煮詰めて作り上げた特製カレー。小匙一杯で火を吹く辛さで、数十時間は汗が止まらない。食べれば食べるほどエネルギーを消費し、食べ続ければ餓死する。

“激辛の強壮”

 スパイスの刺激が機体に作用し、身体能力が飛躍的に上昇する。跳躍力と走力が異常に高まり、長距離を超高速で走破できるようになる。効果時間中、LPが継続的に消費される。

“辛さの中に確かな旨さ! 火を噴き汗を拭き、千里先まで走ろう!”


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