第1327話「宇宙の大農園」
恒星から発せられるエネルギーを余すことなく受け止めて、サトウキビが次々と育っていく。ともすれば火炙りのように見えるほどの膨大な熱エネルギーと光エネルギー。それを受け止められるだけの品種改良を施すのはなかなか大変だったが、砂糖生産特命係の職権で原始原生生物の遺伝子も扱えるようになったおかげで達成することができた。
現在、ジークフリート星系サトウキビ生産メガファームでは毎秒3400tペースでサトウキビが生産され、併設された精製工場で上質な白砂糖へと精製され、次々と発着するシャトルによって〈エミシ〉まで輸送されている。
おかげで当初の目標だったサトウキビ生産量は軽々と乗り越え、517倍という脅威の生産効率を達成できている。これなら、ウェイドもきっと喜んでくれるだろう。
『ぬぁーーーーにやってんですかレッジぃぃぃいいいいっ!』
「うわあああっ!? ウェイド!?」
制御室で悦に浸っていると、隔壁をブチ破る勢いでウェイドが飛び込んでくる。ファームに穴でも開けられて大事な酸素が流出したら大事だ。慌てて彼女を受け止めようと飛び出すと、空中でくるりと身を翻した管理者の鋭い飛び蹴りが腹に突き刺さった。
「ぐはぁっ!?」
『なんなんですか、このバカデカい冗談みたいな構築物は! おかげで、おかげで大損ですよ!』
「な、なんの話だよ。俺はウェイドに言われた通り砂糖の増産をだな……」
『やりすぎなんですよ!!』
烈火の如く勢いで言葉を発するウェイド。どうやら随分とご立腹らしい。
『あの、ウェイド。とりあえずお茶でもどうぞ』
そこへ、騒ぎを聞きつけたのかカミルがやって来る。慌てて用意してくれたのか、紅茶とフィナンシェをお盆に載せている。
甘いものを見たウェイドも少し落ち着きを取り戻したのか、カミルが促した制御室内のテーブルへと向かう。
『……それで、ここはいったい何なんですか』
フィナンシェを食べ、砂糖を大量に入れた紅茶を飲み、ようやくウェイドが口を開く。突然前触れなくやって来た彼女の目的はこのファームらしい。
「ウェイドとエミシから任せられたサトウキビの畑だよ」
『いくらなんでも大きすぎるでしょう。なんですか、太陽を包み込む規模って!』
「そう言われてもな。これが一番効率がいいんだ」
ぷりぷりと怒るウェイドに、対応に困って頭を掻く。
彼女の言ったように、このサトウキビ畑は〈エミシ〉近くに位置するジークフリート星系の恒星をすっぽりと包み込むような構造をしていた。
「いわゆるダイソン球ってヤツだな。星系の全エネルギーを余すことなく利用することで、最高効率でサトウキビを生産するんだ」
『……理屈は分かりますよ。分からないのは、どうやってこの規模の建造物をこの短期間で作ったかという点です』
不承不承といった様子ではあるものの、ダイソン球については頷くウェイド。やはり疑問なのは、ミニチュア宇宙とはいえかなりの大きさになる太陽を完全に包み込むだけの構造物について。
「まあ、テントなんだが」
『まあ、テントでしょうね』
分かってるなら殴り込まなくてもよかったじゃないか……。
『いくらテントとはいえ、流石に資材が足りないでしょう。いったいどうやって準備したんです? 鉄資源の相場価格はあまり変化していないようですが?』
ウェイドは管理者だけが閲覧できる経済システムの記録でも参照しているのか、やけに細かいところまで突いてくる。
実際、このダイソン球を作るには大量の鉄材が必要となった。それこそ、〈エミシ〉を建築するのと同等かそれ以上という膨大な数が。とはいえ、作ること自体は簡単だ。戦場建築物などとは違って、テントは設計図さえインストールできれば、自動で組み上げられるのだから。
問題となる材料については……。
「うーん……」
『なんですか、管理者に言えないような方法で集めたんですか? ええ?』
「なんでずっとキレ気味なんだ? いや、言えないわけじゃないんだけどな……」
ずいずいと身を寄せて圧迫尋問をしてくるウェイド。俺は観念して口を割る。
「あのー、前の【イザナミ計画実行委員会定期告知書】で修正された問題があるだろ」
『はぁ。それはまあ、いくつかありますが』
ウェイドがきょとんとして首を傾げる。突然脈絡のないことを切り出されたと思ったらしく、何やら身構える。
FPOもゲームである以上、というかこれだけ大規模かつ常に多くのシステムが動き続けAIによって自動的に情報が増殖していく巨大システムであるが故に、常に大量のバグというものが存在している。細かいものに関しては、プログラムチェックAIなどが常に監視と修正を行なっているため大した問題にはならないが、時に対処が難しいバグなども出てくる。
そういった影響の大きなバグが修正された場合には、定期的に公開される【イザナミ計画実行委員会定期告知書】によってその旨が報告されるわけだ。
『そこに何か関係があるのですか?』
「このダイソン球の88.7%は極限圧密霊鍛金属で作られてるんだ」
真剣狩る惨婆。そう呼ばれるバグ技がある。正確に言えば、バグ技も修正されるまではテクニックと呼ばれるのだが。
これは、〈舞踏〉スキルにある『マジカルサンバ』というテクニックをタイプ-ゴーレム機体が使用した際、〈エウルブギュギュアの献花台〉第二階層に生息する幽霊犬が勢いよく後方へ吹き飛んでしまうというものだ。
有志の検証によって色々と理屈は考えられていたが、重要なのはタイプ-ゴーレムが『マジカルサンバ』を使うと幽霊犬が吹き飛ぶという事実。
そして、極限圧密霊鍛金属は、第二階層のボスエネミーである“悔恨のギガヘルベルス”から手に入るという事実。
ちなみに、三つの犬頭を持つギガヘルベルスも当然の如く“幽霊犬”の範疇にある。
「あれが修正されるまでの間に、ギガヘルベルスがめちゃくちゃ乱獲されたんだ」
『は?』
ギガヘルベルスのいる場所に、5人ほどのタイプ-ゴーレムが円形に並ぶ。内側にそれがポップすると同時に『マジカルサンバ』を放てば、ギガヘルベルスが死ぬ。彼の拘束具だけがその場に残され、まるまる戦利品となる。
重要なのは真剣狩る惨婆の実行条件。〈舞踏〉スキルのレベルが45以上で、『マジカルサンバ』を習得し、実行可能なタイプ-ゴーレム。つまり、
NPCの傭兵から条件に合うものを選び、献花台第二階層のボス部屋へと連れていく。そこで定位置に並べ、『マジカルサンバ』を踊り続けてもらう。LPはキャンパーがテントを建てていれば常に回復する。
NPCは疲れも知らず、常に集中力を切らさず、一定間隔で『マジカルサンバ』を踊り続ける。
結果、プレイヤーは寝ているだけで極限圧密霊鍛金属を手に入れることができるというわけだ。
オリハルコン特需の時もリスキルの無間地獄を味わったギガヘルベルスだが、今回もまた延々と殺され続けていた。しかも、今回は出現した瞬間周囲にガチムチのタイプ-ゴーレム。耐久値消費回避のため装備を外した半裸のマッチョ達が取り囲み、何やら一心不乱に踊っているのを見た瞬間、周囲五方向からの強烈な衝撃でマッシュされるという、なかなかエグい絵面である。
『で、でも。いくらギガヘルベルスの効率的な討伐方法が確立されたとしても、極限圧密霊鍛金属の数は足りないはずです』
「それはそうだ。バグ修正までの間に倒されたギガヘルベルスは1,000体程度。極限圧密霊鍛金属は1体あたりで250kg取れるから、まあ、250t程度だな」
バグ発見以前にもギガヘルベルスは倒されているし、市場にも極限圧密霊鍛金属はかなり流通している。とはいえ、それを全てかき集めたところで1,000t前後といったところだろう。
『それじゃあ、残りはどうしたんです?』
「さっき言った88.7%という比率。これの残りの10%程度は、また別の金属だ。それを極限圧密霊鍛金属に混ぜ込んで合金にすることで、延伸性をかなり高めることができるらしい」
金属加工は俺の専門分野ではないため曖昧だが。簡単に言えば極限圧密霊鍛金属を薄く広げることができるようにするということだ。
「このダイソン球。構造部分の厚みは2mm以下になってる」
『はぁ!?』
流石に予想外だったのか、ウェイドが目を丸くする。
最初に言った通り、太陽を包む構造物はテントだ。テントの基本は骨組みと天幕。骨組みの比率は2%程度。残りの大部分は、金箔のように薄く引き伸ばした金属シートで作られている。
構造の維持自体はテントではなく、その内部で育つサトウキビの根張りによってほとんど成り立っていると言っていい。
『そんな、いくらなんでも堅牢性が……』
「そんなもん、最初からないよ」
だからウェイドが飛び込んできた時はヒヤヒヤしたのだ。
このダイソン球型テントは物理防御力をほとんど持たない。内部に空気とサトウキビ畑を抱え込む、ちょっとした風船みたいなものだ。
「でも、対霊体防御力は健在だ」
『対霊体……?』
宇宙にメガファームを作る際にネックとなるのは、宇宙魚たちの襲来だ。だが、やつらは実体を持たない存在であるが故に、物理防御力を考えなくていい。幽霊を阻むことに特化した極限圧密霊鍛金属の極薄い膜さえあればいい。
ダイソン球というより、太陽を内側に包み込んだ巨大な風船と言った方がいいようなものなのだ。
「おかげで今まで宇宙魚の襲撃はあれど、突破事例はゼロ。奴らが手も足も出ないでこまねいてる間に、レティやらミカゲやらが駆け付けて撃破してくれるって寸法だ」
『はぁ……』
あんぐりと口を開けたまま動かないウェイド。
そんな彼女の足元で、今も元気にサトウキビ(全長60メートル越えの超巨大頑丈種、遺伝子組み換え品種)がすくすくと生長しているのだった。
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Tips
◇ 試製ネオサトウキビ強靭性増強品種ver1622
管理者ウェイドの研究開発プログラム〈シュガードリーム〉の一環で開発された、次世代のサトウキビ。原始原生生物の強靭な生命力や特異な生理プロセスを応用した遺伝子改良植物であり、原種と比べて異常な能力を発揮する。
環境への耐性増強に重点を置いた試製品であり、過酷な環境下でも安定して生長する。具体的には2,000℃からマイナス15℃までの気温、10日間の真空状態に耐えることが出来る。一方で生育に非常に大量の栄養を必要とするため、地面に植えた場合周囲30mが枯死する。
“どこでも育つサトウキビは調査開拓活動においても有益ですからね”――管理者ウェイド
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