第1325話「都合のいい畑」
〈エウルブギュギュアの献花台〉第四階層には、大小様々な星が浮かんでいる。巨大なガス惑星もあれば、岩石惑星、恒星も。いくつもの星系があり、現在も精力的な調査が進められている。
そんな一方で、この宇宙空間が本物の宇宙空間ではないことも明らかだ。
第四階層に(恐らくは)人為的に作られたこの宇宙は、星の分布密度が非常に高いのだ。
いくら調査開拓団が恒星間航行技術を持つと言っても、俺たち調査開拓員がそれを自由に使えるわけではない。光速も出せないにも関わらず、無数の星系を見つけることができる。それはつまるところ、宇宙そのものの規模が非常に小さいことを意味していた。
そしてもう一つ。この宇宙が作り物であることを示す証拠。
「やっぱり、生命の反応はなさそうか」
「そうだねぇ。理論的に生命の発生条件が整ってる惑星もあるんだけど……」
クチナシ十七番艦に乗り込んで宇宙を航行中、俺は高域レーダーに映る星の反応を眺めながら、少し落胆する。隣に立っていたラクトも、レーダーから送られてくる膨大な情報を処理しながら、同じような感情を抱いているようだ。
第四階層にあるミニチュア宇宙には、生命と呼べるものが皆無だ。
もちろん、こちらも生命が成立する条件が非常にシビアなことは理解している。その上で、これだけ多くの候補地を見つけながらも、バクテリアの痕跡ひとつ見つからないのは、なかなか異常なことだ。
現在どころか、過去にわたっても、この宇宙には生命がいない。
「やっぱり幽霊の仕業か?」
「たぶんね。他の調査系バンドも大体おんなじ結論に至ったみたいだし」
条件が揃っている星は無数に存在するのに、なぜか徹底的に生命の痕跡はない。その理由について、優秀な攻略組や考察組は一応の見解を出していた。
それが、宇宙空間を遊泳している巨大な高度残留霊体、通称宇宙魚たちだ。
ウナギやマグロ、タコ、サメなどなど。様々な種類が存在する宇宙魚は、この第四階層において例外的に存在する生物だ。いや、霊体だから生物と言えるかは怪しいところだが。
そして、こいつらは生体反応に敏感で、生命が根付いた星を捕食する。その動きこそが、この宇宙に生命が存在しない理由であるというのが、現在の有力説だった。
「となると、やっぱり対策は必須だよなぁ」
「そうだねぇ。生命に近寄ってくるんだし、原始原生生物と同じ生命力を持つサトウキビなんて、格好の獲物でしょ」
俺たちが宇宙で生命の痕跡を探していた理由。それは、サトウキビ畑にできそうな星を見つけるためだった。
来たる大物産展に向けて、〈ウェイド〉以下多くの都市でお土産品の量産体制が整備されつつある。そして、原材料となる砂糖、ひいてはサトウキビもすでに多くの注文が飛び交っているのだ。
現金の枯渇しているエミシはそこに目をつけ、砂糖を量産し輸出することでそれを補充しようと企んでいる。
そんな管理者たちの思惑もあり、俺はウェイドから直々に砂糖生産特命係という役職まで拝命していた。
「サトウキビを植えるだけなら簡単なんだがな」
「それで宇宙魚の群れが突っ込んできたら、元も子もないでしょ」
ラクトに突かれ、ぐうの音も出ない。
俺が第五階層へ向かうために編み出した、原始原生生物を星に植え付けることで幽霊魚を誘き寄せる惑星捕食法。
今回、ウェイドやエミシから要請されているのは原理的にはこれと同じようなものだ。現在主流となっているサトウキビは原始原生生物に匹敵するほどの生命力を宿しているため、大規模に栽培すれば宇宙魚の注目を集めかねない。そうなれば、栽培どころの話ではない。
「ていうか、よく許可が下りたよね。惑星捕食法はまだ禁止されてるんでしょ?」
原始原生生物を扱うことは、ウェイドによって固く禁じられている。そんなウェイドがサトウキビを植えろ育てろ輸出せよと言っているのは、おかしく感じられる。
「サトウキビは原生植物だからいいそうだ」
「めちゃくちゃ品種改良されてるのに?」
「遺伝子的に見ればギリギリなんとかな」
「詭弁だねぇ」
ウェイドも実益のためなら詭弁を弄するというわけだ。俺としても、これでウェイドの規制緩和が進めば御の字なので、粛々と従っている。
「そういえばさ。生命に宇宙魚が寄ってくるなら、〈エミシ〉はなんで無事なの?」
探索を諦め、船首を帰路に向けながらラクトが言う。
〈エミシ〉では現在も大規模なプラントがいくつか稼働していて、かなりのリソースを生み出している。あれも生命といえば生命だろう。
「あそこは仮にも地上前衛拠点だからな。周りにフツノミタマも山ほどばら撒いてるし、何より調査開拓員が多い。接近する前に倒されてるんだ」
第五階層への大規模侵攻の裏では、都市の整備も着実に進められていた。おかげで今や地上前衛拠点シード01EX-スサノオは、攻守ともに高いレベルで備えた堅牢な宇宙都市となっている。
自動迎撃拠点であるフツノミタマも宇宙用に改良されたものが星のようにばら撒かれ、三術連合や在野の呪術師、霊術師たちが総力を結して作り上げた呪霊術的防御結界もある。宇宙魚もおいそれとは近寄れないようになっているわけだ。
「じゃあ、そのサトウキビ畑にも呪霊術的防御結界とかを付ければいいんじゃない?」
「あれも維持にコストが結構かかるらしい。金を稼ぐためとはいえ、星ひとつ守るとなると収支面で難しいとか言ってたな」
「面倒だねぇ」
ビジネスとは往々にしてそう言うものだ。
効率よく稼ごうと思えば、収入と支出をじっくりと吟味しなければならない。
「安全にサトウキビを栽培できて、宇宙空間に浮かべられて、その上で宇宙魚の攻撃も阻めるようなものがあればいいのにね」
「そうだなぁ。まあ、そう都合よくは……」
ラクトの語る理想論を笑いそうになってはたと気づく。
「なるほど?」
「……なんか、変なこと思いついたでしょ」
身構えるラクト。俺は思わず彼女を抱き上げて高く掲げた。
「うわぁっ!? ちょ、何するの!」
「いいぞ、ラクトのおかげでアイディアが浮かんだ! ありがとう!」
「〜〜〜! いいから降ろして!」
ラクトを抱き上げたままグルグルと回る。
そうして、俺はクチナシが通信圏内に入るとすぐさま関係各所に向かって通信を始めた。
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Tips
◇サトウキビ購入予約券
暴騰するサトウキビ需要に備え、エミシによって発行された商品引換券。今後生産される予定のサトウキビを購入する権利として販売される。価格はリアルタイムの需給状況から算出されるため、十分ごとに変動する。
“今買っておけば安いですよ!”――管理者エミシ
“ひとまず7,000tぶん買いましょう”――管理者ウェイド
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