第1333話「優秀な監視者」
〈スサノオ地下資源採掘場〉の暗闇に次々と火球が上がる。拳ほどの大きさにも関わらず燦然と光を放つその玉は、10メートルほど直上へ昇ったところで弾けるように広がった。
「『
火球を抱き抱えるように現れるのは巨大な炎の翼。荒々しい激しさを持ちながら、同時に慈愛すら感じる柔らかな優しさもあった。
火属性攻性機術の上級アーツに類される、高レベルの術式だ。灼熱を灼熱のまま、長くその温度を保ち続ける。己の熱でもって、己の熱を保つのだ。不死鳥が自らの卵を暖めるが如く。
「まったく、機術師使いが荒いね!」
「ありがとう、メル。あと五つくらいいけるか?」
「ええい、もう!」
次々と火球が上がる。一つで1500℃近くの熱を発する猛火だ。反面、その持続力はわずか数秒という儚い命だが、それをメルの不死鳥が抱き止める。
あっという間に〈スサノオ地下資源採掘場〉には10個の小さな太陽が浮かび上がり、闇を完全に晴らしてしまった。中央にある町では騒動が起こっているようで、いくつかあるシャフトが忙しなく往復を繰り返している。町の外に飛び出してきた調査開拓員やドワーフたちが、呆然として立ち尽くしていた。
「どうだ、スサノオ。これで明るくなったろう」
『あう。すごい……。これなら、お花も育つよ!』
降り注ぐオレンジの光を浴びながら、スサノオが破顔する。日照量も十分にあるし、あとは荒野を耕し種を撒き、肥料と水を与えてやれば花でも野菜でも育つだろう。
「けど、アーツは永遠の力じゃないよ。その点はどうするんだい」
同時に10個のアーツを維持して顔色の悪いメルが言う。
今現在も、彼女は膨大な量のLPを継続して消費しているはずだ。彼女自身の生産速度に特化させた八尺瓊勾玉といくつもの装備による補正、そして薬品と料理と支援機術によるバフによって、なんとか収支をマイナスに近づけているだけだ。それも永遠に維持することはできないし、そもそも日照のためだけにトッププレイヤーをここに繋いでおくわけにもいかない。
『あぅ。今、コードの解析を進めてるの。それが終わったら、あとはスゥでも再現できるの』
「それならワシがわざわざやる意味なかった気もするんだけどねぇ」
調査開拓員にできることが、都市の管理者ができないはずもない。とはいえ、ゼロからアーツの構築を進めるのは専門ではないからか、最初の火種はメルに用意してもらう必要があった。
やがて、中央の町に設置されていた巨大な機術式狙撃砲が動き出す。普段は原生生物からの都市防衛に使われる兵器だが、砲身を仰角に向け、10個の太陽をそれぞれに狙う。
『あう!』
スサノオの合図と共に、装填された特大の砲弾が打ち出される。内部にアーツ回路とLPバッテリーパックを内蔵した特製の砲弾が10個。同時に10個の太陽へと届いた。
「ぬわーーーっ!?」
着弾と同時にメルが悲鳴をあげる。自身の制御下にあったアーツに強い衝撃が伝わり、彼女にもその余波が迫ったのだ。俺は慌てて彼女の背中を支え、身を労う。
「ほんと、都市防衛設備のアーツは荒々しいよね。まったく!」
俺に体重を預けたまま、メルが非難の声をあげる。
ともあれ、これでアーツの制御権がスサノオに移った。『
ちょうど、火に薪をくべるようなものだ。
「ところでレッジ。結局あの火球の種はなんなの?」
ごうごうと燃え続ける10個の太陽を見上げつつ、メルがついに尋ねてきた。火種は俺が用意したわけだが、その正体は一応秘密ということにしていた。
「知りたいか? 共犯になるかも知れないが」
「今更だねぇ、まったく。ここまで来て種明かしがない方がストレス溜まるでしょ」
「それもそうか。まあ、みんなには言わないでくれよ」
そう釘を刺してから、俺はそっと彼女の耳に顔を近づけて囁いた。
「実は“昊喰らう紅蓮の翼花”の種なんだ。萌芽する瞬間に強烈な熱を放出するんだよ。それを保温アーツで状態固定して、小さい太陽にしたってわけだ」
「なるほど。よくスサノオが許したねぇ」
「俺はウェイドから砂糖生産特命係に任命されてるからな。今なら原始原生生物の遺伝子も使い放題――」
『な、訳がないでしょう。このバカ!』
「うわあっ!?」
得意になって語っていたその時、死角から鋭い飛び蹴りが飛んでくる。油断していた俺はそれをもろに喰らい、勢いよく吹き飛ぶ。驚いて顔を上げれば、憤怒の表情をした銀髪の少女――ウェイドが立っていた。
「げぇっ、ウェイド!? なぜここに!?」
『何故も何もないですよ! 〈スサノオ〉に入った途端現在地の情報が消失したので、胸騒ぎがして来たんです。そうしたら案の定、勝手に原始原生生物を持ち出してましたね!』
ずいずいと迫り、俺の胸元に人差し指を突き立てるウェイド。彼女が原始原生生物の取り扱いを許可してくれたのに……。
『私が許したのはエミシの監督領域下での使用のみです。地上に持ち込まないようにとあれほど厳命しましたよね!?』
「いやぁ、地下だからいいかなって」
『戯言!』
「ぐわーーーっ!?」
管理者のパンチが容赦なく叩き込まれる。痛くはないが、ノックバックはあるのだ。
地面に頭から突っ込んだ俺を見て、メルたちがどよめく。
『――スサノオ』
『あ、あうぅ』
憤怒の鬼となったウェイドの矛先はスサノオにも向けられた。彼女は俺を隠すため、都市内部の情報を操作したのだ。そのせいで俺の不自然な反応消失が起こり、ウェイドを呼び寄せる結果になってしまった訳だが。
姉の方へとゆっくり歩み寄るウェイド。今回ばかりはスサノオも逃げられない。
「ま、まてウェイド。そうだ、この技術があればどこでも砂糖を――」
『私が砂糖を出せば機嫌を治す単純な頭だと?』
「え、違うのか?」
『――ふんっ!』
「ぐわーーーっ!」
無言のパンチが炸裂し、俺は再び宙を舞う。ウェイドは再び、スサノオの方へと向かう。
「ま、待てウェイド!」
『ええい、しつこいですね!』
「違うんだ。とりあえず話を聞いて欲しいんだよ。俺たちには不幸なすれ違いがある!」
『ふぅん?』
懸命な説得により、ウェイドがひとまず動きを止める。興味を持ってくれたようで、首の皮一枚繋がった。俺は少し安堵しつつ、ここからが本番だと気を引き締める。
「――この太陽と、ここで作られる花畑。それは〈エウルブギュギュアの献花台〉の調査開拓活動にも必要なことなんだ」
そう言うと、側で見ていたメルたちが目を丸くする。彼女たちはそんな気持ちは一切なかったはずだろう。そして、ウェイドも流石にこれは予想外だったらしい。こちらへ振り返り、続けろと目で示す。
『あぅ……』
不安げなスサノオ。彼女を安心させるように一度頷き、俺は口を開いた。
━━━━━
Tips
◇ 『
火属性攻性機術の上級アーツ。55GB級。
猛火の大翼を顕現させ、対象の熱を長く維持する。不死なる鳥が不死であるように、不滅の炎が燃え続けるように。それは永遠を示す徴であると。
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