第1334話「千万分の一」

 そもそもが〈エウルブギュギュアの献花台〉という名前である。

 そこに何らかの意味があることは自明だろう。

 だからこそ、調査開拓員たちはその謎を解明するために動き出していた。エウルブギュギュアとは何なのか。献花台とは何なのか。どんな花を捧げればよいのか。

 俺たちが塔の攻略に邁進している間、地道に調査と関連任務の遂行を続けていた一派があった。なかでも大きな働きをしてくれたのは、〈百足衆〉の調査部門、カナヘビ隊のムビトたちだ。


「カナヘビ隊は調査系の中でもかなりの実力だ。構成人数こそ少ないが、侮っちゃいけない」


 彼らは調査開拓領域の各地へと人員を送り、調査した。特に〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉や〈白き深淵の神殿〉、〈オモイカネ記録保管庫〉といった第零期先行調査開拓団の情報が多く残る場所を重点的に。更に掲示板やwikiにも手を伸ばし、そこに書き込まれる情報を全て確認していた。


「その結果、ムビトたちはあるものを見つけた」

「あるもの?」


 荒ぶるウェイドから距離をとりつつ、耳だけをこちらに向けていたメルが首を傾げる。

 俺は一枚のスクリーンショットの画像データをウィンドウに表示させ、周囲に示した。


「これは、少し前の掲示板の過去ログだ。ここを見てくれ」


 それは、俺がクチナシと共に〈エウルブギュギュアの献花台〉に突っ込み、塔の横腹に大穴を開けた時のことだ。崩壊した塔の内側からは。NULLと呼ばれるものが流れ出した。

 触れたもの全てを消失させるという異常な性質を持つ黒い泥は、海にも広がり調査開拓団の進行を阻んだ。当時、NULLの正体は謎に包まれていた。その検証すら、実験器具の消失という結果しか得られず、八方塞がりの状況だった。


「そんな時、突然ここにNULLの解析データが書き込まれたんだ」


 何の前触れもなく、匿名の人物によって書き込まれたNULLの構造図。これによって研究は飛躍的に進み、その後短時間で防波堤の構築にまで至った。おかげで〈ナキサワメ〉もNULLの被害を免れたのだ。


『一体それが何だと言うのです。今はあなたが勝手に原始原生生物の種を蒔いたことについて追及しているのですが?』

「ぐええ。ちょ、もうちょっと待ってくれ」


 ギリギリと俺の手首を掴む力を強めるウェイド。俺は悲鳴をあげて続きを話す。


「この書き込みの主を探そうとしたんだ、カナヘビ隊は」

『無駄なことを。掲示板は完全匿名で、その素性を探ることはできませんよ』

「それがそうでもない。時間はしっかり記録されてるし、掲示板はBOTでもない限り前もって書き込みを予約するってこともできない。つまり、可能性があるのは、この時間に活動していた調査開拓員だけだ」

『いったい、条件に当てはまる調査開拓員が何人いると思っているんですか』


 全くもって俺の言葉は響いていないようで、ウェイドは冷淡だ。

 実際、現在のFPOの同時接続人数は3,000万人だとか6,000万人だとか言われている。実数は公表されていないものの、清麗院グループの巨大データセンターを必要とする規模だ。あながち間違っていないだろう。

 そんな、何千万人の中から一人を探すのは途方もない難題であることに違いはない。


「でも、色々と条件をつければかなり候補を絞り込める」


 まず第一に、書き込んだ者は最低でも〈ナキサワメ〉に到達し、〈怪魚の海溝〉へ立ち入れるだけの資格がなければならない。NULLは持ち運びすらできない物質である以上、その解析には現地へ赴かなければならないからだ。

 ログイン人数が3,000万人と仮定しても、おそらくその半数、下手をすれば七割か八割ほどはまだ〈ナキサワメ〉にすら到達していない可能性がある。前線に出突っ張りだと感覚が麻痺してくるが、そんな前線に到達できるのはトッププレイヤーか廃人、もしくはその両方だ。


「更に、対象は高レベルの〈鑑定〉スキルを持っている」


 これも自明なことだ。〈鑑定〉スキルがなければNULLの構造を知ることはできない。

 しかも必要なのはレベル100相当のかなり高レベルな〈鑑定〉スキルだ。このスキルは習得者こそ多いものの、たいていは他のスキルとの兼ね合いからレベルを抑えており、そこまで高いレベルなのは本職の解析官くらいなものだろう。


「ついでに〈筆写〉スキルは高くないか、持ってない」

『どうしてそんなことが?』

「公開された構造データはバイナリ形式の羅列だ。十分な〈筆写〉スキルがあれば、もっと高度な表現でデータを圧縮できる」


 かなり原始的というか、機械語に近いような低級言語の形式だ。〈筆写〉スキルがあるならば、より高度に情報をまとめた形式で記述できるし、そうした方が得が多い。

 実際、こんな原始的なデータで出されたせいで解釈の余地ができてしまい、その後のネーミング戦争に展開したわけで。


「そして、高レベルの〈鑑定〉スキルは持っているのに〈筆写〉スキルを持っていないという調査開拓員は珍しい」


 〈戦闘技能〉スキルが物理攻撃スキルにとって必須となるように。〈機術技能〉スキルがアーツスキルにとって不可分の存在となるように。〈鑑定〉スキルを極めるならば、〈筆写〉スキルは必ずと言っていいほど必要なものとなる。


「つまり、これだけで人数は数十人程度までに絞られる」


 それでもなお数十人はいるというのが、調査開拓団の恐ろしいところだが。

 実際、シフォンもアーツは使うが〈機術技能〉は持っていないしな。

 とはいえ、それだけ分かったらあとはしらみつぶしに調べるだけだ。直接本人に掛け合い、確認を取る。そんな地道な作業をムビトたちは行った。


「その結果分かったのは――」


 いつしかウェイドも興味をこちらに向けている。

 俺は少し溜めた後、結論を伝える。


「書き込んだのは調査開拓員じゃない。ということだ」


 繰り出した言葉に、ウェイドだけでなくメルたちまでもが動揺する。そんな時、俺の元へと一通のメッセージが届く。0と1の無数の羅列。どこで区切るのかも変則的な、ほとんど暗号に等しいメッセージ。それを読んで、思わず笑ってしまう。

 どうやら、彼女はこんなところまで目を伸ばしているらしい。


━━━━━

Tips

◇『素性調査』

 〈鑑定〉スキルレベル60のテクニック。調査開拓員を対象に取り、そのスキル習得度を解析する。対象の情報的防御力が高いほど、解析は困難になる。

“その一挙手一投足に隠された本性が滲み出す。”


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