第1326話「サトウキビ事件」

『ヵ……ァ……』


 地上前衛拠点シード02-スサノオ中央制御塔にて。経済システムと市場レポート、都市取引記録の確認を行っていたウェイドは、一時動作停止フリーズしていた。

 管理者の異常は即座に知らされ、制御塔内に配置されている管理者護衛専門警備NPC〈護剣衆〉たちが起動。最強の調査開拓員アストラであろうと一撃で撃破せしめる高威力のブレードを掲げて、主人の元へと急行。更に制御塔の自己防御システムが起動し、エントランスでは赤色灯が輝き、物々しいサイレンが鳴り響く。任務の受注処理などを行なっていた調査開拓員たちが慌てて外へ逃げ出す。


『はっ!? 違います、緊急事態ではありません! いや、緊急事態ではありますが!』


 再起動し我に返ったウェイドは、慌てて〈護剣衆〉のスクランブルを停止させ、制御塔内を正常モードへと戻す。そうして、改めて自身に送られてきた取引記録――そこに記された市場価格と大幅に乖離した取引価格を確認した。


『なぁぁ……』


 わなわなと震えるウェイド。

 そこに記録されているのは、彼女が先日エミシとの間で締結した砂糖の購入契約がたった今実行されたという旨のものだ。大物産展に向けて、各都市では急速に砂糖需要が高まっている。特に〈ウェイド〉は大量の砂糖を必要としていることが事前に分かっていた。そのため、砂糖の増産体制を整える〈エミシ〉への資金援助も兼ねて、サトウキビ購入予約券を大量に買っていたのだ。

 問題は、その価格。サトウキビ購入予約券は発行時のサトウキビ相場と連動して価格が変わる。つまり、本格的に各都市からの注文が入り始めればどんどん高騰していく。そのため、ウェイドはできる限り安く抑えるという目的もあり、かなり早い段階で予約券を大量に購入していた。

 しかし。


『なんで砂糖価格がこんなに暴落してるんですか!?』


 そこに記されていたのは、現在出回っている砂糖の標準相場。

 日にちを横軸として表示された折れ線グラフは、ある時点を境に断崖絶壁のごとき急転直下を見せている。


『ほぁ、ほぁあ……ッ!』


 当然、現在の砂糖価格はウェイドが予約券を購入した時と比べるとはるかに安い。

 端的に言ってしまえば、ウェイドは大量の砂糖を相場よりもはるかに高く買ってしまった、ということだった。


『こ、これは何かがおかしい。陰謀です! エミシに確認を取らなければ!』


 7,000tぶんのサトウキビ購入予約券と、現在の精製済み上質白砂糖の値段差は、いっそ記録の不備を疑いたくなるほどのもの。これならば急ピッチで建設した精製工場すら丸っきり不要となる。それほどの大暴落であった。

 そもそも、ウェイドはサトウキビ価格が今後上がることを見越して、エミシから予約券を購入していたのだ。未精製のサトウキビを固定価格で抑え、その上で自前で精製工場を作って砂糖にする。それだけのコストを払ってもなお、そちらの方が安くなると踏んだ。

 管理者の本体、中枢演算装置は非常に高性能だ。都市に集約される膨大な情報をリアルタイムに計算し、精度の高い未来予測まで行う。当然、経済の動きは最優先で分析する対象だ。

 それなのに、間違えた。

 ウェイドはサトウキビを高い値段で購入し、今や不要となった精製工場に巨額の投資までしている。すべて丸損である。何か恐ろしいことが起こっているに違いない。


『エミシーーーーッ!』

『うわぁっ!? な、なんですかウェイド!?』


 管理者専用緊急通信回線を連打して、エミシに(電子的に)殴り込みをかけるウェイド。突然(電子障壁の)壁をぶち破って飛び込んできた母親に、エミシは悲鳴を上げる。


『どういうことですか、この砂糖価格はぁ! 上質白砂糖が、どうして一週間前のサトウキビ価格より安くなってるんです!? 不当な価格操作が行われているに違いありません! 検分です!』

『ちょちょちょっ!? 落ち着いてくださいウェイド! この砂糖価格は正常ですよ!』

『んなわけあるかぁ!』


 わんわんと耳が痛くなるほどの大声を上げるウェイドに、エミシは思わず回線を遮断しようかと迷う。とはいえ、そんなことをすれば余計に面倒なことになるのは目に見えている。

 とにかく、この価格は間違いなく市場取引の末での均衡なのだ。なんらやましいことはしていないのだから、堂々と対応すればいい。


『いったいどんな魔法を使ったんです! 元々の試算ではどれだけサトウキビ畑を整備しても、生産能力は270倍程度と言っていたはず。しかし、この価格まで落とすなら、最低でも500倍はなければ――』

『517倍です』

『……ふぁっ?』

『現在のサトウキビ生産能力は、一週間前と比較して517倍になっています』

『ごっ』


 エミシの口から告げられた数字に、ウェイドは再び機能停止しかける。なんとか中枢演算装置の予備演算領域も開放して、その衝撃をギリギリのところで受け止めた。一瞬、〈護剣衆〉がぴくりと動いたが、セーフである。

 本題は、エミシの圧倒的な増産である。サトウキビが一週間前と比べて、517倍も多く供給されている? それならば、確かにこの低価格も頷ける。商品の需要が高まっても、それを超える供給があれば、価格は下がる。


『な、ぜ……』


 うめくウェイド。エミシは感情グラフを僅かに揺らす。


『だいたい見当は付いているんじゃないですか?』


 そう。ウェイドもすでにアテはあった。何より、彼女が直々に砂糖生産特命係に任命していた男がいる。彼ならば、中枢演算装置の予想を超えることも、ありえる。


『……どこにいるんですか?』

『エミシ銀河、ジークフリート星系です』


 言葉と共に送られてきた、〈エウルブギュギュアの献花台〉第四階層の座標。それをしっかりと記録したウェイドは、早速動き出した。管理者機体を〈ウェイド〉にあるものから、〈エミシ〉のバックアップセンターに保管されているものへと切り替える。即座に街へ飛び出し、宇宙港湾区画へ。停泊中の適当な高速航行宇宙船を管理者権限で入手。飛び乗ると同時に緊急発進。緻密に組まれた入出港スケジュールを全て薙ぎ倒しながら、トップスピードへ。向かう先はもちろん、〈エミシ〉近郊にあるジークフリート星系だ。

 しかし、同時にウェイドは疑念も覚える。ジークフリート星系は〈エミシ〉の建設初期に見つかった星系で、その星のほとんどは資源惑星として破壊、回収されているはず。残っているのは中心となる恒星と、いくつかのガス惑星だけだったはずだ。

 なぜ、あの男がそんな“搾りかす”と呼ばれるような星系に? そう彼女が首を傾げた直後、宇宙船は星系を光学的観測範囲内へと収める。


『なぁっ!?』


 そして、ウェイドは驚愕の声を漏らす。

 太陽とガス星以外には何もない、殺風景が広がるばかりだと思っていたジークフリート星系。


『なんですか、これは!?』


 そこにあったのは、深い暗闇。

 否、完全に巨大な構造物によって包まれてしまった太陽の姿があった。


━━━━━

Tips

◇ジークフリート星系

 地上前衛拠点シード01EX-スサノオ近傍に存在する星系。開拓初期に発見され、シード01EX-スサノオの建設において資源の供給源として重用された。

 現在はほぼ全ての資源が取り尽くされ、恒星と一部のガス型惑星、細かな残滓が残るのみとなっている。


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