第1330話「暗闇に花を」

 〈スサノオ〉の地下深くには、広大な空間が存在する。第一次〈万夜の宴〉の際、領域拡張プロトコル躍進政策の一環として管理者の指示の下掘り進められた場所であり、その面積は〈万夜の宴〉終了後も拡張が続けられていた。


『今はドワーフ族、グレムリン族、コボルド族の受け入れ環境を整えて、下級金属の採掘拠点になってるの』


 町から延びる無骨なシャフトに乗り込んで、スサノオは言う。その名も〈スサノオ地下資源採掘場〉と改められた広大な施設は、増築された建造物によって小さな町のような規模となっていた。

 地上の〈スサノオ〉から直下に30メートルほど貫く穴を抜けると、シャフトの周囲が急に広がる。暗闇の大空間の中央に、無骨な黒鉄の城。その周囲では、現在も採掘作業が行われている。

 元々は調査開拓員によって掘り進められた〈スサノオ地下資源採掘場〉だが、現在は他種族の移住も受け入れている。それもまた、ドワーフたち地下種族の文化や生活の理解を深めるという意味があるらしい。


「ずいぶん広くなったなぁ」

『あぅ。熱心に協力してくれる調査開拓員がいっぱいいるの』


 見違えるほどの発展ぶりに驚くと、スサノオは嬉しそうにそう言った。〈万夜の宴〉が設立の発端になっていることもあって、この採掘場で働く調査開拓員はスサノオ推しが多い。たしかに彼らの情熱を考えれば、これほど目覚ましい発展も頷ける。


「あれ、そういえばここって……」


 以前の記憶を掘り返し、ふと口を開いたその時。シャフトが最下層に到着し、格子扉が開く。シャフトの周囲は広場のようになっていて、そこには商人たちが露店を並べて客寄せの大きな声を張り上げている。


「らっしゃいらっしゃい! スサノオ饅頭ひとつ5,000サノオだよ!」

「“外に出る権利”は5,000,000サノオだ。さあ、欲しい奴は手を挙げな!」


 そう。この文字通りアングラな都市は調査開拓団の基本通貨であるビットとはまた別の、オリジナル通貨が勝手に流通しているのだ。凝り性な金属細工師が冗談半分で作った小さなメダル。そこにはスサノオの可愛い肖像が刻まれている。

 通貨の名前はサノオ。1ビット10サノオというレートも一応確率している。


「手っ取り早くサノオを稼ぎたい? それじゃあチンチロでもやらねぇかい? 上手くいけば倍々だぜぇ」

「おっと、すまねぇな。この町じゃあ水も貴重なんだ。一本30,000サノオだ」

「嘘だろ!? 昨日は20,000サノオだったじゃないか!」


 あちこちで当たり前のようにサノオを介した取引が行われており、悲鳴や歓声も絶え間なく聞こえてくる。この町での生活が長い男たちの中には、町の外へ出る権利にすら金を出す輩もいる。ちなみに人気の商品はキンキンに冷えたビールらしい。


「スサノオは独自通貨が出回ってるのはいいのか?」

『あう。この中で完結してるから、問題ないよ。それに、メリットもあるから』


 スサノオはそう言って、町の一角を指差す。


『フィナンシェ、50個くれ』

「あいよ。2,500,000サノオだ」

『うむ』

「毎度あり!」


 そこにあったのは焼きたてのフィナンシェを販売する菓子工房。店頭に立った調査開拓員の店員が紙袋を渡すと、ドワーフの老人が巾着袋に入れたサノオコインを差し出す。


「なるほど。ビットが使えないドワーフも経済圏に参加できるのか」

『あぅ』


 ビットは機械人形である調査開拓員の使用が前提となっていることもあり、実体を持たない電子通貨として存在している。当然、生身のドワーフやグレムリンといった他種族には使えない。そのあめ、〈クナド〉なんかではブレスレット型の端末などが使われている。

 しかし、全てのドワーフ、グレムリン、コボルドたちがそのような電子通貨決済に対応できているわけではない。特に高い年齢層の者などには馴染みがないこともあって、受け入れられづらい。

 そこでサノオコインという物理的な通貨の出番というわけだ。ドワーフたちも基本的な物々交換は理解しているし、通貨はその発展として受け入れられている。ビットに馴染めない他種族にとっては、このアンダーグラウンドは快適なのだろう。

 ドワーフたちは掘削技術や金属加工技術に秀でているし、スサノオ側としても受け入れを拒む理由はない。むしろ彼らを間接的にでも調査開拓団の経済に参加させることができるのは、メリットの方が大きい。


「しかし、こんな地下の採掘場に花畑を作るのか」


 シャフトから俯瞰した〈スサノオ地下資源採掘場〉は、土地こそ広大だが暗闇にライトが散らばる荒地だ。鉱脈を掘り尽くした後には特に用もないようで、ただっ広い土地がそのまま放置されている。

 何より、スサノオの注文をそのまま受け止めるなら大きな障害が一つある。だいたいの植物は日光がなければ育たないのだ。


『あぅ。む、難しいかな』

「日照灯で代用するってこともできなくはないけどな。それなりにコストはかかるぞ?」


 〈スサノオ〉のような都市は巨大なブルーブラストリアクターから莫大なエネルギーを供給されている。NPCも合わせて数十万人規模の都市活動を支えるには、それでも管理者による緻密なエネルギー供給計画の策定とその忠実な実行が求められる。

 そこに大規模な花畑を作るとなると、かなりの手間がかかることになるだろう。


「花自体はそんなに特別な力があるわけでもないしな」


 スサノオが花畑で栽培したいという花は、基本的には「ごく普通の」と言ってよい。原始原生生物のように宇宙空間で育ったり、太陽に炙られても育ったりするほど強靭ではない。


『あうぅ……』


 スサノオがしょんぼりと肩を落とす。

 光源のない地下で花を育てようと思えば、それなりのコストがかかる。それを分かっていなかったわけではないだろうが、やはり現実を突きつけられると落ち込んでしまうか。


「まあ、なんとか考えてみよう」


 そんな彼女を助けるために俺が呼ばれたのだ。

 スサノオの肩を叩くと、彼女はぱっと瞳を潤ませてこちらを見上げた。


━━━━━

Tips

◇サノオコイン

 〈スサノオ地下資源採掘場〉内部でのみ流通し、その効力を発揮するコイン。独自通貨サノオの標準硬貨であり、表面には管理者スサノオの肖像が刻まれている。

 1サノオコインから5,000,000サノオコインまでいくつかの種類が存在する。


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