第1328話「奔走する者」
このダイソン球型サトウキビファームは、生育中のサトウキビそのものが構造の維持に必要ということもあり、基本的に栽培を止めることはできない。あんまり生長させすぎるとコントロールが効かなくなるという問題もあるので、ある程度育ったら収穫も必須だ。
『なんですか、その爆弾みたいな仕様は』
「まあ時間を掛ければ止められるからな。収穫していった所から、別の強靭で安定な植物に植え替えていけばそのうち止まる」
完全停止にはまあ、おおよそ二週間くらい掛かるかもしれないが。まあ、これだけ大規模に生産体制を整えようと思えば、それくらいは必要だ。
「でもまあ、おかげでサトウキビには困らなくなっただろ」
『ソウデスネ』
ウェイドが砂糖生産特命係に任命したのに、なんでちょっと不機嫌なんだろう。
「しかしちょっと問題もあってな」
『問題?』
砂糖入り紅茶を飲んでいたウェイドが、カップをソーサーに置く。なんか、ちょっと嬉しそうだ。
「このメガファームで作れるのは、熱耐性がかなり高い植物だけだ。今育ててるサトウキビも強靭性増強品種Ver1629でな。砂糖の品質だけでいえば、もっと上等なものが色々あるんだが」
あくまで質よりも量を追求した結果が、このダイソン球だ。品質は出回っている砂糖に最低限要求されるラインは超えているとはいえ、上を見ればまだ上等なものは多い。
「ここで育ててる砂糖の甘さは、原種と比べて700倍程度。ウェイドが今紅茶に入れた角砂糖は、原種の1200倍だ」
甘みの強さだけが品質を左右するわけではないが、重要な指標であることに違いはない。ウェイドに出したのは、〈エミシ〉の農場で僅かに生産されている特上品だ。
「お土産と言っても色々あるだろ。使う砂糖の選別は各々に任せる」
『レッジ……! ――あなた、私がここまで来た理由も分かってるじゃないですか』
「うぐっ。そりゃあまあ、ウェイドがサトウキビ購入予約券買ったり、精製工場を建てたりしてるのは知ってるからな」
一瞬感激したような顔をした直後、ジトッとした目を向けてくるウェイド。あまり誤魔化せなかったか。
『はぁ、全く。おかげでこちらは大損ですよ。この損失を取り戻すためにも、大物産展は必ず成功させなければなりません』
「はいはい。こっちも出来る限り協力させてもらうよ」
こちらとしても物産展はぜひ成功してほしい。そのためにこうして協力しているのだから。エルフやドワーフたちとの親睦を深めることは、今後の調査開拓活動にも大きく寄与するはずだ。
『ひとまず、毎日200tずつ購入しましょう。生産ラインの増設も進めているので、それに従って今後も量は増やしていきます』
「本当にそんなに使い切れるのか?」
『見くびらないでください。経済規模で言えば〈ウェイド〉は都市の中でも上位ですからね』
そう言う意味で言ったんじゃないが……。まあいい。
大物産展では甘ったるい匂いが立ちこめそうだ。今のうちに、コーヒー豆の生産なんかも始めた方がいいかもしれない。
ウェイドは早速エミシを通して発注をかけ、制御室の窓から太陽に面してメキメキと育つサトウキビ畑を眺めた後、宇宙船の発着場へと向かう。その道すがら、くるりとこちらへ振り向いた。
『一応、分かっているとは思いますが、万が一のことを考えて言っておきますが。ここにあるサトウキビは外部に持ち出してはいけませんよ。砂糖生産特命係の職権で原始原生生物の遺伝子使用こそ認められていますが、それを外部に持ち出すことは厳禁です。特に! 〈エウルブギュギュアの献花台〉の外、惑星イザナミに根付きでもしたら厄介ですからね!』
ずいずいと近づいてきて、くどいくらいに釘を刺すウェイド。その説明はこれまでも何度も聞かされてきたものだ。それこそ、耳にタコができそうなほど。
「分かってるよ。そのへんの取り扱いはしっかりしてる。〈ワダツミ〉にある農場でも、ハザードは起こしてないだろ」
『ハザードが起きる危険性があることをやるなって言ってるんですよ!』
また家宅捜索に行きますよ! とウェイドが目を吊り上げる。部屋のそばで静かにしていたカミルの肩がぴくりと震えた。
「善処するよ」
『しない奴のセリフですよそれは! あなたは本当に――』
「ほら。ウェイドも忙しいんだろ? こんなとこで油売ってていいのか?」
『がるるるっ!』
威嚇してくるウェイドの背中を押して、宇宙船に詰め込む。こんなにガミガミ言われると、頼まれている品種改良もなかなか進められない。
『ああ、それともう一つ』
「まだ何かあるのか……」
宇宙船のドアが閉まりかけたその時、またウェイドが口を開く。今度はなんだと思ったが、どうやら次は真剣なことらしい。
『スサノオが大物産展に向けて何か考えているようです。時間が空いたら、そちらへ行ってみてください』
「スサノオが? 分かった、そのうち顔を出そうか」
当然だが、スサノオも大物産展の開催に向けて奔走している最中だ。そんな彼女が何か悩んでいるというのであれば、俺も様子を窺いに行きたい。
『それじゃあ、よろしく頼みます。――くれぐれもサトウキビの扱いには気をつけるように!』
「りょーかい」
最後にもう一度釘を刺し、それでもなお不安そうな顔をしたまま、ウェイドはドアを閉じる。程なくして高速航行宇宙船は青いブルーブラストの輝きを残して、〈エミシ〉の方へと飛んでいった。
「さて……」
振り返ると、カミルが食器を片付けている。紅茶もお茶請けも、シュガーポットまで綺麗さっぱり空になっているし、すぐに片付くだろう。
「カミル」
『何かあったら連絡するわよ。まあ、基本はエミシが見てるだろうし、することもないと思うけど』
「ありがとう。じゃあちょっと行ってくる」
皆まで言わずとも理解してくれるメイドさんは本当にやりやすい。
俺はカミルにサトウキビ畑の管理を任せ、スサノオの御用聞きに出かけることにした。
「……あ、それと」
『農園にある原始原生生物なら、ちゃんと隠してあるわよ。家宅捜索されても見つからないわ』
「いやぁ、本当に助かるな」
持つべきものは優秀なメイドさん。
俺は今度こそ後をカミルに託し、ダイソン球を出発する。横付けしてあったクチナシに乗り込み、行き先を伝えれば後へ寝ているだけで着く。とはいえ、やるべきこともあるわけで。
「とりあえず、スサノオに事情を聞いてみるかね」
フレンドリストからスサノオを選び、TELをかける。
数度のコールの後、応答があり、聞き慣れた声が耳の側で響いた。
『あぅ。もしもし』
「スサノオか。ウェイドからちょっと頼まれたんだが、物産展に向けて何かやってるらしいな。俺に手伝えることがあったら、何でも言ってくれ」
単刀直入に切り出すと、スサノオはスピーカーの向こうで慌てた様子だった。
『あぅぅ。えと、その……』
少し言い淀んだ後、彼女は意を決したように話し出す。
『お、お花……。渡したくて』
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Tips
◇高度上質精製白砂糖“ピュアホワイト”
シード01EX-スサノオの大規模試験農場で栽培された特別なサトウキビから精製された、極めて高品質な白砂糖。通常の砂糖と比べて甘みが非常に強く、それでいて口当たりが柔らかい。すっと舌の上で溶けるような甘さで、いくらでも食べられる。
LP変換効率が非常に高く、これを素材として作った料理はLP回復速度を著しく上昇させる効果を持つ。
“液体に溶けやすいのも良いですね。これの角砂糖は紅茶にいくら入れても大丈夫です”――管理者ウェイド
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