第1329話「郷愁の町」
地上前衛拠点シード01-スサノオ。通称もそのまま〈スサノオ〉として知られるこの都市は、イザナミ計画惑星調査開拓団が活動を始めた際の橋頭堡として建てられた。その後も開拓司令船アマテラスから次々と投入される調査開拓員のほとんどは、この〈スサノオ〉へと降り立ち、そこからそれぞれの活動を始めることとなる。
そんなわけで、〈スサノオ〉の管理者であるスサノオは、管理者たちの長女とも言える存在であり、最も経験も深い熟練者とも言える。
はるばるヤヒロワニやらヤタガラスやらを乗り継いで、〈エミシ〉から〈スサノオ〉へと向かった俺は、久しぶりに見る広大な草原に思わず興奮してしまった。
「〈始まりの草原〉は変わらないなぁ」
調査開拓員たちが最初に足を踏み出すことになるフィールド。名前もそのままに〈始まりの草原〉と冠された広大な草原には、コックビークやグラスイーターという原生生物が生息している。劣化銅の鉱脈や、ソフトウッドの若木など、点在する採集オブジェクトも駆け出し調査開拓員の修行にちょうどいいものばかりだ。
まさしくチュートリアルエリアと言えるような草原で、それだけに最近は足が遠のいていた。
『マモナク地上前衛拠点シード01-スサノオ、地上前衛拠点シード01-スサノオデス。オ降リノ方ハ列車ガ完全ニ停止シテカラ降車シテ下サイ。走行中ノ列車カラ飛ビ降リル行為ハ大変危険デス。マタ、ドアヲ破壊シタ場合ニハ弁償責任ガ生ジマス』
NPCによるアナウンス。車窓から顔を覗かせると、緩く弧を描く線路の先に、黒鉄の巨大都市が見えた。
「ずいぶんと大きくなったな」
俺たちが前線で調査開拓活動に邁進している間、〈スサノオ〉も茫洋と存在していたわけではない。スサノオの指示の下、その規模を拡大させている。記憶にあるものよりも一回りほど大きくなった都市防壁の向こうには、天を突く白銀の塔があった。
俺を乗せた装甲列車は滑らかな動きで都市防壁をくぐり、雑多に鋼鉄の建造物が積み上がった街中を通る。やがて線路は地下へと潜り込み、都市の中央にある制御塔の根本へと至った。
『地上前衛拠点シード01-スサノオ、地上前衛拠点シード01-スサノオデス』
ドアが開き、ホームに降り立つ。
そういえば、このホームに最初に立ったのも俺とレティだったか。その後、レングスとひまわりに助けられて脱出したのも、もはや懐かしい思い出だ。
流れ出す調査開拓員たちに紛れ、階段を登って地上へ出る。スサノオとは特に待ち合わせ場所などを決めていないが、問題はないだろう。
『あぅ、レッジ!』
「スサノオ。わざわざ迎えにきてくれてありがとう」
階段を登り切ると、そこにスサノオが立っていた。都市のあらゆる情報を掌握している彼女ならば、俺が都市防壁をくぐった時点でそれを把握できる。無数の調査開拓員の中から俺を探し出すことも造作もないだろう。
黒いワンピースを着た、黒髪の少女。彼女は俺の背後に視線を巡らせ、不思議そうな顔をする。
『あぅ。レティたちは?』
「今はいないんだ。……一応、リアルじゃ平日の昼間だしなぁ」
生憎、彼女たちはログインしていない。FPOの設定に従えば、情報処理のための休眠状態にある、ともいう。なんだかんだ、俺は自由気ままな無職だし、なんなら花山たちからは「ぜひFPOの中にいてくれ」と言われている。そのため、こうして一人でぶらぶらと行動することも案外多いのだ。
『あうぅ』
スサノオは何やら俯いて、ぎゅっぎゅっと拳を握る。レティたちがいないと知って落胆したのだろうか。確かに、俺は戦闘なんかの荒事には不向きだが。
「レティたちが起きてから来た方が良かったか?」
『あ、う、そうじゃなくて! ……な、なんでもないよ!』
彼女はそんなことを言ってくれたが、少し配慮が足りなかったかもしれない。
そもそも、俺はスサノオから詳しい話を聞いていない。花を渡したい、と言っていたが、どこかのフィールドに生えている食肉植物とかを採ってこいと言われてもちょっと困る。
『あうぅ……』
管理者の長女とはいえ、引っ込み思案な性格は変わらない。そもそもここはヤタガラスの駅の側、最も人口密度の高い制御塔のど真ん中で、周囲に人も多い。管理者という上級NPCが現れたということもあり、人集りもできていた。
「場所を移すか。どこか、おすすめの喫茶店でも教えてくれないか?」
『う、うん。こっち!』
スサノオと共に〈スサノオ〉に繰り出す。冷静に考えればなかなか贅沢なことだ。
町の隅々まで知り尽くしている管理者自ら案内してもらうとは。
彼女が連れてきてくれたのは、背の高いビルの狭間にひっそりと構える、落ち着いた雰囲気の喫茶店。
「って、〈新天地〉じゃないか」
『あう。懐かしい、でしょ?』
「そうだな。久しぶりに来たよ」
以前は〈白鹿庵〉の溜まり場としても使っていた店だ。〈ウェイド〉に二号店もできたが、最近はなかなか来れなかった。スサノオはそんな俺の状況を察して、わざわざ選んでくれたらしい。
懐かしのテーブル席に座り、いつも飲んでいたコーヒーを注文する。デザインに拘ったシックな制服を着た上級NPCのウェイトレスが運んできてくれたコーヒーは、変わらない味だった。
「ふぅ。やっぱりここは落ち着くな」
店内には静かな音楽。客も穏やかな雰囲気で、都市の喧騒から隔絶された空間だ。ソファに身を預けて力を抜くと、スサノオがふわりと笑った。
「それじゃあ、頼みとやらを伺おうか」
一息つき、落ち着いたところで本題に入る。
「花を渡したいと言ってたな」
『うん。その、今度の大物産展で』
こくりと頷き、スサノオは画像データを送ってくる。一枚の写真だ。そこに写っているものを見て、俺は思わず声を漏らした。
「これは……」
『このお花、すごく綺麗だから。みんなに渡したいの』
スサノオは少し恥ずかしそうにはにかむ。
「ああ、いいと思う。きっと喜んでもらえるぞ」
しかし、問題がある。
「この花は数がない。育てて増やさないとな」
『あう。だから、お花畑を作りたいの』
なるほど。彼女の依頼の内容が見えてきた。
花の栽培も俺の得意分野だ。ぜひ任せてもらおう。
「予定地はあるのか?」
そう尋ねると、スサノオは頷いて下を指差す。
「下?」
『あう。〈スサノオ〉の地下、だよ』
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Tips
◇高速装甲軌道列車ヤタガラスでの危険行為について
ヤタガラスは非常に高速で走行するため、不用意な行動は危険を生じる可能性があります。走行中の列車内で立ち歩くなどの行動は極力お控えください。
また、列車の装甲を破壊する、ドアを捻じ曲げる、窓を割る、その他車体に損傷を与える行為、線路上に立ち退避命令に従わない、列車と相撲を取る、トロッコ問題を再現する、などといった運行計画を乱す行為に関しては、その損害に応じて弁償を命じることがあります。
公共交通として、皆様の安心安全安定のため、ぜひご協力いただきますようお願いいたします。
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